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鎮市 ちんしzhen-shi; chen-shih

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鎮市
ちんし
zhen-shi; chen-shih

中国の地方の小都市をいう。本来,と市とは別個で,鎮は古く代に行政区画として現れる。実体を伴った語としては,北魏のとき州県に駐屯する軍団を鎮と呼んだのが始りとみられるが,唐末,五代には節度使が管内の都市など重要地に腹心を鎮将として派遣し,彼らは治安や徴税などの民政をも司るようになった。宋は鎮の廃止策をとったが,経済上重要なところには文官の監鎮官を派し,一方商業の発展によって新たに地方小都市ができるとこれをも鎮と呼び,市とともに実質的に行政上の名称となった。 (→鎮将 )  

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大辞林 第三版の解説

ちんし【鎮市】

中国宋代に商工業の発展により起こった地方の小都市に与えた行政上の名。草市から発展したものが多い。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鎮市
ちんし

中国、唐末五代、宋(そう)から一般化した地方の町。節度使が割拠したとき、地方の軍事、商業の要所に鎮を置き、地方経済、社会の核をなす町に発展した。文治による中央集権をねらった宋朝は、県1135に対し鎮1815と整理したものの、すでに地方社会の生活空間の核となっていた鎮が政府から公認されたことで、地方民衆の組織は自律の場を広げる結果となった。たいていの鎮は500~1000戸ぐらいで、内地税や専売の出張所、監鎮官が駐在し、商工業者、市場、郷紳(きょうしん)、寺廟(じびょう)がみられ、住民は都市民とされ、都市化の末端で重要な機能を果たした。行政ランクでは清(しん)末まで県が最末端であったから、鎮は政府からみて半公認の都市的存在といってもよい。[斯波義信]
『斯波義信著『社会と経済の環境』(橋本万太郎編『民族の世界史5 民族と中国社会』所収・1983・山川出版社)』

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世界大百科事典内の鎮市の言及

【市鎮】より

…中国の宋代以後,農村の市場中心地の称。鎮市ともいう。中国社会は早くから自給性を失っていたものの,地方農村部に集落が目立つようになるのは六朝以後であり,政府が県城に公認の市(いち)を設け統制することで重要な流通は支障をきたさなかったようである。…

【宋】より

…一方,村落には各地に草市とか村市とよばれる定期市が立ち,それが成長して市,店などの市場町となり,かつて軍隊の駐屯地であった鎮は,軍事的機能を失って,交易の拠点として発達し,小都市に成長した。こうした鎮市は,農村の交易の中心となり,都市と農村とを結ぶ中継点の役割を果たした。 貨幣経済の農村への浸透によって,農民の生活にも大きな変化をもたらすことになった。…

※「鎮市」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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