飛驒山脈(読み)ひださんみゃく

改訂新版 世界大百科事典 「飛驒山脈」の意味・わかりやすい解説

飛驒山脈 (ひださんみゃく)

本州中央部の山岳地帯北部にあり,いわゆる日本アルプスの主部で,北アルプスとも呼ばれる山脈。日本海沿岸の親不知(おやしらず)付近から急激に高度を増し,新潟,富山,長野,岐阜の4県にまたがって続く大山脈である。南北の延長約70km,東西の幅約25kmで,標高は奥穂高岳の3190mを最高に3000m級の峰が並ぶ。1934年,中部山岳国立公園に指定された。

 飛驒山脈の東側は,本州を東北日本と西南日本に二分するフォッサマグナと呼ばれる大地溝帯に断層性の急斜面を向けて落ち込み,西側にはやや高度を下げて連続する飛驒高地が続く。新生代第三紀にはすでに陸化していたと考えられるが,大山脈として隆起を始めたのは,第四紀洪積世に入ってからである。褶曲した地層もあるが,山脈の形成と現在の地勢を大きく支配しているのは断層で,これらの中には現在も動いている活断層もあり,植生のない稜線部や高山帯の崖錐斜面で観察することができる。第四紀の火山活動としては,立山火山の活動とカルデラ形成,雲ノ平溶岩台地の形成,鷲羽(わしば)火山の活動などがあり,新しいところでは大正池をつくった焼岳火山の大噴火(1915)がある。

 飛驒山脈は,南北に長い数本の山脈が組み合わされてできている。北部は,黒部川の上流部をはさんで2列の連峰が並び,西側の立山連峰には北から毛勝(けかち)山(2414m)を中心とする毛勝三山,劔岳(2999m),大日岳(2501m),立山(3015m),越中沢岳(2591m)などが,また東側の後立山(うしろたてやま)連峰には朝日岳(2418m),雪倉山(2611m),白馬岳(2932m),唐松岳(2696m),五竜岳(2814m),鹿島槍ヶ岳(2889m),爺ヶ岳(じいがたけ)(2670m)などが含まれる。前者からは,薬師岳(2926m),北ノ俣岳(上ノ岳。2662m),黒部五郎岳(中ノ俣岳。2840m)を経て,また後者からは,針ノ木岳(2821m),烏帽子(えぼし)岳(2628m),野口五郎岳(2924m),黒岳(水晶岳。2986m)などを経て,三俣蓮華(みつまたれんげ)岳(2841m)で二つの支脈が合流し,そこからさらに双六(すごろく)岳(2860m)をはさんで,飛驒山脈中の最高所である槍・穂高連峰に至る。この合流地点の北側には,太郎兵衛平,雲ノ平といった,山脈中では数少ない隆起準平原遺物とみられる山頂平たん面がある。一方,南部は槍・穂高連峰と並行する形で,東に唐沢山(2632m),燕(つばくろ)岳(2763m),大天井(おてんしよう)岳(2922m),常念岳(2857m),蝶ヶ岳(2677m)と続く常念山脈,西に抜戸(ぬけど)岳(2813m)や笠ヶ岳(2897m)などからなる笠・抜戸連峰が走る。そしてこれらの山地を刻んで,北流する黒部川,山脈西側の片貝川,早月(はやつき)川,常願寺川,金木戸川,蒲田(がまだ)川,東側では犀(さい)川の上流部に当たる鹿島川,籠(かご)川,高瀬川,中房川,烏川,梓川といった諸河川が流れ出している。

 飛驒山脈には現在でも多数の越年雪地域が存在しており,氷河期から後氷期にかけてかなり広範囲にわたる氷河が存在していたことが,氷河地形周氷河地形,氷河性の堆積物から推定されている。山脈北東部の白馬岳以北では広大な複合カール氷河,劔・立山連峰でも同様な涵養域からの谷氷河があり,白馬岳以南の後立山連峰東面では,雪崩涵養による氷河が現在の標高1100m付近まで広く分布していた。また槍・穂高連峰周辺では,槍沢の一ノ俣出合の標高1700m付近まで谷氷河が達していたことを示すモレーン堆石堤)があるし,穂高岳東面の涸(から)沢や大キレットを涵養域とする氷舌を合流させた横尾谷の氷河が,屛風岩の大絶壁をつくりながら標高1600mまで流下していたことを,横尾山荘付近のモレーンが示している。これらのモレーンは,最近の研究ではウルム氷期最盛期ごろに形成されたと考えられているため,槍沢や涸沢,また北の薬師岳や立山に見られるもっと新鮮な氷河地形は,後氷期に入ってから形成されたものとするほうが合理的であろう。ただ,飛驒山脈中の氷河地形は,外国のものにくらべるとスケールが小さくて種類も少ないこと,しかもそれらが単独で存在する場合が多いことなどから,氷河の認定に関しては,諸説があるのが現状である。

 飛驒山脈の山々の中には,立山,槍ヶ岳,笠ヶ岳,薬師岳,蓮華岳,常念岳など,信仰登山の対象とされてきたものが多い。1893年陸地測量部の三角測量が始まり,その選点,造標,観測のためたくさんの未踏峰が登られた。なかでも劔岳に登った測量官柴崎芳太郎が,未踏と思った山頂で先人の残した錫杖(しやくじよう)や鏃(やじり)などを発見した話は名高い。

 生物相も豊富である。松本から梓川沿いに登山の中心基地上高地に入り,槍沢に沿って槍ヶ岳へ登るコースで植生の分布をみ見ると,上高地~横尾間の標高1500~1600mの間は,ブナは少ないがウラジロモミ,サワグルミ,シラカバなどの落葉広葉樹林帯である。横尾を過ぎて一ノ俣,二ノ俣のモレーンおよびその上部の崖錐帯は,オオシラビソ,コメツガ,ソウシカンバなど針葉樹林の亜高山帯である。標高約2500mの森林限界を過ぎると,ミネズオウ,エイランタイ,イワツメクサなど風の強い尾根の高山荒原植生や,ハイマツ,コケモモが分布し,くぼんだ岩陰にはイワイチョウ,ショウジョウスゲといった雪田植生などからなる〈お花畑〉が見られる。高山チョウは,クモマツマキチョウ,クモマベニヒカゲ,ミヤマモンキチョウ,タカネヒカゲなどが稜線付近に,ヤリガタケシジミ,コヒオドシ,ベニヒカゲなどが森林帯に,オオイチモンジ,ミヤマシロチョウが谷底に分布する。また鳥類ではイワヒバリ,ライチョウ,ルリビタキなどが多く見られるほか,オコジョ,トウホクノウサギ,ニホンザル,カモシカ,ツキノワグマなども生息している。

 縦走路には,槍ヶ岳から大天井岳を経て燕岳に至る表銀座縦走路(喜作新道),槍ヶ岳から三俣蓮華岳,野口五郎岳などを経て針ノ木岳に至る裏銀座縦走路,槍ヶ岳から穂高岳に至る縦走路などがある。

 なお,おもな山岳については各項目を参照されたい。
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飛驒山脈は,基盤地質区からみると,飛驒帯,飛驒外縁帯,美濃帯北部のそれぞれ東縁部にあたり,東限は糸魚川-静岡構造線で断たれる。ジュラ紀以前の基盤岩類としては,飛驒帯の花コウ岩類(劔岳など),外縁帯の変成岩類(朝日岳,白馬岳,槍ヶ岳南方)などがあり,また白亜紀の花コウ岩類(鹿島槍ヶ岳,燕岳など),流紋岩,安山岩質火山岩類(三俣蓮華岳,槍ヶ岳,穂高岳など)が広く分布する。さらに立山,焼岳,乗鞍岳のような火山をも含み,新旧さまざまな地質要素が複合している。山脈の西に広がる飛驒高地は主として飛驒帯の花コウ岩,片麻岩類からなり,ジュラ紀~白亜紀前期の手取層群がこれらをおおっている。両地域は本州最大の負のブーゲー異常(重力異常)地域の中心をなしている。また飛驒山脈は基盤地質区配列に斜交して発達した新しい山脈で,新生代後期に著しく上昇した。
飛驒変成帯
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