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防長風土注進案 ぼうちょうふうどちゅうしんあん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

防長風土注進案
ぼうちょうふうどちゅうしんあん

周防,長門両国 (山口県) の地誌。『長防風土記』ともいう。 359冊。萩藩毛利敬親天保の改革の一環として,天保 12 (1841) 年藩政の資料にするため諸郡の代官に命じ村々から提出させた報告書で,各町村は庄屋たちを動員して調査。1村1冊。村名の由来,村域,田畑面積石高,租税高,社寺戸口および職種,牛馬数,山川橋梁,物産,名所旧跡などを収録。江戸時代末期の萩藩全体の実態を知るのに貴重な史料である。

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百科事典マイペディアの解説

防長風土注進案【ぼうちょうふうどちゅうしんあん】

萩(はぎ)藩が町村ごとに提出させた明細帳を集成したもの。原題は《風土注進案》。本文395冊,古文書45冊。成稿時期は同一ではないが,統計数値は1842年のものが多い。

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防府市歴史用語集の解説

防長風土注進案

 1842年に萩藩が作った地誌です。萩藩の各村の面積や産業、人口や風俗など詳しい様子がわかります。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぼうちょうふうどちゅうしんあん【防長風土注進案】

長州藩が天保改革を推進するため,領内の実態の把握を試み,全町村から差し出させた明細書。藩主毛利敬親(たかちか)は領内全域の町村に明細書の提出を求め,当職所に国郡志御用掛を置き,1842年(天保13)近藤芳樹にその編纂を命じた。本文395冊,古文書45冊。成稿の時期は同一ではないが,統計的数値は1842年のものが多い。その内容は村名由来,竪横里数,村内小名,山川の形勢,村内日請土地相,水懸り善悪水損旱損,肥し下草の多少,気候寒暖,植付物時節,田畠面積石高,蔵入給領の別,租税額,米蔵所在地,道路交通,山林,入会地,河川橋梁,溝溜池,戸口,職業別人数,在住諸士足軽陪臣,牛馬数,船数,風俗,産業,物産,竹木,鳥獣魚貝,神社寺院,名所旧跡など多岐にわたり,末尾に各町村の収支計算を示す。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

防長風土注進案
ぼうちょうふうどちゅうしんあん

長州(萩(はぎ))藩で編纂(へんさん)した地誌。463巻。1842年(天保13)の成立。同藩が天保(てんぽう)改革の一環として企画した「国郡志」編纂の資料として、藩内全域の町村から村明細を注進させ、代官所が監修して集成したもの。各項目は、村名由来、竪横(たてよこ)里数、村内小名(こな)、山川の形勢、村内日請(ひうけ)土地相、水懸(みずがか)り善悪水損・旱損(かんそん)の別、肥(こや)し下草の多少、気候の寒暖植付物時節、田畠(たはた)面積石高(こくだか)、御蔵入(おくらいり)・給領の別、租税額、御米蔵所在地、道路交通、御立山(おたてやま)町数、給領御預山、地下合壁山(じげがっぺきやま)、入会(いりあい)山野、社寺境内山、河川橋梁(きょうりょう)、溝(みぞ)溜池(ためいけ)、戸数及(および)職業別、在住諸士足軽(あしがる)陪臣(ばいしん)、牛馬数、風俗の概要、産業の大概、物産、竹木、禽獣(きんじゅう)、魚介、神社寺院、名所旧跡などに分けて編述してある。巻尾には、1842年ごろの村内物産、米銀の収支などの統計数値を載せる。ほかに三田尻宰判(みたじりさいばん)にのみ、防府(ほうふ)天満宮古文書などの文書を収載。原本は県立山口図書館所蔵。活字本は、本編21冊と別巻1冊が1961年(昭和36)から66年にかけて刊行された。[長谷川成一]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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