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鎌倉景政 カマクラカゲマサ

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デジタル大辞泉の解説

かまくら‐かげまさ【鎌倉景政】

平安後期の武将。相模(さがみ)の人。通称、権五郎。生没年未詳。16歳で後三年の役に従い、目に矢を受けながらも奮戦。味方の武士が顔に足をかけて引き抜こうとしたのを怒り、陳謝させたという逸話が有名。

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百科事典マイペディアの解説

鎌倉景政【かまくらかげまさ】

鎌倉権五郎(ごんごろう)と称す。11―12世紀の武将。生没年不詳。源義家の臣。16歳のとき後三年(ごさんねん)の役に従軍,敵に右眼を射られたが,これを討ち取り帰陣。
→関連項目一つ目小僧

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鎌倉景政 かまくら-かげまさ

?-? 平安時代後期の武人。
大庭(おおば)氏,梶原氏の祖。永保3年(1083)源義家清原家衡(いえひら)らを攻めた後三年の役に従軍。右目を射られながらも奮戦,味方の武人が顔をふんで矢をぬこうとしたので,武人の恥とおこったという。相模(さがみ)(神奈川県)高座郡大庭郷の所領を開発した。相模出身。本姓は平。通称は権五郎。名は景正とも。

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朝日日本歴史人物事典の解説

鎌倉景政

生年:生没年不詳
平安後期の有力武士。桓武平氏の鎌倉権守景成の子。相模国(神奈川県)鎌倉生まれ。権五郎と称す。後三年の役(1083~87)に源義家の下で従軍し,右眼を矢で射られたまま奮戦,傍輩が顔に足をかけて矢を抜こうとするのを恥辱として怒ったという,東国武士の武勇を象徴する逸話を残す。長治年間(1104~06)相模国高座郷の土地を開発,これを伊勢神宮に寄進し大庭御厨とした。以後ここを拠点に在地領主として成長を遂げる。源氏を棟梁とする東国武士団の典型で,鎌倉幕府草創期の有力御家人大庭氏・梶原氏の祖となる。<参考文献>三上左明『大庭御厨の研究』,石井進『鎌倉武士の群像』

(上杉和彦)

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世界大百科事典 第2版の解説

かまくらかげまさ【鎌倉景政】

相模国鎌倉郷を本拠とした平安末期の武士。生没年不詳。権五郎と称し,景正とも書く。平良文の子孫とも良正の子孫とも伝え,後三年の役で源義家に従って活躍。大庭御厨の開発領主となり,その子孫は,大庭氏梶原氏長尾氏等に分かれて相模国内に発展した。【細川 涼一】 鎌倉景政は鎌倉権守景成の子と伝えられ,後三年の役に,八幡太郎義家の家人として弱冠16歳で従軍,出羽国金沢の柵の攻略に活躍し,大いに武名をあげた。《奥州後三年記》によると,このとき景政は,鳥海弥三郎のために左目を射抜かれたが,ひるむことなく即座に答えの矢を射返してこれを倒したといい,また同僚の三浦為次がささった矢を抜くために景政の顔を足で踏もうとしたところ,武士の顔を土足にかける無礼をとがめ,これを謝らせたともいう。

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大辞林 第三版の解説

かまくらかげまさ【鎌倉景政】

平安後期の武将。通称、権五郎。源義家に属して後三年の役に従軍、右眼を射られながら相手を討ち取った。大庭氏の祖。生没年未詳。

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世界大百科事典内の鎌倉景政の言及

【大庭御厨】より

…相模国高座郡大庭郷(神奈川県藤沢市内)にあった伊勢神宮の荘園で,12世紀初めに成立。同国住人鎌倉景政が浮浪人を使って開発し,1117年(永久5)に伊勢神宮に寄進した。大庭郷内の新しい郷の沼郷,殿原郷,香川郷など13郷からなる約95町の田地で,中世には150町といわれる。…

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