更新世の原人の一種。フロレス原人Flores hominidともいう。《指輪物語》にちなんでホビットとも呼ばれる。オーストラリアのニューイングランド大学のM.モーウッドM.Morwoodが率いるインドネシアとオーストラリアの合同調査チームが,2003年にインドネシアのフロレス島にあるリアン・ブア洞窟で骨格を発掘し,04年に新種であると発表した人類である。模式標本はその時に発見された個体骨格(LB 1)。他に10体ほどに属する可能性のあるバラバラの人骨が見つかっている。人骨の年代は,約2万年前と推定されているが,9万年前にまでさかのぼる続きの地層から,小型のステゴドンゾウ,巨大なネズミ,コモドオオトカゲの骨,そして大量の石器が見つかっているので,少なくともその期間に生存していたことは間違いない。
人骨はもろいが,洞窟内の微妙な堆積環境で奇跡的に保存されていた。模式標本の個体は,身長110cm,体重35kgほどと推定されている。頭蓋腔容積(脳容積より10%ほど大きい)は410mlで,猿人と同じくらいである。それにもかかわらず,オルドバイ型に匹敵する石器を大量に作っていた。同様の石器が約100km離れた100万年ほど前のウォロ・セゲ遺跡から発見されているので,その当時から生存していたと考えられている。
フロレシエンシス骨格の研究は複雑な経過をたどってきている。最初に研究したのは,モーウッドの同僚,ブラウンP.Brownだった。彼によると,全体的な形態はホモ・エレクトスと似ているという。脳頭蓋は低く広く,前頭骨の正中部が隆起している。脳頭蓋が小さいにもかかわらず,骨が厚く頑丈である。歯の大きさはホモ・サピエンスと同じかやや小さいが,犬歯や小臼歯に原始的特徴がある。顎先(オトガイ)は傾斜しており,ホモ・サピエンスのように突出した状態ではなく,原人や猿人の状態と類似している。頭蓋腔(脳の大きさと形がわかる)の形態を研究したフロリダ州立大学のフォークD.Falkは,脳は小さいが形はホモ・エレクトスに似ているという。
その後,四肢骨はニューヨーク州立大学のジャンガースW.L.Jungersやスミソニアン機構自然史博物館のトチェリM.Tocheriたちによって研究された。彼らによると,腕や脚の骨は長さの割に太く,骨幹はまっすぐで,円柱に近い独特の形をしている。手首の骨にはチンパンジーと似ているところもある。足は大きく,安定の良い歩行が可能だったが,長距離の走行には向いていない。
ホモ・フロレシエンシスの発見は,これまでの人類進化のパラダイムを転換させ,多くの問題を提起している。まず,体も脳も小さいのはなぜかという問いに関しては,当初,ブラウンたちは,小さな島にやってきた中大型動物が小さくなる傾向があるという島嶼化という現象で説明した。つまり,もとは大きな原人だったが,フロレス島に来て縮小したというのだ。それに対して,ジャンガースやトチェリは,原人よりは小柄なホモ・ハビリスや猿人から進化したと考えている。ただし,国立科学博物館の海部陽介や馬場悠男たちは,頭骨の形態はジャワ原人に最もよく似ているという。
次に,どこから来たかという問いに関しては,ジャワ原人が住んでいたジャワ島から来たというのが第1候補だが,この辺りの海流は北から南に流れているので,フロレス島の北にあるスラウェシ島からやって来たというのも有力である。もちろん,100万年前あるいはそれ以前には舟や筏はないので,津波などによって流され,フロレス島に到達したと推測されている。さらに,なぜ小さな脳で石器を作ることができたのか,小型化したステゴドンゾウの子供をどのように狩ることができたのか,コモドオオトカゲの攻撃をどのようにかわしたのか,そして,いかにして100万年も生き延びたのかという問いに関しては,充分な答えがみつかっていない。
実は,ホモ・フロレシエンシスは新種の人類ではなく,小頭症や成長障害などの病的なホモ・サピエンスにすぎないという荒唐無稽な報告も多く出されているが,ホモ・フロレシエンシスの骨を実際に研究している国際的な研究者たちはその根拠を完全に否定している。ただし,成長障害の根拠として指摘された頭骨と顔面のわずかな歪みに関しては,海部陽介たちによって,成長途中で起こる斜頭という変形(現代人で多発し,病気とはいえない)であるとの解釈がなされている。
→化石人類 →ホモ・エレクトス
執筆者:馬場 悠男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
(馬場悠男 国立科学博物館人類研究部長 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
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