〘自ガ五(四)〙 (上代は「さわく」)
①
(イ) やかましい声や音をたてる。ざわめく。
※万葉(8C後)六・九二四「み吉野の象(きさ)山の際(ま)の木末(こぬれ)にはここだも散和口(サワク)鳥の声かも」
※美濃千句(1472)六「松たてる森の木葉を吹風に〈紹永〉 さはくからすぞちりちりに行〈専順〉」
(ロ) やかましい音や声をたてて動きまわる。騒々しくする。
※書紀(720)允恭一四年九月(図書寮本訓)「時に麋鹿(おほしか)・猨(さる)・猪(ゐ)、莫莫紛紛(ありのまかひ)に、山谷に盈てり。焱(ほのも)ごと起(た)ち蠅(はへ)のごと散(サハク)」
※
浄瑠璃・
神霊矢口渡(1770)一「俄に騒
(サワ)ぐ幕の内。かけ出る義岑に、取付き縋る台
(うてな)も倶に」
(ハ) 風、波、草木などがざわざわと音をたてて動く。
※万葉(8C後)一九・四一八七「浜清く 白波左和伎(サワキ)」
※新勅撰(1235)賀・四五〇「君が世の千年の松の深みどりさはがぬみづに影はみえつつ〈藤原長能〉」
② 忙しく動きまわる。忙しく立ち働く。奔走する。
※万葉(8C後)一・五〇「もののふの 八十(やそ)宇治河に 玉藻なす 浮かべ流せれ 其を取ると 散和久(サワク)御民も 家忘れ」
※今昔(1120頃か)二五「食物など持運び騒(さわぎ)ける交(まぎ)れに」
③ 多くの人々が不平不満などを訴えて事が起きる。騒動が起きる。
※書紀(720)景行四〇年六月(北野本南北朝期訓)「東(あつま)の夷(えみし)多(さは)に叛(そむ)きて、辺境(ほとり)騒(サハキ)動(とよ)む」
④ やかましく苦情を言う。うるさく不平を言う。
※源氏(1001‐14頃)
紅葉賀「宮はそのころまかで給ぬればれいのひまもやとうかがひありき給をことにて、おほいとのにはさはがれ給」
⑤ 驚きおそれて混乱する。あわてふためく。うろたえる。
※書紀(720)天武元年六月(北野本訓)「近江の朝(みかと)、大皇弟(ひつきのみこ)東国に入りたまふことを聞きて、其の群臣、悉に愕(おとろ)きて、京(みさと)の内、震動(サワ)く」
⑥ 心が動揺する。不安、驚きなどで気持が乱れる。落ち着かない。また、思い悩む。
※大智度論天安二年点(858)六九「心動(サワキ)て摂めがたし」
⑦ ある事柄や人のことを多くの人々があれこれ言う。評判する。あれこれと噂する。また、人々がもてはやす。
※大和(947‐957頃)一六八「いと久しうありて、このさはがれし女の兄(せうと)どもなどなむ、人のわざしに山に登りたりける」
⑧ 酒宴などで、にぎやかに遊ぶ。歌舞音曲ではやしたてる。うかれ興ずる。
※
浮世草子・好色盛衰記(1688)三「おもひ切たる色あそびして、世を心のままにさはくべしと」
[語誌](1)①(イ) の挙例「万葉集‐九二四」の表記に見られるように、上代では第三音節は清音であった。しかし、「
名義抄」には「周章
サハク(平平上濁)」〔観智院本〕、「躁動(略)サワク(平平上濁)」〔図書寮本〕とあり、平安時代中期には第三音節が濁音化していたと思われる。
(2)
擬声語「さわ」の動詞化した語で、
上代語では単独の「さわ」の用例はないが、「
古事記」や「日本書紀」に「さわさわ」の語形で見られる。