アオイ(読み)あおい

改訂新版 世界大百科事典 「アオイ」の意味・わかりやすい解説

アオイ (葵)

俗称でアオイと呼ばれる植物は,種々の異なった植物を指している。徳川家の“葵の紋”のアオイはウマノスズクサ科フタバアオイであるし,フウロソウ科ペラルゴニウムテンジクアオイ)がアオイと呼ばれることもある。しかしアオイ科のタチアオイが,また江戸時代以降はフユアオイがアオイと呼ばれていることが多いので,この類について述べる。

 フユアオイMalva verticillata L.(英名curled mallow)は中央アジア原産の大型一~二年草あるいは多年草で,観賞,食用または薬用とされる。江戸時代に日本に渡来し,暖地では帰化植物となっている。高さ50~100cmとなり,全草有毛。茎は丸くて直立し,1本立ちとなるが,ときに上部で分枝する。葉は長い柄を有し互生する。浅く掌状に切れ込み,鋸歯がある。花は葉腋(ようえき)に数花かたまってつき,夏~秋に桃色花を咲かせる。小苞は3片,宿存萼は5片,花弁は5枚,おしべの花糸は10本ある。株分けもできるが,通常,種子を春にまく。栽培は容易で,株間を50cmほどとり,有機質肥料を少量施すだけでよい。ハマキムシなどの害虫がつくことがあるが,見つけしだい捕殺しなければならない。新芽,若葉を煮食し,またいって用いる。種子を冬葵子(とうきし)と呼び,利尿剤として用いる。変種にオカノリM.verticillata L.var.crispa Makinoがある。フユアオイに似て,葉は波を打ち,しわが多い。フユアオイよりもやわらかく,野菜として利用される。葉を乾かしていって手でもみ,海苔に似た利用をするところから陸(おか)海苔と呼ばれる。ゼニアオイM.sylvestris L.var.mouritiana Mill.(英名(tree)mallow,この英名はゼニアオイ属Malvaも指す)は二年草または多年草で,高さ1m余り,農家の庭先などによく植えられている観賞植物。和名は花の形が銭に似ていることに由来する。フユアオイよりもよく分枝し,葉は長い柄をもち,やや円く,ごく浅く5~9裂する。初夏に咲く花は淡紫色で,濃い紫色の脈があり,直径2cm内外。花弁,萼片ともに5枚ある。古く江戸時代に渡来した。ジャコウアオイM.moschata L.(=Malope trifida Cav.)(英名musk mallow)はスペイン,北アフリカ原産の一年草で,高さ80cm,葉は3裂し,花は直径8cmの大輪の桃色または紫紅色で初夏に開く。

 タチアオイAlthaea rosea(L.)Cav.は小アジア原産で,東アジアでも古くから栽培されていた二年草あるいは多年草。高さは2~3m。花は大きく径7~8cmになり,赤,桃,白,紫色で美しい。《万葉集》に出てくるアオイはこの種と考えられる。
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双子葉植物で,約75属1000種を有し,ワタハイビスカスオクラなどが代表種である。木本あるいは草本で,熱帯から温帯まで広く分布する。茎や葉には多細胞の星状・鱗片状の毛があり,茎の師部繊維はよく発達する。葉は互生し単葉であるが,しばしば掌状に分裂し,托葉をもつ。花は大きくて目だち,きれいなものが多く,通常両性花。萼片は5枚で,ほかに副萼片をそなえる。花弁は5枚,通常,基部で合着している。大多数の種では1個の花の開花期間は1~2日である。おしべは多数で,花糸は相互に合着して筒をつくり,めしべの花柱をつつんでいる。子房は上位,花柱の先端部は分裂し,子房の室数に対応した柱頭でおわる。各室には多数の種子をいれ,種子は通常有毛。果実は液果または乾果。シナノキ科やキワタ科に近縁。多数の有用植物を有する群で,強い樹皮の繊維を利用するオオハマボウイチビ,長い種子の繊維を利用するワタがある。またハイビスカス(ブッソウゲ)類をはじめフヨウ属の各種,タチアオイ,ゼニアオイなどは大型で美しい1日花を次々に開花させる特性を利用して,観賞用に栽培される。若芽や葉,果実は食用になり,ワタ,ハイビスカスの仲間,オクラ等,数多くが利用される。またトロロアオイ等は,植物体の粘液を糊として利用する。種子は油脂に富み,ワタの種子から搾られる綿実油は良質の食用油となる。これらの中で,樹皮の繊維の利用や若芽や葉の食用は,この科の分化の中心地や乾燥した熱帯域では,古くからの重要なものであっただろう。
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葵は本来アオイ科の植物を意味したが,葉形が類似したウマノスズクサ科のフタバアオイも古くから〈あおい〉と呼ばれてきた。京都の上・下賀茂神社で4月中酉の日(現在は5月15日)に行われる葵祭でも,フタバアオイを,祭りの参加者が挿頭(かざし)花として挿したり,牛車(ぎつしや),桟敷すだれ,家々の軒などに飾りつける。同じ京都の松尾大社祭礼にも,このフタバアオイが使われる。《江家次第》によると,平安時代の〈相撲の節会〉では左方力士は葵,右方の力士は瓠(ひさご)の花の造花を頭に挿したという。葵は火を,瓠は水を象徴し,これで年占を行ったものと考えられる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「アオイ」の意味・わかりやすい解説

アオイ
あおい / 葵

普通はアオイ科(APG分類:アオイ科)のタチアオイ、フユアオイ、トロロアオイ、モミジアオイなどを総称してアオイというが、現在では単にアオイという和名の植物はない。アオイの名が日本で最初に表れるのは『万葉集』であるが、これをフユアオイとする説のほかフタバアオイなどとする説もあり、古来より「葵」の概念と扱いには混乱がある。たとえばカンアオイ類はウマノスズクサ科で、近縁のフタバアオイは別名カモアオイ(賀茂葵)ともよばれ、京都の賀茂神社の儀式植物として古くから用いられている。カツラ(桂)の枝に結び付けられて諸葛(もろかずら)として用いられることもあり、『古今和歌集』『枕草子(まくらのそうし)』や『源氏物語』にも取り上げられて、現代まで続いている。また有名な「葵の紋」とよばれる徳川家の三葉葵も、フタバアオイの葉を3枚組み合わせて紋章化したものである。

 6世紀の中国の農書『斉民要術(せいみんようじゅつ)』には、野菜の筆頭にアオイをあげている。それをフユアオイとする説が強いが、ツルムラサキとみる中柴新の新説も出されている。なおツルムラサキの代表的な漢名は落葵である。

[湯浅浩史 2020年4月17日]


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