翻訳|cheese
牛乳,脱脂乳,クリーム,羊乳などを原料とし,レンネット(凝乳酵素)の作用や乳酸菌などの細菌,アオカビなどのカビあるいは酵母など,各種の微生物の働きを利用して製造されるもの(ナチュラルチーズ)で,それをさらに加工したものはプロセスチーズと呼ばれる。
アラビアの商人が,ヒツジの胃袋で作った水筒に乳を入れて旅をしている間に,太陽熱で暖められた乳が胃袋の凝乳酵素の働きにより固まって,チーズのようなものが初めてできたというアラビアの民話がある。史実では,前3500年ころにメソポタミア地方で乳牛の飼育,搾乳,乳加工が行われていたことを示す石版が発見されており,エジプト,インド,中央アジア地方でも前4000-前2000年にチーズなどが製造されたといわれる。これがトルコを経てギリシアに伝わり,《オデュッセイア》にもチーズの記載が見られる。その後,イタリア半島からヨーロッパ各地へ広がり,各国に独自のチーズが多く作られてきた。日本では,奈良・平安時代および江戸時代にチーズのようなもの(蘇(そ),醍醐(だいご)など)が作られた記録があるが,本格的な製造は1875年に北海道七重勧業試験場で試みられ,1900年には函館トラピスト修道院でも製造が始められた。本格的なチーズ工場は32年北海道遠浅に建設されたのが最初である。
チーズはナチュラルチーズと,プロセスチーズの二つに大別される。
種類がひじょうに多く,おもなものだけでも世界中で400種類以上あるといわれる。それらの名称には原産地名や外観,形態に由来するものが多い。主要なチーズは,チーズの硬さやその熟成に関与する微生物の種類などにより,表1のように分類される。(1)パルメザンチーズParmesan cheese イタリアのパルマ市原産のひじょうに硬いチーズで,粉末チーズとして用いられる。直径30~45cm,高さ15~25cm,重さ15~35kgの円筒形で,熟成期間は3~4年である。(2)エメンタールチーズEmmental cheese スイスのエメ川の流域原産で,同国の代表的なチーズ。スイスチーズともいわれる。弾力のある組織をもち,クルミのような風味がある。直径1m,重さ100kgにも及ぶ大きな円盤形で,世界最大のチーズ。熟成期間は10~12ヵ月である。熟成中にプロピオン酸菌によるガス発酵があり,チーズ内部に指先ぐらいのガス孔(チーズの目)が形成される。フランスで作られる同種のチーズとしてグリュエールチーズがある。(3)ゴーダチーズGouda cheese オランダ南部のゴーダの原産。直径30~35cm。高さ10~13cm,重さ約8kgの円盤形で,熟成期間は3~6ヵ月である。温和な風味が特徴である。(4)エダムチーズEdam cheese オランダ北部のエダムが原産のチーズで,ゴーダチーズとともにオランダの代表的なチーズである。表面が赤色のワックスまたはセロハンで覆われているので,赤玉チーズとも呼ばれる。扁平な球形で直径15cm,重さ約2kgである。熟成期間は3~5ヵ月。(5)チェダーチーズCheddar cheese イギリスのチェダー村原産のチーズ。通常は直径37cm,高さ30cm,重さ約35kgの円筒形であるが,直方体のものも作られる。熟成期間は3~6ヵ月で,温和な酸味がある。(6)ブリックチーズbrick cheese アメリカで作られるチーズで,幅13cm,長さ8cm,高さ25cm,重さ約2kgの煉瓦形である。熟成期間は2~3ヵ月で,やや刺激性の風味がある。(7)ロックフォールチーズRoquefort cheese フランスのロックフォール村で羊乳からアオカビによる熟成により作られる有名なチーズ。直径約20cm,高さ8~10cm,重さ2~3kgの円筒形で,熟成期間は2~5ヵ月である。アオカビによるチーズの脂肪分解によって生ずる鋭い刺激臭のある風味が特徴である。アオカビの菌糸がチーズ内部に脈状に広がり,切断面には美しい大理石模様が見られる。牛乳を用いて各国で作られる同種のチーズはブルーチーズと呼ばれる。(8)カマンベールチーズCamembert cheese フランスのカマンベール地方で,シロカビを用いて熟成させるチーズ。直径12cm,厚さ3cm,重さ約300gで,熟成はほぼ3週間で完了し,チーズの表面にはシロカビがフェルト状に生育する。タンパク質の分解が比較的速やかなのが特徴である。(9)カテージチーズcottage cheese 通常は脱脂乳から作られる熟成させないチーズで,低カロリー高タンパク質食品としてアメリカでは大量に消費されている。食味をよくするために少量のクリームを添加することもある。(10)クリームチーズcream cheese クリームまたはクリームを添加した牛乳から作られる熟成しないチーズ。アメリカで最も普及しているチーズの一つである。バターのような滑らかな組織をもち,風味はおだやかで,濃厚な脂肪の味がする。
チーズは種類によって製法が異なるが,ゴーダチーズのような硬質チーズでは原料乳を殺菌し,これに乳酸菌スターター(乳酸菌をあらかじめ脱脂乳に培養しておいたもの)を加えると,乳酸菌は牛乳の乳糖を発酵して乳酸を生成する。この乳酸はチーズ製造中の雑菌繁殖を抑制する役割をもつとともに,次に加えるレンネットの作用を助ける働きをする。レンネットは子牛の第四胃から抽出される凝乳酵素で,牛乳を豆腐状に凝固させる。牛乳成分のうち,レンネットにより凝固するのは牛乳の主要タンパク質であるカゼインで,脂肪はそれ自体作用は受けないが,凝固するカゼインに包みこまれる形でカード(牛乳の凝固物をいう)に含まれる。カードをさいの目に切断し,ゆっくりかくはんしながら38℃くらいまで加温すると,カードが収縮してホエー(乳清)がカード内部から排出され,白色のカード粒と黄緑色のホエーに分かれる。このうちカード粒を集めて型に詰め,チーズプレスにより圧搾したのち加塩する。加塩には食塩を表面にすりこむ方法と食塩水に1~3日間漬けこむ方法がある。食塩はチーズの保存性と食味をよくする。加塩後は水分の蒸発と雑菌の繁殖を防ぐために表面をパラフィンまたはプラスチックフィルムで被覆し,湿度80~90%,10~15℃の熟成室で3~6ヵ月間熟成する。熟成中には,乳酸菌などの微生物のタンパク質分解酵素や脂肪分解酵素により,アミノ酸などの水溶性窒素化合物,遊離脂肪酸などが生成し,それぞれのナチュラルチーズに特有の風味が生まれてくる。カテージチーズのような非熟成チーズではカード粒子を集め,冷水で2~3回水洗したのち加塩し,容器に詰め冷蔵するので,タンパク質や脂肪の分解による濃厚な味はないが,新鮮で爽快な風味がある。
種類や熟成度の異なるナチュラルチーズを混合,加熱融解して均質にし,成型,包装したもので,乳固形分を40%以上含む。プロセスチーズの特色は,加熱され,密封されているので保存性がよいこと,原料チーズの配合により好みの風味のものが作れること,温和な風味はナチュラルチーズに比べれば万人向きといえること,種々の形や大きさの包装が可能なので多彩な商品ぞろえができることなどである。製法は原料としてはゴーダチーズとチェダーチーズが多く用いられる。これをチョッパーおよびチーズグラインダーにより粉砕して配合し,リン酸ナトリウムやクエン酸ナトリウムとともに80~120℃で数分間加熱して融解させる。これらの塩類はカルシウムイオンと結合する性質をもち,カルシウムと凝固していたカゼインから,カルシウムを奪うことによりカゼインを可溶化させる。そのためチーズが溶けやすくなる。融解したチーズは70℃以上で流動性のあるうちに,アルミ箔あるいはワックス被覆セロハンに充てん,密封して冷却する。
一般にチーズにはタンパク質と脂肪が20~30%ずつ含まれているが,カテージチーズ,クリームチーズのような特異な成分のチーズでは,それぞれタンパク質と脂肪を多量に含んでいる。しかも,熟成されるチーズの場合には,これらの成分は乳酸菌などの酵素作用により水溶化が進み,消化吸収されやすい形に変化している。また,カルシウム,ビタミンA,ビタミンB2などのすぐれた給源でもあり,きわめて栄養価の高い食品といえる。カマンベールチーズのような熟成期間の短い,換言すれば熟成速度が速いチーズは過熟になりやすく,冷蔵しても適食期間は長くない。カテージチーズのような熟成させないチーズは冷蔵が必要である。一方,硬質チーズは熟成後冷蔵すれば保存性はよく,プロセスチーズも長期冷蔵保存が可能である。しかし,切口は乾燥して硬くなるので表面をポリエチレンフィルムなどでおおっておかなければならない。
1種またはそれ以上のナチュラルチーズあるいはプロセスチーズに,クリーム,牛乳,脱脂乳,香辛料,調味料などを加え,プロセスチーズと同様の方法で製造されるもので,製品中のチーズ分は51%以上である。
プロセスチーズに練乳,粉乳,バター,クリーム,濃縮ホエーなどを加え,室温でも塗り広げやすいように硬さを調節した半固体状のチーズ様食品である。成分組成によりプロセスチーズに該当するもの(乳固形分40%以上)と,チーズフードに該当するもの(チーズ分51%以上)がある。チーズ類の標準成分を表2に示す。
日本ではナチュラルチーズのほとんどが北海道で作られる。年間生産量は約10万tであるが,その1.5倍の量がオーストラリア,ニュージーランド,オランダ,デンマークなどから輸入されている。国産品の大部分と輸入品の半量はプロセスチーズに加工されている。全消費量の2/3がプロセスチーズであるが,近年はナチュラルチーズの消費が増加傾向にある。デザート,つまみ,おやつのようにそのまま食べるほか,チーズの種類により,おろしたり,すりつぶしたり,溶かしたり,形のままで,各種の料理,ピッツァ,サラダ,スープ,製菓など,いろいろな用途がある。
執筆者:吉野 梅夫
チーズはそのまま食べるだけでなく,各種料理の材料としても重要で,利用範囲はきわめて広い。スイスの名物料理フォンデュはおろしたチーズを白ブドウ酒で煮溶かし,パンの小片を浸して食べるもので,エメンタールとグリュエールを使う。グラタンにはおろしチーズが欠かせないが,スパゲッティ,マカロニなども熱いところへミートソースやトマトソースをかけ,その上へ山のようにパルメザンをかけて食べる。サンドイッチではフランス風のクロックムッシューがある。パンの間にチーズとベーコン,ハム,トマトなどをはさみ,チーズが溶ける程度に両面を焼く。野菜や肉にはさんで揚げるなどの料理も多く,ソースに用いることもある。菓子にもいろいろ使われるが,代表的なのはチーズケーキで,小麦粉,牛乳,鶏卵,生クリームなどとともにカテージチーズを使い,オーブンでふっくらと焼き上げる。
執筆者:橋本 寿子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 日外アソシエーツ「事典 日本の地域ブランド・名産品」事典 日本の地域ブランド・名産品について 情報
牛乳を低温殺菌した後,凝乳酵素(レンニン)と塩化カルシウムを加えて凝固させたものに,乳酸菌スターターを加えて発酵させてカスタードとし,圧搾してホエー(乳清液)を除いた後,10 ℃ 前後で数か月間熟成したもの.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
… 乳の加工技術は一見,道具やいくつかの手法の組合せで,多様にみえるが,基本的には,(1)乳酸発酵させて,凝乳化させる酸凝乳技術系,(2)子の第四胃からとった凝固剤を入れて,凝乳化させる酵素凝乳技術系,(3)放置して浮上したクリームを分離し,のちに攪拌(かくはん)してバターを分離するクリーム分離技術系とに分けられる。(1)はヨーグルト,(2)はチーズ,(3)はクリームによって代表される。 牧夫は一般に乳は加工して食べ,生乳は飲まない。…
…牛乳およびバター,チーズなど,牛乳を加工した乳製品を製造する産業。日本の1995年の原乳生産量は838万tで,うち514万tが飲用向け,311万tが乳製品向けとなっている。…
…スイス名物のチーズ料理。名称は〈溶けた〉という意味のフランス語で,なべにチーズを溶かし,パンにつけて食べる。…
※「チーズ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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