消費者運動(読み)しょうひしゃうんどう(英語表記)consumers movement

日本大百科全書(ニッポニカ) 「消費者運動」の意味・わかりやすい解説

消費者運動
しょうひしゃうんどう
consumers movement
consumerism

生産―流通―消費―廃棄のメカニズムのなかで、健康にして合理的な消費生活を創造し、消費者主体の確立を目ざして消費者が団結して行う運動のこと。運動の具体的内容としては、商品テストに基づいた品質や価格に対する抗議運動、消費者の安全と健康を害する商品の禁止・不買・告発運動、環境を汚染する廃棄物に反対する運動、消費者の立場にたった商品供給機関の創設運動、生産者と消費者を直接的に結び付ける共同購入運動などがある。

[矢澤修次郎]

沿革

商品が相対的に自由な市場における過酷な競争を経て消費者の手に渡る場合においても、さらには巨大企業の独占・寡占体制下の高度大衆消費社会においても、当然そのメカニズムの主役の一人であるはずの消費者は、商品の値段・品質を吟味・選択する条件を欠いているばかりではなく、巨大資本の行う宣伝や欲望操作に対して、なすすべを知らなかった。つまり消費者たちは、生産においてはいうに及ばず、消費の過程においても収奪されており、消費の主人公として確立されているとは、いいがたかった。そこでこのような状況を改善すべく、アメリカでまず初めに消費者教育が問題になり始め、それを運動化する形で1929年に消費者研究所Consumers Research(CR)が設立された。そして1936年には、一段と厳格な形で生産者から独立した消費者主体の確立を目ざして、アメリカ消費者同盟(CU)が分離・独立した。その後イギリスでも1957年にイギリス消費者協会Consumers Association(CA)が成立し、この二つの団体にさらに三つの団体が加わって創立団体を形成して1960年には国際消費者機構(CI)が結成され、欧米、アジア、ラテンアメリカの消費者運動が国際的に結び付けられることになった。

[矢澤修次郎]

日本

日本の消費者運動は、これまで、生活協同組合の運動、婦人組織の運動(主婦連合会、全国地域婦人団体連絡協議会など)、合理的な消費生活確立のために行政が育成した諸団体(生活学校、消費者の会など)の運動、日本消費者協会(1961年結成)、日本消費者連盟(1974年正式発足、略称は日消連)などによって行われてきた。経済の高度成長に基づく高度大衆消費社会の成熟に対応して、消費者運動も1970年代にピークに達したと考えられる。またそれと同時に消費者運動は、消費生活の問題を中心に据えながらも、しだいしだいに消費と生産や流通の連関を問い、さらには消費と廃棄の結び付きを問うところまで拡大していった。消費と生産の相関関係を明示化する共同購入運動、消費者の立場から流通機構を再考する運動、環境を汚染しない廃棄を考える運動(合成洗剤、乾電池、原子力発電)などがそのよい例であろう。

 その後の日本の消費者運動は、生活協同組合、女性団体(主婦連、新日本婦人の会など)、日本消費者協会、全国公団住宅自治会協議会、各種消費者団体連絡会などの消費者団体を中核とし、さまざまな草の根運動と連携しながら、それらが日本弁護士連合会、国民生活センター、行政などの関係団体との協力のもとに推進されている。たとえば日消連が取り組んでいる代表的なイシュー(問題、課題)には次のようなものがある。第一は、食の自給と安全をいかに実現するかである。ここでは、遺伝子組換え食品に反対する運動、逆に安全な食品をつくるための土地のトラスト運動が取り組まれており、さらには学校給食の安全、人工甘味料の問題といったイシューも重視されている。第二は、消費者主権の確立である。第三は、資源循環、自主・自治の暮らしの確立である。第四は、健康と安全である。ここでは、塩化ビニルクロロエチレン)に反対するキャンペーンが組織され、脳死による臓器移植によって人権の侵害が行われていないかどうかの監視委員会が組織されている。第五は、平和と人権を守るということである。ここではとりわけ盗聴法(通信傍受法)に反対する運動とのリンクが重視されている。そして第六は、消費者運動の国際組織との連携である。ここでは、国際消費者機構との連携はいうに及ばず、反核・反原発運動、第三世界の債務帳消し運動との連帯も重視されている。

[矢澤修次郎]

グローバル化と消費者運動

今日の消費者運動は、世界的にみると、消費の問題を中核としながら、消費に関連する問題をすべて含むような形で、さらに戦線が拡大されている。食品の安全の問題、環境問題、消費者保護立法の問題はもとより、世界貿易の問題、電子商取引の問題、誇大・有害広告問題、患者の権利擁護の問題、世界消費者権利デー(1982年、3月15日に決定)の制定問題などが積極的に取り組まれてきた。すなわち今日の消費者運動は、自らを経済民主主義を目ざす運動の一環として位置づけるところまで深まりをみせる一方、運動面では多種多様な草の根運動の群生という現実を踏まえて、幅広い国際的連帯によって実現していこうとしているのである。

 食品の安全性は、いつの時代においても消費者運動の中枢を占める問題であるが、これまでの農薬や放射能による食品の汚染問題に加えて、今日ではバイオテクノロジーの進展に伴う遺伝子組換え食品やホルモン汚染牛肉やミルクの安全性を疑問視する運動が活発に行われている。もちろん、消費者運動における安全性の追求は食品に限らず商品全般にかかわる普遍的課題である。1980年代の後半以降、ワイン、ファンヒーター、自動車などの欠陥商品事件が多発し、消費者運動、弁護士会などの取組みの結果として、1994年(平成6)には、製造物責任法が制定されたが、その後も、欠陥商品ともいえるものは、これまでの欠陥商品に加えて住宅や、玩具、薬、など枚挙にいとまがない。

 消費者運動のもう一つの柱である環境問題への取組みもその緊急性を増している。公害汚染に対する反対運動、リサイクル運動、大量消費・廃棄に反対する運動、環境に優しい商品をどう認定し、普及していくかの運動、反核・反原発の運動などは、運動の裾野を広めつつあるし、それらは大量消費・大量廃棄という現代の生活様式の変革運動へと深化しつつある。

 消費者運動において比較的新しいイシューも登場しつつある。一つは、グローバル化に伴って世界貿易のあり方が消費のあり方と密接にリンクしていることが認識され、グローバルな貿易と投資のあり方を消費者の立場から問おうとする動きが台頭しつつあることである。また、情報化の進展に伴って電子商取引が一般化したのにつれて、電子商取引においても消費者主権を確立しようとする運動が提唱されている。さらには消費と密接に関連した広告宣伝の問題を提起することも重要なイシューになりつつある。子供をねらって大量の糖分を含んだ商品を宣伝することの是非を問う運動は、この分野の代表例の一つであろう。

 もう一つ消費者運動の新しいイシューとして世界で注目されているのは、健康・医療の分野で、患者の権利を確立しようとする動きである。この動きは、高齢化に伴う福祉サービスを巡る問題とともに、今後の消費者運動においてきわめて重要なイシューとなる可能性をもっていると考えられる。

 2000年代の日本においては、消費者契約法の改正、電子契約法の施行、消費者庁の設立など、消費者保護を巡る制度的な整備は一定の前進をみたといってよいであろう。そのなかで消費者運動は、消費の点から生活全体を見直し、消費者権利主体を確立し、生活様式の変革を軸として、資本主義社会における人間再生を目ざしている。

[矢澤修次郎]

『国民生活センター編『消費者運動の現状と課題』(1981・勁草書房)』『A・ファザール著、日本消費者連盟編・訳『ジャンク・フード 国際消費者運動の新しい波』(1982・学陽書房)』『平野龍一他著『東京大学公開講座35 消費者』(1982・東京大学出版会)』『国民生活センター編『戦後消費者運動史』(1997・大蔵省印刷局)』『立花隆著『環境ホルモン入門』(1998・新潮社)』『国民生活センター編『戦後消費者運動史――資料編』(1999・大蔵省印刷局)』『国民生活センター編『消費生活年報 2000年版』(大蔵省印刷局)』『M・キンバリー、A・ウィルソン著、山本雅子訳『サラダはもう食べられない――遺伝子組み換え食品の脅威』(2000年・主婦の友社)』『石田英雄著『クレームに学ぶ食の安全』(2005・海鳥社)』

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改訂新版 世界大百科事典 「消費者運動」の意味・わかりやすい解説

消費者運動 (しょうひしゃうんどう)
consumer movement

消費者運動の定義は必ずしも確定したものではない。消費者という語自体が多義的であり,通俗的には非生産的な存在であることを表すためや,単に顧客の同義語としても使われる。学問的にも,生態学では人間を含む生物全体について食物連鎖の中での位置を示す語として用いられているし,経済学では市場で購入される財・サービスを消費する限りでの人間,あるいは消費に供せられる財・サービスの最終的な買手として市場に立ち現れる限りでの個人,を表している。この経済学的な消費者を一方の当事者とする取引から発生するさまざまな問題を一括して,消費者問題と呼ぶのがふつうである。そして,この意味での消費者問題を解決することを目的として行われる主体的な社会運動が,本来の消費者運動である。しかし現実には,このような運動を行うことを目的として設立された団体そのものや,場合によっては企業・政府に対する主体性のあいまいな団体までもが消費者運動の名で呼ばれることが少なくない。またそれらの団体が行う,本来の消費者運動とは性質の異なる活動が消費者運動と称せられることも多い。このことは消費者という語の多義性と密接に結びついているが,消費者運動について論ずる場合,その語義の広いことに十分注意しなければならない。ここでは,もっぱら本来の消費者運動に限定して述べる。

 本来の消費者運動そのものも,目的や手段を異にするきわめて多様な運動からなり,それらを一括して一つの名称で呼ぶこと自体が恣意的であるようにも見える。しかし消費者運動が多様な形態をとって現れるということには,必然的な根拠がある。資本主義社会においては日常的に無数の消費財・サービスが,多くの消費者に販売される。この取引において,一般的に売手たる事業者と買手たる消費者の間の取引当事者としての力量の格差が存在することは避けられない,という事実を基礎として,さまざまな理由から消費者の側に強い不満を残す結果に終わる場合が生じやすい。そのおもなものとして,執拗な勧誘や景品による誘惑,広告宣伝や表示の不適正,劣悪ないし危険な品質,不当に高い価格などがあげられる。資本主義経済そのものにこうした問題が内在していることは,J.S.ミルなどにより早くから指摘されたところであった。しかし同時に,市民社会としての資本主義社会では,消費者の主体的な社会運動,すなわち消費者運動によってこれらの問題の予防や利益回復が可能であると考えられ,またその運動についてもさまざまな方法が有効とみなされてきている。具体的には,より多くの情報や知識の獲得,あるいは共同購入を通じて消費者側の力量を強める自己防衛的な方法,立法・行政上の措置を求めて請願,陳情や大衆行動を行う政策要求型の運動,あるいは直接に企業を相手に集団的不買を含む抗議行動を行ういわゆる企業告発,また集団の力を基礎に訴訟を起こすこと,などがある。このような方法の多様性と先に述べた問題そのものの多様性とが結びついて,きわめて複雑多様な消費者運動が今日の資本主義諸国においてくり広げられているのである。

しかしこのような消費者運動は,比較的近年の産物である。世界的に見ても19世紀の末までは,1844年のロッチデール公正先駆者組合の設立以来イギリスを中心に発展した生活協同組合の活動が,消費者運動のほとんど唯一の形態をなしていた。生活協同組合はその後も発展を続けているが,20世紀に移るころからそれ以外の形態の運動が成長してくることになり,この面ではもっぱらアメリカが最先進国の地位を占めている。1891年にニューヨーク市で消費者連盟が結成され,これがもとになって98年全国消費者連盟The National Consumers' Leagueが発足,とくに食品の品質向上を目ざして活発な運動を進めたが,これは非生協型の消費者運動の本格的組織化のもっとも早い例である。1929年には消費者研究所The Consumers' Researchが設立され,独自の商品テストの結果を提供する活動を始めたが,36年にはこれから分かれて消費者同盟Consumers Union(CU)が発足,その発行する商品テスト誌《Consumer Reports》(月刊)は第2次大戦後には100万部を突破するに至った。このCUの成功に刺激されて,同様な活動を行うものとして57年にイギリス消費者協会Consumers Associationが生まれ,フランス,西ドイツなどもその後に続いた。またアメリカでは64年,弁護士ラルフ・ネーダーRalph Nader(1934- )が自動車の安全性を問題にして企業告発の運動を始めて大きな成果をあげ,世界的に新しい型の消費者運動を発展させるうえで大きな役割を果たしている。この間,1960年には各国消費者団体の連合組織として世界消費者機構International Organization of Consumers' Unions(IOCU,本部ハーグ)が設立され,83年現在50ヵ国の121団体が加盟しており,国際連合とも協力しながら全世界の消費者運動の推進に貢献している。

 日本では第2次大戦まで,生活協同組合(生協)すら未発達で消費者運動はほとんど存在せず,敗戦後の窮乏状態のなかで生協の定着,主婦連合会などの婦人団体による陳情型の運動の開始によってその歴史が始まった。60年代中ごろ以降,安全性の問題などをめぐる告発型の運動が広がりはじめ,69年にはこの新しい動きを代表する日本消費者連盟の発足をみた。70年代初めのカラーテレビ不買運動(〈不買運動〉の項参照)の成功などにより運動は大きな発展を示したが,73年の第1次石油危機を境に消費者運動組織は環境,エネルギー問題への関心を深めつつある。

 以上のように,消費者運動は近年急速に発展をみたものであるが,それはこの時期に資本主義経済が量的,質的に著しく発展し,それにともない消費者問題が深刻化したからにほかならない。また反面では,現実に消費者運動が発展して成果をあげてきていることは,資本主義社会に内在する〈対抗力〉の表れともいえよう。しかしこの対抗力が十分に強力なものであるか否かへの回答については,今後にまたなければならない。
消費者保護
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「消費者運動」の意味・わかりやすい解説

消費者運動
しょうひしゃうんどう
consumer movement

消費者の権利を守る運動。世界的にみて,消費者運動の歴史は 19世紀の労働運動にまでさかのぼる。日本においては第2次世界大戦後,粗悪品追放を旗印とした「おしゃもじ運動」など主婦の手による消費者運動が先導した。1968年には消費者保護基本法が施行され,法制が整備され始めた。その後 1970年代において,欠陥自動車,甘味料チクロ(シクロヘキシルスルファミン酸ナトリウム)の有害性の疑い,カラーテレビの二重価格など消費者としての立場,つまりコンシューマリズムの運動が高まり,1980年代にはサービス,健康,高齢者問題などにも範囲が広がった。1990年代には,環境問題を含めた運動が展開された。日本の消費者運動の特徴として,地域の消費生活協同組合の活動が大きいことがあげられる。

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世界大百科事典(旧版)内の消費者運動の言及

【コンシューマリズム】より

… ラルフ・ネーダーRalph Nader(1934‐ )がゼネラル・モーターズ(GM)社の車の安全性の問題を取り上げ,その社会的責任(いわゆる企業の社会的責任)を厳しく追及したことを契機に,コンシューマリズムは全世界に多大の影響を与えた。この運動と1900年代および30年代の消費者運動との基本的相違点は,後者が単に個々の製品の品質・経済性を問題にしたのに対し,前者はその背後にある企業姿勢および社会的責任を問題にしたことである。これは日本の消費者運動にも大きな影響を与え,告発型の日本消費者連盟等の設立,70年以降の本格的消費者主権確立運動の展開の契機となった。…

【不買運動】より

…それは特定の産業や業者とかかわりをもつ労働者と,それらからの商品購入者とは,特殊な例外を除いてまったく範囲を異にするからである。しかし消費者運動の発展過程で不買運動はしばしば用いられる戦術となり,注目すべき成果をおさめた例も少なくない。近年では,アメリカで1973年に,肉の値上がりに抗議する肉不買運動が大きく広がったため,ニクソン大統領が肉の価格凍結を打ち出すに至り,この成功を基礎として全国消費者会議という新しい全米的な消費者組織の結成をみている。…

※「消費者運動」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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