都農神社(読み)つのじんじゃ

精選版 日本国語大辞典 「都農神社」の意味・読み・例文・類語

つの‐じんじゃ【都農神社】

  1. 宮崎県児湯郡都農町にある神社。旧国幣小社。祭神大己貴命(おおなむちのみこと)神武天皇開創で、神功皇后の新羅遠征の時、船に奉祀されたと伝えられる。日向国一宮。宮崎宮(社)。吐乃(との)大明神

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日本歴史地名大系 「都農神社」の解説

都農神社
つのじんじや

[現在地名]都農町川北

東流する都農川の左岸宮野尾みやのおにある。祭神は大己貴命。旧国幣小社。古来日向国一宮と称される古社で、縁起によれば、神武天皇東遷の際、宮崎の宮を進発した一行が途中この地で国土安全・海上平穏・武運長久を祈念するため鎮祭したのが始まりと伝える。当社旧記によれば、往古は日向第一の大社として壮大な社殿と広大な境内を誇り、第三鳥居は一五、六町、第二鳥居は六、七町の間にわたって建立されていたといわれ(宮崎県神社誌)、現在その古跡が残る。「続日本後紀」承和四年(八三七)八月一日条に「子湯郡都濃神」とみえ、このとき同郡の妻神、宮崎郡の江田神、諸県もろかた郡の霧島岑神とともに官社に列せられた。その神位は無位で、同一〇年に高智保皇神とともに従五位下に叙せられている(「続日本後紀」同年九月一九日条)。天安二年(八五八)には清和天皇即位契機とするとみられる日向国内五神に対する神階昇叙が行われており、このとき都農神は従五位上から従四位上に昇叙されている(「三代実録」同年一〇月二二日条)。「延喜式」神名帳には小として都農神社とみえる。「塵袋」所引の「日向国風土記」逸文には「日向国古ツネニハ児湯郡トカクニ、吐濃峯ト云フミネアリ、神オハス、吐乃ノ大明神トゾ申スナル」とあり、本来「和名抄」に記載される児湯郡都野つの郷付近の地主神であったことを伝えている。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「都農神社」の意味・わかりやすい解説

都農神社
つのうじんじゃ

宮崎県児湯(こゆ)郡都農(つの)町大字川北に鎮座。大己貴命(おおなむちのみこと)を祀(まつ)る。当社の創祀(そうし)は、神武(じんむ)天皇が日向(ひゅうが)国(宮崎県)を発幸し、大和(やまと)国に向かわれるとき鎮祭されたのに始まるという。『続日本紀(しょくにほんぎ)』に官社にあずかったことがみえ、従(じゅ)五位下が授けられている。『三代実録』には従四位上が授けられたことがみえ、延喜(えんぎ)式内社でもある。日向国一宮(いちのみや)で、とくに疫病に対し神験があるとされている。1871年(明治4)に国幣小社に加列。例祭は12月5日。夏祭8月1~2日。冬祭12月4~5日。

[落合偉洲]


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百科事典マイペディア 「都農神社」の意味・わかりやすい解説

都農神社【つのじんじゃ】

宮崎県都農町に鎮座。旧国幣小社。大己貴(おおなむち)命をまつる。神武天皇東征の際に,ここを出発点としたので奉斎したのが起源とされる。延喜式内社とされ,日向(ひゅうが)国の一宮。例祭は12月5日。疱瘡(ほうそう),できものの神として信仰される。
→関連項目都農[町]

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デジタル大辞泉プラス 「都農神社」の解説

都農神社

宮崎県児湯郡都農町にある神社。「つのじんじゃ」また「つのうじんじゃ」と読む。延喜式内社。祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)。日向国一之宮。旧国幣小社。

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世界大百科事典(旧版)内の都農神社の言及

【都農[町]】より

…砂浜の続く海岸には小漁港があり,特産物の都農ウニは有名。日向国一宮の都農神社があり,町の西部は尾鈴県立自然公園に属し,尾鈴山瀑布群(名)がある。海岸線に沿って日豊本線,国道10号線が走る。…

※「都農神社」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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