[1] 〘格助〙
① 動きや状態の成り立つ状況を表わす。
(イ) 動作や状態の成り立つ時を表わす。
※万葉(8C後)六・九七一「白雲の 龍田の山の 露霜に 色づく時丹(に) 打ち越えて 旅行く君は」
※
徒然草(1331頃)七四「夕
にいねて朝
におく、いとなむ所何事ぞや」
(ロ) 動きや状態が成り立つ場所を表わす。
※万葉(8C後)三・二五二「荒栲の藤江の浦爾(ニ)鱸釣る海人とか見らむ旅行く我れを」
※俳諧・奥の細道(1693‐94頃)旅立「三里に灸すゆるより、松嶋の月先心にかかりて」
(ハ) 動きや状態がその中で成り立つ環境、情勢を表わす。
※万葉(8C後)三・四一五「家にあらば妹が手まかむ草枕旅爾(ニ)臥やせるこの旅人あはれ」
※徒然草(1331頃)二四〇「梅の花かうばしき夜の朧月にたたずみ」
(ニ) 動きや状態が成り立つ原因、理由、機縁などを表わす。
※万葉(8C後)二〇・四三三七「
水鳥の発
(た)ちの急
(いそ)ぎ
爾(ニ)父母にもの言
(は)ず来
(け)にて今ぞ悔しき」
※古今(905‐914)春下・一一六「春の野に若菜摘まんと来しものを散りかふ花
に道はまどひぬ〈
紀貫之〉」
② 動作や作用の結果生ずるものや、状態を表わす。
(イ) 「なる」「なす」「す(する)」など、実質概念を欠く動詞による結果の状態を表わす。
※万葉(8C後)一二・三〇八六「中々に人とあらずは桑子(くはこ)爾(ニ)もならましものを玉の緒ばかり」
※
源氏(1001‐14頃)夕顔「いたくわづらひて尼
になりにけるとぶらはむとて」
(ロ) 物を作り出す動きによってできる物を表わす。
※万葉(8C後)二〇・四三二七「我が妻も絵爾(ニ)描き取らむ暇(いつま)もが旅行く我れは見つつ偲はむ」
※俳諧・奥の細道(1693‐94頃)日光「旅立暁、髪を剃て墨染にさまをかえ」
③ 「思う」「聞く」「知る」「見る」などの心理活動、感覚活動の内容を表わす。
※万葉(8C後)一五・三五九六「
吾妹子が形見
爾(ニ)見むを印南都麻
(いなみつま)白浪高み外
(よそ)にかも見む」
※
平家(13C前)一一「大納言それをば猶かなしき事
におぼして」
(イ) 動きの様態をくわしく表わす。
※
古事記(712)下「足もあがか
邇(ニ)嫉妬
(ねた)みたまひき」
※竹取(9C末‐10C初)「人に紙をもたせてくるしき心ち
にから
うじて書き給ふ」
(ロ) (動詞の連用形を受け、「…に…」の形で同じ動詞を繰り返し用いて) 動きの程度が十分すぎること、また、甚だしいことを強調する。「ひた走りに走る」「大もめにもめる」などのように初めの連用形に
接頭語が付くこともある。
※古事記(712)上「十挙剣を乞ひ度して三段に打ち折りて〈略〉さ噛み爾(ニ)噛みて」
※土左(935頃)承平五年二月九日「かはの水なければ、ゐざりにのみぞゐざる」
(ハ) 動きの方法をくわしく表わす。
※万葉(8C後)一四・三四一八「上つ毛野佐野田の苗のむら苗爾(ニ)事は定めつ今はいかにせも」
※平家(13C前)一「十四五六の童部を三百人揃て、髪を禿にきりまはし、あかき直垂をきせて」
⑤ 動きの目的を表わす。
(イ) 移動、動作の目的を表わす。
※万葉(8C後)一七・三九九四「白波の寄せ来る玉藻世の間も続(つ)ぎて見仁(ニ)来む清き浜傍(はまび)を」
※竹取(9C末‐10C初)「筑紫の国に
湯浴みにまからん」
(ロ) 動きの用途や資格を表わす。
※古事記(712)上・歌謡「八雲たつ 出雲八重垣 妻ごみ爾(ニ) 八重垣作る その八重垣を」
※徒然草(1331頃)一八二「乾鮭と云ものを、供御にまゐらせられたりけるを」
⑥ 移動の行く先や方向を表わす。
※古事記(712)中・歌謡「尾張邇(ニ)直(ただ)に向へる」
※伊勢物語(10C前)五「東の五条わたりにいと忍びて行きけり」
⑦ 表面に付いたり、中に入り込んだりする対象を表わす。
※古事記(712)上「曾毘良邇(ニ)は千入(ちのり)の靫を負ひ」
※俳諧・奥の細道(1693‐94頃)立石寺「閑さや岩にしみ入蝉の声」
⑧ 話したり会ったり与えたりなど、ある動作を行なう相手を表わす。
※万葉(8C後)二〇・四二九三「あしひきの山行きしかば山人の朕(われ)爾(ニ)得しめし山づとそこれ」
※源氏(1001‐14頃)浮舟「内記、案内よく知れるかの殿の人に問ひ聞きたりければ」
⑨ 動作、態度のかかわる対象を表わす。
(イ) 心理的な活動の対象を表わす。
※万葉(8C後)一九・四二四四「あらたまの年の緒長く我が思へる子ら爾(ニ)恋ふべき月近づきぬ」
※俳諧・奥の細道(1693‐94頃)武隈の松「武隈の松にこそめ覚る心地はすれ」
(ロ) ある態度を示す動作の対象を表わす。
※万葉(8C後)一七・三九二二「降る雪の白髪までに大君爾(ニ)仕へまつれば貴くもあるか」
※徒然草(1331頃)二一七「限りある財をもちて、限りなき願にしたがふ事、得べからず」
⑩ 状態や性質に関して比較する基準を表わす。
※万葉(8C後)八・一五八四「めづらしと我が思ふ君は秋山の初黄葉爾(ニ)似てこそありけれ」
※平家(13C前)一「風の前の塵に同じ」
⑪ ある動作・作用を行なう道具や材料を表わす。
※万葉(8C後)七・一三五一「月草爾(ニ)衣は摺らむ朝露に濡れての後はうつろひぬとも」
※徒然草(1331頃)一七六「御薪にすすけたれば、黒戸といふとぞ」
⑫ 使役動詞で示される動作の働きかけが及ぶ対象を表わす。
※万葉(8C後)一八・四〇六七「二上の山に隠れる霍公鳥今も鳴かぬか君爾(ニ)聞かせむ」
※伊勢物語(10C前)七八「人々に歌よませ給ふ」
⑬ 受身表現での動作の主体を表わす。
※万葉(8C後)五・八〇四「か行けば 人爾(ニ)厭はえ かく行けば 人爾(ニ)憎まえ」
※徒然草(1331頃)一一五「いろをしと申ぼろに殺されけりと承りしかば」
⑭ 成否、巧拙、好悪などを問題にする対象を表わす。
※徒然草(1331頃)一二二「詩歌にたくみに、糸竹に妙なるは」
⑮ ある属性や能力を持っている対象を表わす。
※万葉(8C後)八・一四五六「この花の一節のうち爾(ニ)百種の言ぞ隠れるおほろかにすな」
※徒然草(1331頃)七二「賤げなる物、居たるあたりに調度の多き、硯に筆の多き、仏堂に仏の多き」
⑯ ある物事の有無を問題にする対象のものを表わす。
※土左(935頃)承平五年一月九日「きしにもいふことあるべし。ふねにもおもふことあれど、かひなし」
※俳諧・奥の細道(1693‐94頃)福井「むかし物がたりにこそかかる風情は侍れ」
⑰ あり場所を示すことによって、婉曲にそこにいる人が動きの主体であることを表わす。
※落窪(10C後)二「今は世になくなりたれば、我にこそ領ぜめ」
※源氏(1001‐14頃)桐壺「弘徽殿には久しく上の御局にも、参(ま)う上り給はず」
⑱ 似合いのものを添加したり、物事を並べ挙げたりする意を表わす。
※源氏(1001‐14頃)胡蝶「なでしこの細長に、此の頃の花のいろなる御小うちき、あはひけちかう今めきて」
※徒然草(1331頃)一二三「止むことを得ずしていとなむ所、第一に食物、第二に着る物、第三に居る所也」
※譬喩尽(1786)三「月に村雲(むらくも)花に風」
[2] 〘接助〙
① 述語用言の連体形をうけ、句と句とを接続する。
(イ) 並列・前置き・継起等の関係を表わす。
※土左(935頃)承平四年一二月二七日「かくうたふに、ふなやかたの塵も散り、空ゆく雲も漂ひぬ」
※方丈記(1212)「これをありしすまひにならぶるに、十分が一なり」
(ロ) 順接条件を表わす。→補注。
※竹取(9C末‐10C初)「親達のかへりみをいささかだに仕うまつらで、まからん道も安くもあるまじきに日比も出ゐて、今年ばかりの暇(いとま)を申つれど」
※伊勢物語(10C前)六二「涙のこぼるるに、目も見えず、物もいはれず」
(ハ) 逆接条件を表わす。→補注。
※伊勢物語(10C前)二三「よろこびて待つに、たびたび過ぎぬれば」
※古今(905‐914)雑上・八八四「あかなくにまだきも月のかくるるか山のはにげていれずもあらなん〈在原業平〉」
② ①
(ハ) の用法の、下の句を省略したところから終助詞的に用いる。逆接的な余情を含んだ感動や、かすかな不満の気持を表わす。主として近世以後の用法。
※梵舜本沙石集(1283)八「『なにとして、かく云つるに』と問へば」
※咄本・醒睡笑(1628)八「鼠が着た物をふまばむさからうずに」
[補注](二)①(ロ) (ハ)の用法で、推量の助動詞「む」をうけたものは、仮定の意となる。「源氏‐真木柱」の「よばひののしり給ふ声など、思ひうとみ給はんに、ことわりなり」、「徒然草‐五八」の「げにはこの世をはかなみ、必ず生死を出でんと思はんに、なにの興ありてか、朝夕君に仕へ、家を顧みる営みのいさましからん」など。