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高仙芝 こうせんし Gao Xian-zhi; Kao Hsien-chih

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

高仙芝
こうせんし
Gao Xian-zhi; Kao Hsien-chih

[生]?
[没]天宝14(755)
中国,唐の武将。高句麗の人。安西四鎮の武将となった父に従って西域にいたが,やがて四鎮都知兵馬使となった。この頃,唐軍は唐と西域諸国との交通を断った吐蕃 (とばん) とギルギット (小勃律) の討伐に向ったが成功せず,天宝6 (747) 年,高仙芝が討伐の命を受け,1万の兵を率いてパミールを越え,ギルギットの国王を捕虜としたので,西域 72ヵ国が唐に帰属した。

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デジタル大辞泉の解説

こう‐せんし〔カウ‐〕【高仙芝】

[?~755]中国、の武将。高句麗(こうくり)出身。玄宗に仕え、小勃律(しょうぼつりつ)(チベット西辺)を討って四鎮節度使となったが、751年イスラム軍と戦って大敗。安史の乱に際して讒言(ざんげん)によって処刑された。

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世界大百科事典 第2版の解説

こうせんし【高仙芝 Gāo Xiān zhī】

?‐755
中国,唐代玄宗朝の高句麗出身の武将。小勃律(北インドカシミール北部)と結んだ吐蕃のパミール高原への進出による東西交易ルート遮断に対し,747年(天宝6)に歩騎1万で小勃律国を討った。750年には石国(タシケント)を討つが,その際の殺戮と略奪は周辺諸国の強い反発を招き,ソグディアナ諸国はアッバース朝に救援を求めた。翌年高仙芝はこれをタラス河畔に迎え撃ったが大敗した。安禄山の乱のとき,長安・洛陽間最大の要衝である潼関を守備して安禄山軍の西方進出を阻止したが,讒言(ざんげん)にあって陣中で処刑された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

高仙芝
こうせんし
(?―755)

中国、盛唐の武将。唐に降(くだ)った高句麗(こうくり)人の後裔(こうえい)で、父の代から唐の西辺で軍務に従った。開元(713~741)末年、安西(あんせい)副都護、四鎮(しちん)都知兵馬使となり、吐蕃(とばん)と対抗して747年、歩騎1万の兵を率いてパミールを越え、小勃律(しょうぼつりつ)(チベット西辺)に遠征し、その王を捕らえ凱旋(がいせん)した。これにより中央アジア以西の払菻(ふつりん)、大食(タージー)など70余国が唐に帰順し、大いに国威を輝かし、安西都護、四鎮節度使に栄進した。750年中央アジアの石国を討ち王を捕虜としたが、翌年、新興アッバース朝に援護されたソグディアナ諸国の連合軍とタラス河畔に会戦して大敗した。これにより中央アジアにおける唐勢力はイスラムに圧せられるようになった。安史の乱に際し守備の不手際を理由に処刑された。[池田 温]

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世界大百科事典内の高仙芝の言及

【紙】より

…この地に割拠していたトルコ系の2諸侯のあいだに戦争が起こり,一方はイスラムに他方は中国に援助を求めた。こうしてイスラムの軍隊と中国が争うようになったが,751年に高仙芝の率いる中国の軍隊はタラス河畔の戦争でイスラム軍に大敗し,多くの兵士が捕虜となった。この捕虜の中に各種の技術者がおり,のちにイスラムの技術に影響を与えたが,製紙術が伝わったのも捕虜となった中国人紙漉工に負うのである。…

【タラス】より

…北西約90km,タラス川中流の州都ジャンブル付近に,かつてシル・ダリヤ方面とイリ盆地など東西を結ぶ交通要地で天山北部の東西交易地として栄えたオアシス都市タラスがあった。この町は,歴史上,中国,イスラム,遊牧民族などの諸勢力の交渉・衝突の場となったが,とくに751年,高仙芝の唐軍とアッバース朝のイスラム軍がこの付近で戦った〈タラス川の戦〉は有名である。この戦いは,安西都護高仙芝のタシケント攻撃に対して,ソグドなどのオアシス都市国家がアッバース朝の援助を求めて反撃したことが原因といわれるが,双方数万の兵による戦闘は唐軍の大敗に終わった。…

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