あんま

日本大百科全書(ニッポニカ) 「あんま」の意味・わかりやすい解説

あんま
あんま / 按摩

日本に古くから伝わる経験的な手技療法。按(あん)が「おさえる」、摩(ま)が「なでる」の字義をもつように、手指でいろいろの手技を行い、循環系や神経筋系に効果的な反応をおこし、生体機能の変調を整え、健康の増進あるいは疾病の治癒を目的とする施術である。また、このような施術を業とする者をさしていうこともある。

[芹澤勝助]

手技と作用

手技には、なでる、もむ、おす、ふるわす、たたくなどがあるが、それぞれの手技による作用は次のようになる。

(1)なでる=血液の循環をよくし、冷えやしびれを除く。

(2)もむ=筋肉の血行をよくし、新陳代謝を促進する。

(3)おす=神経や筋肉の機能の高ぶりを抑える。

(4)ふるわす=末梢(まっしょう)神経や指先などの小さな筋肉の機能を高める。

(5)たたく=ふるわすよりは強く大きい振動であり、神経や筋肉の機能を高める。

 いずれにしても、施術の基本では指圧やマッサージとともに「一点圧迫」の圧刺激で、これがリズミカルな複合圧として生体に働き、圧反射によって組織や内臓の機能の変調を整えるのである。

[芹澤勝助]

適応症と禁忌

特別に器質的な病気があると診断されていない場合での頭痛、肩こり、背中や腰の痛み、手足のだるさやしびれ感、常習性の便秘、不眠症、胃の不快感などの症状があるとき、あんまによる療法は効果的である。しかし、熱の高いときや疲労の激しいとき、皮膚病の湿疹(しっしん)などや化膿瘡(かのうそう)、悪性の腫瘍(しゅよう)、重い胃潰瘍(かいよう)があるときは避けるべきである。また、妊娠時での腹部へのあんまも避けなければならない。あんまを受けるときは、食後30分以後とし、十分排尿し、身心ともに楽な状態で術者を信頼し、すなおにその指示に従うことがたいせつである。

[芹澤勝助]

免許取得の方法

あんまの業務は、現在では「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」(昭和22年法律第217号)によって規制されている。あん摩マッサージ指圧師の免許を取得するためには、視力障害の有無には関係なく、中学校または高等学校を卒業して、文部科学大臣の認定する専門の学校(国・公・私立)または厚生労働大臣の指定する専門の養成施設(国・私立)で、3年間医学に関する学科目およびあんま法についての理論と実技を習得することとされている。卒業ののち、さらに、厚生労働省認定の東洋療法研修試験財団が実施する国家試験に合格しなければならない。

[芹澤勝助]

歴史

あんまの発祥は古く、中国の黄河文化にさかのぼる。あんまは、鍼灸(しんきゅう)とともにおこり、体系化された漢方医術の一科で、「按蹻導引(あんきょうどういん)の法」とよばれた。按蹻とは、皮膚や筋肉を按(お)し、その機能の高ぶりを抑えることであり、導引とは、体の筋肉を和らげ、大気を体内に導き入れることで、一種の呼吸体練法といえる。日本へは562年に、中国から朝鮮半島を経て伝えられたという。

 8世紀初頭の『大宝令(たいほうりょう)』(701)の医事制度には、宮内省に典薬(てんやく)寮を設け、医生、医師、医博士の制度とともに、按摩生、按摩師、按摩博士を置き、按摩生は、按摩、傷折(しょうせつ)の方(ほう)(外傷、骨折の手当て法)、判縛(はんばく)(包帯法)を学んだという史実がある。平安時代には湯液(とうえき)(漢薬)や鍼灸とともに盛んに併用されたが、その後は衰微した。

 江戸時代初期になると、抑按調摩(よくあんちょうま)の養生(ようじょう)法と産科に応用する按腹(あんぷく)の術が復興した。これは、按(お)すことによって機能の高ぶりを抑え、摩(な)でることによって体の変調を整えようとするもので、漢方の原典である『黄帝内経(こうていだいけい)』の「素問(そもん)」と「霊枢(れいすう)」に学び、この術の臨床応用を研究したものである。林正且(まさかつ)が『導引体要』を著したのち、大久保道古(どうこ)の『古今(こきん)導引集』、宮脇仲策(ちゅうさく)の『導引口訣(くけつ)集』、竹中通庵(つうあん)の『古今養生録』、藤林良伯(りょうはく)の『按摩手引』、太田晋斎(しんさい)の『按腹図解』、香川修庵(しゅうあん)(修徳(しゅうとく))の『一本堂行餘医言(いっぽんどうこうよいげん)』などの著書が著され、いずれも、あんまの臨床応用についての手技を詳しく述べた名著である。元禄(げんろく)年間(1688~1704)になると、視覚障害者の鍼の名医杉山和一(わいち)が現れ、江戸の諸所に講習所を開いたため、視覚障害者でこの業に携わる者が出るようになった。視力よりは触圧覚に依存するというあんま法が、視覚障害者の生活経験から得た適性と一致したため、視覚障害者により発展、普及した。

 明治中期(1888年ごろ)にマッサージがフランスから日本に伝えられ、西洋医学に基礎を置く医療技術として多くの国・公・私立の病院で臨床治療に応用されるようになると、あんまとマッサージの手技がよく似ているところから、東洋的、漢方的な手技がしだいに総合され、今日では両者間の手技の違いについては限界がつけにくくなった。もともとあんま法は、五臓六腑(ごぞうろっぷ)を養う全身の循環系(経絡(けいらく))を滞りなく、よどみなく巡らすことによって臓腑の機能を正常に保つことを目的として、体の中心から手先、足先に向かって(遠心性)経絡の順路に従い、経穴(つぼ)をなで、もみ、おし、たたいたのである。一方、ヨーロッパ流のマッサージは、循環生理に論拠を置き、体の末端、たとえば手先や足先から、それぞれ体の中心部に向かって(求心性)行うのである。その理由は、心臓から末梢への血液の流れは、動脈によって隅々まで行き渡るが、末梢から心臓への血液の環流は静脈によるため、壁が薄く弾力性が乏しくかえりにくい。このため求心性に行うわけである。しかし実地の面では、どちらが効果的であるかについての判断はつけにくく、前述のように、あんまとマッサージはともに共通した手技として考えられるようになったのが実情である。なお近年は、厳密な医療のためのマッサージは、理学療法士が医師の指示処方下に機能訓練と総合して行う技術となっている。

[芹澤勝助]

『芹澤勝助著『あん摩・マッサージの理論と実技』(1957・医歯薬出版)』


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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