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静御前 しずかごぜん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

静御前
しずかごぜん

鎌倉時代初期の人。京都の白拍子源義経の愛妾。磯禅師の娘。文治1 (1185) 年兄頼朝と不和になり西国におもむく義経に従って,摂津大物浦から大和吉野山へと行をともにしたが,行く先を案じた義経が,京へ帰らせようと別れたところを捕えられ鎌倉に送られた。

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デジタル大辞泉の解説

しずか‐ごぜん〔しづか‐〕【静御前】

源義経の側室。母は磯禅師。もと白拍子。義経の京都退去に従ったが吉野山中で別れ、捕らえられた。鎌倉鶴岡八幡宮で、義経を恋う「しずやしず」の歌を舞って人々を感動させた。静(しずか)。生没年未詳。

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百科事典マイペディアの解説

静御前【しずかごぜん】

源義経の妾(しょう)。生没年不詳。初め京都の白拍子(しらびょうし)。義経に愛され,吉野落ちに従ったが捕らえられ鎌倉に送られた。頼朝夫妻の求めで鶴岡八幡宮前で舞い,義経を恋慕する歌を歌った話は有名。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

静御前 しずかごぜん

?-? 平安後期-鎌倉時代,源義経の愛妾(あいしょう)。
母は磯禅師(いそのぜんじ)。もと京都の白拍子(しらびょうし)。文治(ぶんじ)元年(1185)源頼朝と対立した義経の都落ちにしたがったが捕らえられ,鎌倉におくられる。頼朝夫妻の求めで歌舞を演じた折,義経を追慕する歌をうたう。義経の子を生んだが殺され,自身はのち放免。その後の消息は不明。後世,能「吉野静」,浄瑠璃(じょうるり)「義経千本桜」などの主題となった。

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朝日日本歴史人物事典の解説

静御前

生年:生没年不詳
鎌倉初期の白拍子。源義経の愛妾。文治1(1185)年11月,義経が兄頼朝と不和になり京都から没落した際,逃避行に同行。雪の吉野山中で別離を遂げたのち吉野山衆徒に捕縛され,翌2年3月,母の磯禅師と共に鎌倉に下向,鎌倉幕府から義経の行方についての尋問を受けた。同年4月8日,鶴岡八幡宮において,頼朝の面前であるにもかかわらず,反逆者義経を恋い慕う歌を毅然と歌った。閏7月29日,義経の男子を出産するが頼朝の命令で殺され,京都に帰る。なお,室町時代の『義経記』は,静に関する説話を増幅した物語として展開しているが,その背景として,静物語を語る巫女など旅をする女性の存在が想定されている。<参考文献>角川源義『語り物文芸の発生』,細川涼一『逸脱の日本中世』

(細川涼一)

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世界大百科事典 第2版の解説

しずかごぜん【静御前】

平安末期の白拍子。生没年不詳。父は不明。母は磯禅師。源義経の愛妾。1185年(文治1)義経が兄頼朝と不仲になり京より逃脱したとき,静もこれに同行。しかし翌年吉野山で義経と別れたのち捕らえられ,鎌倉に送られて尋問をうけた。同年7月鎌倉で義経の子を出産するが,男児であったため子は由比ヶ浜に沈められ,静は京に帰された。その後の消息は不明。頼朝・政子夫妻の求めにより鎌倉鶴岡八幡宮社前で舞を舞ったとき,義経への恋慕の想いを歌ったことは《吾妻鏡》にみえて有名。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

静御前
しずかごぜん

生没年不詳。源義経(よしつね)の妾(しょう)。磯禅師(いそのぜんじ)の女(むすめ)で、もと京都の白拍子(しらびょうし)であった。義経が京都堀川第(ほりかわだい)で兄頼朝(よりとも)の刺客土佐房昌俊(とさぼうしょうしゅん)に襲われたとき、機転によって義経を助けた。以後、義経に従い大物浦(だいもつのうら)(兵庫県尼崎(あまがさき)市大物町)から吉野山に逃れたが、山僧に捕らえられて鎌倉に護送された。鎌倉では義経の所在に関して厳しい訊問(じんもん)を受けたが、静は固く沈黙を守ったという。頼朝の妻北条政子(まさこ)は、静が舞の名手であると聞き、鶴岡八幡(つるがおかはちまん)の神前でこれを舞わせた。工藤祐経(くどうすけつね)が鼓を打ち、畠山重忠(はたけやましげただ)が銅拍子(どうびょうし)を勤めた。静はこのとき、「吉野山峰の白雪ふみ分けて入りにし人の跡ぞ恋しき」「しずやしず賤(しず)の苧環(おだまき)くりかへし昔を今になすよしもがな」と、義経への慕情を歌ったため、頼朝の不興を買ったが、政子のとりなしによって事なきを得た。やがて静は一児を生んだが、頼朝はこれを鎌倉由比ヶ浜(ゆいがはま)に捨てさせた。静を主題とした謡曲に『吉野静』『二人静(ふたりしずか)』があり、浄瑠璃(じょうるり)に『義経千本桜』がある。[鈴木国弘]

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世界大百科事典内の静御前の言及

【栗橋[町]】より

…60年代後半以降,東京方面への通勤者が増え,人口も増加している。栗橋駅前に静御前の墓がある。【千葉 立也】
[栗橋宿]
 日光道中第7次の宿駅。…

【船弁慶】より

観世信光(のぶみつ)作。前ジテは静御前。後ジテは平知盛の怨霊。…

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