改訂新版 世界大百科事典 「風景論」の意味・わかりやすい解説
風景論 (ふうけいろん)
特定の視点・視角によって限定された視界にひろがる風景の印象論,観賞論,構造論(物的構成),意味論の総称。風景(山水)画論や庭園論と関係が深い。近代的な風景論は,風景の物的構造の科学的分析と,一方では観賞者の知覚,感受性といった心理的側面の考察との組織的統合化を目ざし,景観地理学や知覚心理学,とくに風土心理学geopsychology,造形美学などに依存しているが,まだ風景学としての体系化は試論的段階にある。
中国では古くから代表的な風景を観賞して詩文や山水画に表現する伝統があり,宋の時代には瀟湘(しようしよう)八景とか西湖十景などが選定された。これらにならって日本でも,日本三景とか近江八景(16世紀の初めころ)を先例として,各時代にさまざまな景勝地の風景セットが賞揚されてきた。それらの中には,〈石山秋月〉〈比良暮雪〉〈三井晩鐘〉のように,季節感や朝夕の情趣に注目した時景あるいは季節景ともいうべき風景も含まれている。こうした風景シリーズは,ともすれば中国のモデルに故意にあてはめたステレオタイプに陥るきらいがあった。
こうした伝統的風景論に対して,景勝地を多少とも客観的に比較観察して,それぞれの個性的価値や品格を論評する姿勢は,江戸中期以降に現れ始めた。たとえば,古河古松軒(1726-1807)の著《西遊雑記》(1783ころ),《東遊雑記》(1788ころ)にその例が見いだされる。こうした傾向は,絵画における写実的作品,たとえば北斎の《富嶽三十六景》とか,広重の《東海道五十三次》などとも関連がある。
近代的な風景論は,志賀重昂の代表作《日本風景論》に始まるといってよい。これは地理学や地質学などの知識に基づく,風景の成因的説明と,古来の詩文絵画による叙景とをみごとに融合した名作であるとされている。これに続く作品としては,日露戦争期に著された小島烏水の《日本山水論》,太平洋戦争期の上原敬二の《日本風景美論》(1943)などがある。
最近では,高度成長期において損なわれた山河の修景,乱開発から景勝地を保全するナショナルトラスト運動,乱雑な都市景観の美化運動,大規模な住宅団地や公共施設などの環境整備といった社会的要請と呼応して,造園学や景観工学が発達し始めた。また,日本の新百景とか自然百景,名水百景など,官・民による選定が行われたり,人々の景観選好性を科学的に調査した成果を取り入れた風景論ないし景観論が主流になりつつある。
執筆者:西川 治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報