説話文学や口承文芸における重要なモチーフ。幼い神や身分高く若い主人公が、都(もしくは生まれ故郷)を離れて放浪を続け、種々の艱難辛苦(かんなんしんく)に遭遇し、動物の援助や知恵の働き、財宝の発見などによって、試練を克服して英雄となったり尊い地位につくという、説話の一類型。日本文学における伝承上の際だった主題である。たとえば少彦名神(すくなひこなのかみ)、大国主命(おおくにぬしのみこと)、山幸彦(やまさちひこ)、日本武尊(やまとたけるのみこと)などの神話に登場する主人公から、『源氏物語』の須磨(すま)・明石(あかし)巻に記された光源氏の流謫(りゅうたく)の一節などがあげられよう。この説話類型の本来の形は、天上もしくは常世(とこよ)の国から人間界に訪れてきた多くの神々の来由(らいゆ)譚を語ることにあった。常世(古代日本民族が永遠の水平線のかなたに存在すると信仰した稔(みの)りと長寿の理想郷)の国から、入口のない中空のうつぼ舟に閉じこもって訪れた人(神)の話に、折口信夫(しのぶ)は「貴種流離譚」と命名した。その本格的な語りは貴人の海辺流離の物語である。『古事記』『日本書紀』『万葉集』などにみられる軽王(かるのみこ)・軽大郎女(かるのおおいらつめ)の天田振(あまたぶり)や、麻績王(あまのおおきみ)の海人歌(あまうた)というべき作品群などは、海人部(あまべ)の伝承によるものであろう。中臣宅守(なかとみのやかもり)と茅上郎女(ちがみのいらつめ)の相聞歌(そうもんか)も歴史的事実であったろうが、世人はこの類型のなかに貴種流離譚を理解したのである。海のかなたから小(ちい)さ子神の姿で漂着して国づくりを助け、粟稈(あわがら)にはじかれて常世に渡る少彦名神は、はるか異郷を旅してののちに国土を訪れ流離のすえに神の国へ帰る貴神の姿を備えたものである。『丹後国風土記(たんごのくにふどき)』逸文(いつぶん)奈具社(なぐのやしろ)の由来にちなむ天女は、羽衣を奪われこの世の苦しみを体験し食物の神に転生することを語っている。『竹取物語』のかぐや姫や『伊勢(いせ)物語』東下りの昔男のさすらいの物語にも、この系譜は引き継がれ、さらに『うつほ物語』の俊蔭(としかげ)、『義経記(ぎけいき)』の義経(よしつね)などの古代・中世の物語や語物を経て、小栗判官(おぐりはんがん)、愛護若(あいごのわか)、俊徳丸などの説経節の悲しい主人公まで、その類型は模倣され受け継がれている。
[渡邊昭五]
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[民俗学者として]
信夫の学問は,以上のような創作活動と深くかかわっていて,独特な用語を駆使し,ときに飛躍のある晦渋な論文が生み出されるのはその創作者的資質によろう。独特な用語とは,例えば〈貴種流離譚〉がある。物語に出てくる主人公たちは高貴な出身であるが,身をやつして他国へさすらってゆく。…
※「貴種流離譚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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