ルッソロ(その他表記)Luigi Russolo

改訂新版 世界大百科事典 「ルッソロ」の意味・わかりやすい解説

ルッソロ
Luigi Russolo
生没年:1885-1947

イタリアの未来派画家騒音音楽の音楽家。ミラノのブレラ美術学校で風景画と解剖学を専攻。1909年F.マリネッティと知り合い,未来派グループに参加。《ダイナミズム自動車》《香》《音楽》などの絵画作品で時間,嗅覚,運動の感覚などを同時に表現した。1913年ウーゴ・ピアッティの協力を得て,〈イントナルモーリIntonarmori〉と名づける騒音楽器を製作,モデナのストルキ劇場で騒音音楽コンサートを行った。そして《未来派宣言=騒音芸術》を同年に出版。都市化時代,機械時代の20世紀に新しく登場した〈市街電車や自動車,群衆の騒音を音楽の一つの思想として結合する〉方向を打ち出した。ルッソロはイントナルモーリを用いた《都市の目覚め》《オアシスでの小戦闘(こぜりあい)》《自動車と飛行機ランデブー》などの騒音音楽をパリほか欧州各地で演奏した。20年代には〈ルモール・アルモニオ〉と称する微分音オルガンを製作,工業化と普及を計画するが失敗。イントナルモーリを含むすべての楽器をパリに抵当として残して帰国した。第2次大戦によってこれらの楽器は焼失した。
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百科事典マイペディア 「ルッソロ」の意味・わかりやすい解説

ルッソロ

イタリア未来派の画家,音楽家。ベネチア近郊のポルトグルアーロ生れ。1909年マリネッティと知り合い,《未来派宣言》に署名。《一台の自動車のダイナミズム》《香》《音楽》など時間,嗅覚,運動の感覚の表現を試みた作品を描く。1913年には《騒音芸術宣言》を発表し,〈イントナルモーリIntonarmori〉と名づけた自作の騒音楽器による《自動車と飛行機のランデブー》などの作曲も行った。
→関連項目カラボッチョーニ

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ルッソロ」の意味・わかりやすい解説

ルッソロ
るっそろ
Luigi Russolo
(1885―1947)

イタリアの画家、作曲家。初め音楽に関心をもつが、1901年ミラノに移り、絵画修復の徒弟を勤めながら絵画に専念、09年にミラノで開催された展覧会「白と黒」に銅版画を出品して認められた。11~13年、未来主義の画家として活躍したが、13年に「騒音芸術」と題する宣言を発表してからは、おもに音楽方面から未来主義運動に参加。自作の「騒音楽器」intonarumoriを携え、ミラノを皮切りジェノバ、ロンドン、そして第一次世界大戦後はパリで未来派の騒音による挑発的なコンサートを行い(1921)、バレーズの関心をよび、のちのミュージック・コンクレートの先駆となる。34年イタリアに帰国後は神秘学に没頭し、晩年短期間は未来主義と異なるスタイルの絵を描いた。主要音楽作品に『自動車と飛行機の集会』『都市の目ざめ』『ホテルのテラスの昼食』(いずれも1913~14)がある。

[細川周平]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ルッソロ」の意味・わかりやすい解説

ルッソロ
Russolo, Luigi

[生]1885.5.1. ポルトグルアロ
[没]1947.2.4. チェロデラベノ
イタリアの画家,音楽家。オルガン奏者の家に生れ,音楽と絵画を独習。 1909年 F.マリネッティの未来派の思想に共鳴し,10年 U.ボッチョーニ,G.バルラ,C.カルラなどとともに「未来派画家宣言」に署名。絵画としては音の伝播を視覚化する方法を追求し,音楽では 13年に「騒音音楽宣言」を発表してサイレンなどを取入れた。のち古典主義絵画に復帰した。代表作『音楽』 (1911,ロンドン,テート・ギャラリー) 。

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