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黄遵憲 こうじゅんけん Huang Zun-xian

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

黄遵憲
こうじゅんけん
Huang Zun-xian

[生]道光28(1848)
[没]光緒31(1905)
中国,清末の外交官,詩人。広東省嘉応県 (梅県) の人。字,公度。号,東海公など。光緒2 (1876) 年挙人に及第,翌年駐日公使の随行員として日本に渡り,同8年サンフランシスコ総領事となり,中国人排斥問題の解決に奔走した。

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デジタル大辞泉の解説

こう‐じゅんけん〔クワウ‐〕【黄遵憲】

[1848~1905]中国、清(しん)末の詩人・外交官。広東省嘉応州の人。字(あざな)は公度。初代駐日公使の書記として来日、日本の政治家・文人と交わり、日本研究を行った。また、詩文に優れ、文字改革や新詩運動を推進した。変法自強(へんぽうじきょう)運動に参加したが、戊戌(ぼじゅつ)の政変で失脚。著「日本国志」「日本雑事詩」「人境廬詩草(じんきょうろしそう)」など。

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百科事典マイペディアの解説

黄遵憲【こうじゅんけん】

中国,清末の外交官,詩人。1877年初代公使何如璋(かじょしょう)の書記官として来日。1879年《日本雑事詩》で日本事情を紹介。1885年帰国,1887年《日本国志》40巻を著し,この中で文字改革を主張。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

黄遵憲 こう-じゅんけん

1848-1905 清(しん)(中国)の外交官,詩人。
道光28年4月27日生まれ。明治10年清の初代駐日公使の書記官として来日。のちアメリカ,イギリスなどの領事をつとめる。富国の必要を説き,日清戦争後は康有為(こう-ゆうい)らの改革運動を支援。詩の革新にもつとめた。光緒31年2月23日死去。58歳。広東省出身。字(あざな)は公度。著作に「日本雑事詩」「人境廬詩草」「日本国志」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

黄遵憲

没年:光緒31.1.20(1905.2.23)
生年:道光28.3.24(1848.4.27)
中国読み「ホワン・チュンシエン」。明治維新の本質を最初に中国へ紹介した清末の外交官,詩人。広東省嘉応州(梅県)の客家。字は公度,号は人境廬主人。挙人に合格後,外交官となる。明治10(1877)年,初代駐日公使何如璋の参賛(書記官)となり来日。のちサンフランシスコ総領事などを歴任。在日4年で維新後の日本社会を深く研究,200首の詩によって日本の文学,風習などを紹介した『日本雑事詩』を出版。のちに全40巻の本格的な学術書『日本国志』を完成し,明治維新の政策,制度を高く評価した。日本の経験を学び,中国の改革に生かすため康有為らの変法維新運動に参画したが,戊戌政変(1898)で失脚した。<著作>実藤恵秀他訳『日本雑事詩』<参考文献>筧久美子『黄遵憲』

(横山宏章)

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世界大百科事典 第2版の解説

こうじゅんけん【黄遵憲 Huáng Zūn xiàn】

1848‐1905
中国,清末の詩人・外交官。字は公度。広東省嘉応州の客家(ハツカ)出身。光緒2年(1876)の挙人。日,米,英,シンガポール各地に外交官として駐在,湖南省按察使を最後に,戊戌(ぼじゆつ)政変の余波をうけて郷里に引退,子弟の教育に余生を捧げた。維新洋務派の康有為,梁啓超らと親しく,清国の近代化と独立を求めて活動。その詩は〈新派詩〉として知られる。伝統形式をふまえつつ平易に日常の現実をうつす清新な詩風は,後の文学革命の先駆をなす。

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大辞林 第三版の解説

こうじゅんけん【黄遵憲】

1848~1905) 中国、清末の詩人・外交官。字あざなは公度。変法自強運動に従事する一方、文字改革や新詩運動を推進。1877年(明治10)来日。著「日本雑事詩」「日本国志」、詩集「人境廬詩草」など。ホワン=ツンシエン。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

黄遵憲
こうじゅんけん
(1848―1905)

中国、清(しん)末の外交官、詩人。字(あざな)は公度(こうど)、号は東海公、法時尚任斎(ほうじしょうじんさい)主人など。嘉応(かおう)州(広東(カントン)省梅県)の客家(ハッカ)(特殊な方言をもつ漢人の一群)の出身。1876年(光緒2)挙人に合格、翌年初代駐日公使何如璋(かじょしょう)に随行して来日、外交官生活に入った。以後、サンフランシスコ、ロンドン、シンガポールで20年近く活躍して海外の見聞を広め、94年帰国後梁啓超(りょうけいちょう)ら改良派の人々と親交を結び、立憲君主制の樹立を中心とする維新運動を援助した。早くから詩に優れ、清末動乱の世相をうたう現実的な作品は「詩史」といわれ、伝統形式のなかに俗語や新事物を詠み込んだ「新派詩」は後の文学革命の先駆となり、「詩界革命」の第一人者と評されている。『日本雑事詩』2巻、『日本国志』40巻、『人境廬詩草(じんきょうろしそう)』11巻がある。[佐藤 保]
『島田久美子注『中国詩人選集2集15 黄遵憲』(1963・岩波書店) ▽さねとう・けいしゅう編・訳『大河内文書』(1964・平凡社・東洋文庫) ▽実藤恵秀・豊田穣訳『日本雑事詩』(1968・平凡社・東洋文庫)』

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世界大百科事典内の黄遵憲の言及

【金弘集】より

…1880年,修信使として日本を訪問,明治維新後の発展の様子を視察して開化への意欲を深めた。このとき持ち帰った《朝鮮策略》(駐日清国参賛官黄遵憲の著書)は,開化策の推進を説いて政府内外に論議を呼びおこした。84年の甲申政変の際,開化派政府の漢城府尹に推された。…

【時務報】より

…中国,清末の雑誌。清朝の弾圧で強学会とその機関誌《強学報》が禁止されたのち,黄遵憲などの援助を得,汪康年を経理として上海の租界で創刊された。1896年(光緒22)旧暦7月1日から98年6月21日まで,旬刊で計69冊が刊行。…

【清】より

…一方,中国側の認識の変化は,その思想・文化の伝統のゆえに遅々たるものであった。そうしたなかにあって1877年,初代駐日公使何如璋について来日した黄遵憲は,明治初期の日本に起こりつつあった変化を理解しようとした最初の中国人であった。黄遵憲が数年間の滞日経験をもとに書き記した《日本国志》(1887)の中では明治維新が高く評価されており,のちに制度改革を唱えた康有為,梁啓超らの指導した変法運動(戊戌変法)への思想的影響がうかがえる。…

【白話詩】より

…このとき梁啓超らは,文学をその教育宣伝の手段として用いようとしたが,詩の分野でも,夏曾佑や譚嗣同らが詩界革命を主張し,詩語に新しい名詞を導入すべきだと唱えた。さらに黄遵憲は俗語で詩を書くこと,新しい思想を詩の素材とすることを試みようとしたが,その実現をみなかった。 辛亥革命後の1915年,陳独秀を中心に,雑誌《新青年》が創刊された。…

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