ことばに宿る霊の意。古代の日本人は,ことばに霊が宿っており,その霊のもつ力がはたらいて,ことばにあらわすことを現実に実現する,と考えていた。言霊という語は,《万葉集》の歌に,3例だけある。山上憶良の長歌に,〈そらみつ 倭(やまと)の国は 皇神(すめがみ)の 厳(いつく)しき国 言霊の 幸(さき)はふ国と 語り継ぎ 言ひ継がひけり〉(巻五)とうたわれ,《柿本人麻呂歌集》にも収める歌には,〈言霊の八十(やそ)の衢(ちまた)に夕占(ゆうけ)問ふ占(うら)正(まさ)に告(の)る妹(いも)はあひ寄らむ〉〈磯城島(しきしま)の日本(やまと)の国は言霊の幸(さきは)ふ国ぞま幸(さき)くありこそ〉とうたわれている。それらの歌によって,日本の国は言霊がはたらいて幸いをもたらす国である,といい伝えられ,そのような言霊のはたらきが信じられていたことがうかがわれる。このような言霊の信仰が,ことばの使用について,さまざまな特殊な考えを発達させたのである。言霊の信仰によることばの使用は,ことばを積極的に使って言霊をはたらかせようとする考えと,ことばの使用をつつしんだり避けたりする考えと,二つの面に分かれる。神に祈るのに祝詞(のりと)をとなえたり,よい結果を求めるために祝言をのべたりするのは,言霊のはたらきを期待しているのである。ひとの名を秘めるべきものとしたり,忌詞(いみことば)を使ったりするのは,言霊のはたらきを警戒して,ことばの使用をつつしむのである。
ことばに霊が宿っており,ことばとしてあらわしたことが実現する,という考えは,日本だけのものではなく,多くの民族がもっていた。旧約聖書の《創世記》に,〈神が光あれよと言われると,光が出来た〉とあるのをはじめとして,未開民族の神話や伝説に,言霊の活動に対する信仰が見いだされる。仏教の密教において,〈阿(あ)〉という字をいっさいの根元と考えたり,陀羅尼(だらに)を尊重するのは,言霊の信仰の一種と考えてよいであろう。
日本における言霊の信仰の特色は,文学と関連をもつようになったことにある。和歌を尊重する考え(歌道)に,言霊の信仰の影響が認められる。《古今集》の仮名序に,歌は天地(あめつち)を動かし,鬼神をもあわれと思わせる,とのべているのも,藤原俊成が住吉神社に参籠して,〈和歌仏道二なし〉という神示を得たと伝えられるのも,いずれも和歌における言霊の信仰のあらわれである。無住は《沙石集》において,和歌の徳を陀羅尼としてのべている。そのような考えは,江戸時代の契沖にうけつがれている。さらに富士谷御杖(ふじたにみつえ)によって,《万葉集》の歌は,言霊の信仰にもとづいて作られている,と解釈され,思うことの反(うら)を表現する倒語の方法によって,ことばに言霊が宿る,と主張されたのである。このように言霊の信仰は古代における原始宗教の段階にとどまることなく,和歌を中心とする文学の問題として,のちの時代にまで長く影響している。
執筆者:平野 仁啓
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【起源】
おそらくすべての〈遊び〉と同様に,言語遊戯もその根本は呪術的,祭儀的,神事的であると思われる。単なる日常的コミュニケーションのための記号ではなく,言語そのものに〈言霊(ことだま)〉がそなわっているという古代的信仰は洋の東西を問わず遍在している。したがって,逆にいえば,祈禱文や呪文から呪術性・秘教性を取り去るならば,純粋なゲームに見えてくることになる。…
…一般日常の言語行為は〈いう〉で示されているが,それに対して〈言〉〈言挙げ〉〈言立つ〉などは〈いう〉とは区別される改まった言葉づかいに属し,そうした〈言〉においてのみ〈事〉をなしとげる呪力を持つと信じられたのである。〈ことだま(言霊)〉とはこのような特定の言語への信頼をあらわした語で,おそらく〈ことだま〉は神授のものと意識されていたであろう。 したがって,〈事〉と区別された〈言〉のみを意味する〈ことば〉という語の出現には,〈言・事〉の分化,言語そのものへの自覚の高まりが示されている。…
※「言霊」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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