人類の進化段階を人為的に四つに分けた場合の2番目の区分に属する人類。アフリカとユーラシアの温暖な地域に分布した約220万~2万年前のヒト属の総称で,広義のホモ・ハビリスHomo habilisと広義のホモ・エレクトスHomo erectusに当たる。広義のホモ・ハビリスは狭義のホモ・ハビリスとホモ・ルドルフェンシスHomo rudolfensisを含み,広義のホモ・エレクトスは狭義のホモ・エレクトスとホモ・エルガスターHomo ergasterを含む。ほかに,約180万年前のホモ・ジョルジクスHomo georgicus,約80万年前のホモ・アンテセソールHomo antecessor,約45万年前のホモ・チェプラネンシスHomo cepranensisがあるが,これらはホモ・エレクトスに含まれるという意見が多い。約220万~190万年前のホモ・ハビリスやホモ・ルドルフェンシスは原人ではないという考え方もあるが,ここでは原人に含める。2003年に発見されたホモ・フロレシエンシスHomo floresiensisは,身体も脳も小さく,いままでの原人の定義には当てはまらないが,原人に含めるべきであろう。
一般に,原人は,猿人に比べると,頭蓋腔容積(脳容積より10%ほど大きい)は大きく(600~1200ml),歯は小さい。ただし,原人の中では,狭義のホモ・ハビリスは頭蓋腔容積が少なく(約550ml),ホモ・ルドルフェンシスは歯が大きいことが問題となっている。一般に,原人の頭は長く,広く,低い。また,眼窩上隆起という眉の部分の出っ張りや後頭隆起という後頭部の出っ張りが目立っているので,現代人の頭がサッカーボールに近いとすると,原人の頭はラグビーボールに近いと形容される。頭骨全体が頑丈で,骨が厚い。頭蓋底に比べて脳を容れている脳頭蓋が小さいので,側頭部は上方に向かうほど幅が狭くなり,内側に傾いている。口吻は,猿人のようには突出せず,顔面は人間的な印象である。しかし,咀嚼器官としての顔の構造は頑丈で,下顎骨も大きく,咀嚼筋と顎関節が発達している。とくに側頭筋が発達し,眼窩後方の側頭部が強く凹んでいるので,猿人と同じように,上方から脳頭蓋を見ると,輪郭がΩ型を逆さまにしたように見える。鼻骨の隆起は,猿人では見られなかったが,原人では緩やかに認められる。おそらく,鼻軟骨も発達し始め,現代人のような外鼻に近づいたと思われる。猿人ほどではないが,歯列が前方に位置しているので,顎先(オトガイ)は突出せず,傾いて後退している。つまり,新人に見られるようなオトガイは形成されていない。
原人は,猿人と比べると脚が長くなり,体つきは現代人とほとんど変わらなくなった。身長は150~180cm,体重は45~80kgほどである。性差は,現代人と同じように小さくなったと見なされている。ホモ・ハビリスとホモ・ルドルフェンシスは脚が短く,猿人と同じような体つきだったが,それ以外の原人は,脚が長く,暑い地域でも長距離を歩きながら食物を探したと推定されるので,汗を蒸発させるために,密な体毛はなくなっていたと思われる。なお,原人は,冬には寒くて植物性食物の少ない地方にも住んでいたので,肉食への依存が高かったと思われる。つまり,積極的な狩りを行ったと推定されている。原人は,言葉をしゃべることができたかどうか,わからない。原人は,脳容積が大きくなっていたので,文章を作る潜在能力はあっただろうが,顔面構造は新人とは違って,歯列が前方に位置しているので,喉頭は充分には下降しておらず,調音がうまくできなかった可能性がある。
石器は,初めはオルドバイ型薄片石器を作り,後にアシュール型のハンド・アックスを作っていた。いずれも単純な切断や破砕のための道具と見なされ,旧人や新人のように,目的別に特化した道具としての石器ではない。
→化石人類 →ホモ・エレクトス →ホモ・ハビリス →ホモ・フロレシエンシス
執筆者:馬場 悠男
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人類進化を4段階に分けた場合、猿人に続く第二の段階に位置するものをいう。1891、92年E・デュボアにより中部ジャワのトリニールで発見されたピテカントロプス・エレクトゥス(ジャワ原人)と、1930年代に北京(ペキン)郊外周口店より多数発見されたシナントロプス・ペキネンシス(北京原人)が双璧(そうへき)であり、これに1954、55年にアルジェリアのテルニフィーヌから出土したアトラントロプスが加わり、また1907年にすでに発見されながら所属不明とされていたハイデルベルク人などがある。これら原人段階の人類は、1960年代以降、ホモ・エレクトゥス(「直立人猿」の意)とよばれるようになった。今日ではさらにアフリカ、アジア、ヨーロッパからかなりの数の原人化石の発見がなされている。
また、ジャワ原人の学名であるピテカントロプスとは「猿人」の意であり、かつては猿人と原人は同義語として用いられた。しかし今日では、アウストラロピテクス類などを猿人とよぶ。
[香原志勢]
原人の頭骨は、脳頭蓋(とうがい)が低く、前後方向に長い(長頭)。頭蓋容積は850~1200ミリリットル、平均1100ミリリットルで、現生人類の3分の2ないし4分の3である。額の発達が悪く、著しく後方に傾斜しているが、眉(まゆ)の部分はひさし状に突出し、発達した眼窩(がんか)上隆起を形成している。頭骨を上からみると後眼窩狭窄(きょうさく)が認められる。このため、そしゃく時の衝撃が顔面頭蓋にとどまり、脳頭蓋には伝わりにくかったと考えられる。後頭部には横後頭隆起が顕著である。顔面部は上下顎骨(がくこつ)が発達しているため、突顎をなす。歯は猿人に比べればはるかに小さいが、現生人類よりは大きい。第三大臼歯(きゅうし)は他の2本の大臼歯よりやや小さい程度である。大腿(だいたい)骨は外形的には現生人類とほとんど区別できず、原人がすでに直立二足歩行を効率的に行ったことを示す。頭骨が厚く、四肢骨の緻密(ちみつ)質が厚いなど、骨が頑丈であったことがわかる。
[香原志勢]
多くの場合、原人の化石は文化遺物を伴わないが、周口店遺跡は優れた文化遺物と、火を使用した痕跡(こんせき)である多量の灰と炭を残している。また人骨とは別に明らかに原人の手になる遺跡が旧世界各地で発見されている。
原人の石器文化は2種類に分けられる。一つは握斧(あくふ)(ハンド・アックス)を中心とするアシュール文化であり、西アジア、ヨーロッパ、アフリカにわたって広がっている。いま一つは、石の一端に鋭い刃を残すチョッパー・チョッピング文化であり、これは東アジアに分布する。彼らは、野生植物の種子や根茎、堅果を採集し、小動物をとらえるとともに、大形動物の狩猟を行ったと考えられている。とくに後者は共同作業を必要としたであろうことから、それを可能にしたものとして、ごく原始的ながら言語が使用されたと考えられている。また火の使用によって、原人は、寒い冬をもつ温帯地方にまで分布するようになったと想定されている。
原人は、時代的には第四紀更新世前期から中期にわたって生息した。その年代については、アジアでは約100万~20万年前と考えられていたが、近来、東アフリカのオルドワイやトゥルカナ湖東岸からアジアの原人に似た化石が発見されているところから、約180万年前に出現し、以後アジアやヨーロッパへ進出したのではないかと考えられている。そのため、従来のホモ・エレクトゥスと区別してアフリカの原人をホモ・エルガステル、ヨーロッパの原人をホモ・ハイデルベルゲンシスとよぶ傾向がある。
[香原志勢]
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(馬場悠男 国立科学博物館人類研究部長 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
ホモ・エレクトゥス(Home erectus)の一般名。ドイツを中心にかつて用いられたarchanthropinaeなる用語を和訳したもので,猿人と旧人の間の進化段階を意味する。原人は約180万年前にアフリカで出現し,以後ユーラシア大陸に拡散した。庇(ひさし)のように突き出た眼窩(がんか)上隆起,上下に低い頭蓋冠(とうがいかん)などが特徴的である。身長や四肢の長さなど体型は現代人と同様であったが,骨質が厚いなど,現代人よりはるかに頑丈な体を持っていたと考えられている。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
ホモ・エレクトゥスとも。猿人と旧人の中間の進化段階に属する化石人類の総称。約160万年前にアフリカに出現し,100万年前頃にはユーラシア大陸に進出,約20万年前まで生息した。アフリカのナリオコトメ原人,ヨーロッパのハイデルベルク原人,アジアのジャワ原人・北京原人など。人類が火を用いるのはこの段階からであるという。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…更新世およびそれ以前の化石骨によって知られる人類,すなわち猿人,原人,旧人,新人の総称。化石人類として最初に認められたのは,ドイツのデュッセルドルフに近いネアンデル谷の石灰岩洞窟で1856年に発見されたネアンデルタール人である。…
…しかし,彼らの生活様式は,今日なお人類の原初的な文化の伝統を引き継いでいると考えられる。
[先史時代]
人類史の90%以上を占める前期旧石器時代は,ヒトの進化と文化の発達がきわめてゆっくりと進行した時代で,この時代の猿人(アウストラロピテクス)とそれに続く原人(ホモ・エレクトゥス)は,粗雑な加工の石核石器や剝片石器を有していたにすぎない。これらの石器は,狩猟用の武器というよりも,木槍や棍棒あるいは掘棒といった狩猟具,採集具の製作用具として,また,獲物を解体するための刃物として使用されたと考えられる。…
…やがて,イネ科植物の群落が豊富な,そして有蹄類の群れが多く生息するサバンナ・ステップ地帯で,ある種の植物の栽培化や動物の牧畜化が始まる。このような生業の変革に際して,精巧な石器類とともに原人の時代に端を発したとされる火の使用が大きな力をもたらしたことは容易に想像しうる。火は,食物を食べやすくし,貯蔵を可能にし,道具の製作を助け,生活領域の拡大に力を貸したにちがいない。…
※「原人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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