ミュンスター彫刻プロジェクト(読み)みゅんすたーちょうこくぷろじぇくと(英語表記)Skulptur Projekte Münster

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ミュンスター彫刻プロジェクト
みゅんすたーちょうこくぷろじぇくと
Skulptur Projekte Münster

ドイツの現代彫刻プロジェクト。カトリックの伝統が色濃い大学都市ミュンスターにおいて、1977年以来10年に一度、夏の約3か月間開催される。ノルトライン・ウェストファーレン州立美術館、ミュンスター市、ノルトライン・ウェストファーレン州立美術・文化財団によって共同主催され、初代キュレーターはドイツ美術界の重鎮カスパー・ケーニヒKasper König(1943― )。アーティストを街に招聘(しょうへい)し、サイト・スペシフィック(美術作品が特定の場所と分かちがたく結びつくこと)な方法をとり、旧市街や公園など街のいたるところに設置された作品を見に訪れる人々により、プロジェクト期間中、古い街は活況を呈する。住民にとっても、アーティストが街といかにかかわったかを確認でき、また日常的にアートに触れる絶好の機会となっている。しかしこれまでの道は必ずしも容易ではなかった。むしろ困難な状況を乗り越え、長期的に街と対話を重ねることでプロジェクトが育ち、また街を育ててきた。

 プロジェクトの発端は、1970年代に起こった二つの事件にさかのぼる。ミュンスター市がジョージ・リッキーGeorge Rickey(1907―2002)寄贈によるモビール作品の屋外設置を拒否した事件、そしてミュンスター大学学長がヘンリー・ムーアの贈呈作品の構内設置を拒んだ事件である。公共空間におけるアートを「異物」とみなす認識は、第二次世界大戦で壊滅した歴史的な街並みを時間をかけて復元してきた自負をもつ市民の多くにとっても共有されていた。それに対してノルトライン・ウェストファーレン州立美術館館長クラウス・ブスマンKlaus Bussmann(1941― )が、3部で構成された現代彫刻展を発案した。それは美術館での「ロダンからジャコメッティまで」展、コルダーの作品を中心にシュロスパーク(城公園)で開催された1960年代彫刻展、そしてもう一つがケーニヒをキュレーターに起用し公共空間で彫刻作品を展開するこのプロジェクトであった。

 初回は、カールアンドレ、マイケル・アッシャーMichael Asher(1943―2012)、ヨーゼフ・ボイス、ドナルド・ジャッド、リチャード・ロングブルースナウマン構想のみ)、クレス・オルデンバーグ、ウルリヒ・リュックリームUlrich Rückriem(1938― )、リチャード・セラの9人を招聘し開催されたが、やはり公共空間へのアート作品設置への拒否感から市民の強い反対運動が起こったという。その経験を踏まえつつ1987年には計64名が出品し48か所での展示と規模を拡大、ロングをのぞく前回のアーティストに加えカタリーナ・フリッチュKatharina Fritsch(1956― )、ダン・グレアム、ハンス・ハーケ、キース・へリング、ジェニー・ホルツァー、ジェフ・クーンズJeff Koons(1955― )、ソル・ルウィットらが参加し、成功を収める。第3回目の1997年には、過去の参加者に加えジャネット・カーディフJanet Cardiff(1957― )、ダグラス・ゴードン、イリヤ・カバコフほか計74人(日本からは川俣正と曽根裕(ゆたか)が加わった)のアーティストが61か所に作品を設置したが、それに先行して2年前より行われた市の関係者や学生たちとのミーティングの成果もあり、市民の約半分がこのプロジェクトに理解を示すようになったという。

 彫刻プロジェクトは、各時代の現代美術の変遷を反映するだけでなく、それらの公共空間における受容の変化を如実に語るものといえる。またますます情報が加速化していく現代において、10年という長いスパンで開催され、次第に増える恒久設置作品とともにプロジェクトが街の風景やアイデンティティとして定着しつつあることは特筆すべきことである。ミュンスターという都市の特徴を生かした社会彫刻の発展形といえる「公共空間プロジェクト」として、また人々との対話によって街を再形成するための「インターフェース」としての機能を、このプロジェクトは獲得したのである。

[四方幸子]

『河合純枝著「ミュンスター彫刻プロジェクト'97 都市がアートを呼吸する」(『美術手帖』1997年9月号・美術出版社)』『Klaus Bussmann and Kasper König eds.Skulputur Projekte in Münster 1977 (catalog, 1977, DuMont, Köln)』『Klaus Bussmann and Kasper König eds.Skulptur Projekte in Münster 1987 (catalog, 1987, DuMont, Köln)』『Klaus Bussmann and Kasper König eds.Skulptur Projekte in Münster 1997 (catalog, 1997, DuMont, Köln)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android