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アルベルティ Alberti, Domenico

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アルベルティ
Alberti, Domenico

[生]1710頃.ベネチア
[没]1740. ローマ
イタリアの作曲家。歌手およびチェンバロ奏者としても活躍。「アルベルティ・バス」として知られる分散和音による伴奏音型を多用したことで有名。この伴奏音型はゆるやかに推移する和声の上に旋律を浮べるのに適しているため,ハイドンモーツァルト,ベートーベンらも用いた。

アルベルティ
Alberti, Leon Battista

[生]1404.2.14. ジェノバ
[没]1472.4.25. ローマ
イタリアの建築家,人文学者。芸術全般に通じ「万能の人」と形容された。追放中の裕福なフィレンツェ商人の庶子として出生。パドバとボローニャで法律,古典を学び,1428年頃フィレンツェに戻り,ルネサンス芸術運動の渦中に身を投じる。教皇庁の書記を務める間に『絵画論』Della pittura(1436)を著し,1440年代からマルクス・ウィトルウィウスの『建築十書』にならった『建築論』De re aedificatoriaの著述を始める。同書は都市計画を含む市民活動としての建築術,古典的オーダーの活用など後世に広い影響を与えた。建築ではフィレンツェパラッツォ・ルチェライ(1445~70頃),サンタ・マリア・ノベラ聖堂ファサード(1456~70),リミニのテンピオ・マラテスティアーノ(1446~50頃),マントバサン・セバスティアノ聖堂(1460~70),サンタンドレア聖堂(1470頃)などがある。

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百科事典マイペディアの解説

アルベルティ

初期ルネサンス時代のイタリアの詩人,哲学者,建築家,画家,数学者。ジェノバに生まれ,パドバボローニャで学ぶ。フィレンツェでブルネレスキドナテロを知り,またマサッチョの絵画に接し,自らも絵筆や鑿(のみ)を手にとった。
→関連項目ウィトルウィウス遠近法ロッセリーノ[兄弟]

アルベルティ

スペインの詩人,劇作家。画家を志したが,処女詩集《陸の舟乗り》(1925年)で詩作に入る。伝統的,民衆的要素を前衛的手法で処理することに優れた詩人。代表作《天使たち》(1929年)では,シュルレアリスム的傾向を示し,死,善といった抽象的概念の言葉による具現化を行った。

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ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)の解説

アルベルティ

ヴェネツィア生まれの作曲家、歌手、チェンバロ奏者。自作のチェンバロソナタに分散和音を弾く伴奏音型を多用。その奏法が「アルベルティ・バス」と呼ばれるようになった。その後の古典期作曲家による鍵盤楽器用の作 ...続き

出典 (社)全日本ピアノ指導者協会ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

アルベルティ【Leon Battista Alberti】

1404‐72
初期ルネサンスの代表的人文学者,建築家。ジェノバに亡命していたフィレンツェの名家に生まれ,パドバとボローニャで古典学と教会法を学ぶ。アルベルティ家に対する追放令が解除された1428年フィレンツェに戻り,F.ブルネレスキの建築,ドナテロの彫刻,マサッチョの絵画に接して芸術理論への関心を深めた。32‐64年教皇庁の書記官を務め,博学万能の知識人として古典学,文法・修辞詩学,倫理,教育論,美術・音楽理論,および古代の遺構の研究に裏付けられた建築,測量術などの分野できわだった功績を残した。

アルベルティ【Rafael Alberti】

1902‐1999
スペインの詩人,劇作家。初め画家を志した。処女詩集《陸の船人》(1924)で国民文学賞受賞。アンダルシアの伝統的歌やゴンゴラ詩法キュビスムダダイズムなどの流れをくんだウルトライズムの前衛的手法を駆使するとともに,代表作《天使たち》(1927‐28)ではシュルレアリスムに傾斜する。内戦前後には政治詩を書き,共産党に入党。内戦終了後,亡命しアルゼンチン,ローマと居を変えつつ,祖国への郷愁を託した詩を創作し,1977年に帰国した。

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大辞林 第三版の解説

アルベルティ【Alberti】

〔Leon Battista A.〕 (1404~1472) イタリアの建築家・芸術理論家。ルネサンス建築様式創始者の一人。「絵画論」「建築論」を著す。
〔Rafael A.〕 (1902~1999) スペインの詩人・劇作家。27年世代の一人。ゴンゴラの詩法や前衛的手法を駆使しつつ、アンダルシアの伝統歌謡を継承した。詩集「陸の船人」「天使たち」

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世界大百科事典内のアルベルティの言及

【イタリア美術】より

…一方,国際ゴシックの優美な形式主義は,フラ・アンジェリコ,ボッティチェリに受け継がれた。建築では,ブルネレスキが古代ローマ建築を研究して,パッツィ家の礼拝堂などに古典的比例を回復し,アルベルティはウィトルウィウスにならった〈十書〉構成の,ラテン語によるルネサンス最初の建築書を著した。彫刻ではドナテロが古代彫刻の比例とリアリズム,これにゴシックの精神を加えて偉大な先例をつくったが,ベロッキオは表面的な写実に堕したというべきであろう。…

【遠近法】より

…マサッチョ,ドナテロとそれに続くフィレンツェ画家の作品にその発展が見られる。アルベルティはこれを継ぎ,《絵画論》(1436ころ)で一点透視図法を〈正統なる手法〉と定め,ピエロ・デラ・フランチェスカ,パチョーリ,バルバロ,セルリオ,ダンティなど16世紀にいたるまでその理論と実践が続いた。16世紀初めにデューラーはアルプス以北に透視図法を伝えた。…

【オーダー】より

…これらの体系に関しては,前1世紀のウィトルウィウスの《建築十書》が唯一の典拠であるが,彼にあってはこれらはまだ,彼のあげる建築の要件の一つ〈オルディナティオordinatio〉とは直接に結びつけられておらず,その比例関係も固定的なものではなかった。これらを〈オーダー〉の名のもとに建築の最高の規範にまで高めたのは,L.B.アルベルティ以後のルネサンス建築家たちであった。アルベルティの《建築論》(1483)ではまだオーダーの名称はなく,またトスカナ式をドリス式と同一視して円柱を4種としているが,比例はより厳密に,ピタゴラス的な調和平均の比例体系によって,建物全体にゆきわたるものとして定められていた。…

【建築家】より

…ルネサンスとバロック時代の建築家は,画家・彫刻家出身の人物が多く,芸術的才能は神が授けてくれる天分と信じていたため,ウィトルウィウスが伝えたギリシアのアルキテクトンの概念が強くよみがえり,建築家は単なる職人や技術者とは異なる主導的芸術家であるとする思想が生まれ,現代にまで及んでいる。この考えを初めて具体化したのはL.B.アルベルティで,彼は劇作家,音楽家,画家,建築家,数学者,科学者,競技者を兼ね,しかも美学者,建築学者として《絵画論》や《建築論》10巻を著すといった〈万能の天才〉であり,多忙のためもあって,建築の設計のみを行い,建物の建造は他の建築家に任せるという設計者・施工者の分離をみずから行った。ルネサンスとバロック時代の建築はひじょうに美術的で趣向豊かなものであったから,建築家には各種の職人,美術家,工芸家を手配し,指図する能力が必要であった。…

【住居】より


[ルネサンスから近世――オテル,アパルトマンとテラス・ハウス]
 ルネサンス住宅建築の課題は,中世以来の左右非対称の平面構成を古典主義的な左右対称の壁面構成と両立させることであった。アルベルティはフィレンツェに建つパラッツォ・ルチェライPalazzo Rucellai(1446‐51)の正面壁面にローマのコロセウムに由来するオーダーとアーチの組合せのデザインを応用し,ルネサンス的な意匠をもつ都市邸宅の端緒を開いた。イギリスのスミッソンRobert Smythson(1535ころ‐1614)は,ホールを中心とする中世的な大邸宅に左右対称の壁面構成を与える試みを,ロングリート・ハウス(1568‐75ころ)等のカントリー・ハウスの設計を通じて行った。…

【素描】より

…これを完成作品の予備段階として芸術的に劣ったものとみるか,あるいは芸術家の精神により直接的にかかわるものとして重要視するかは,時代により個人によって多様である。
[素描と素描論の変遷]
 西欧ルネサンス期には,とくに素描の意義が重要視され,チェンニーニは,〈芸術の基本はディセーニョ(素描)と色彩にある〉と述べ,ギベルティは,〈素描は絵画と彫刻の基礎であり,理論である〉と述べ,L.B.アルベルティは,絵画の三要素は〈輪郭,構図,彩光(明暗)〉であるとし,この三要素のうちもっとも基本的なことは,〈空間と物体の境界〉としての〈線〉であるとした。これら初期ルネサンスの素描論の骨子は,空間と物体の明晰な認識とその表現の手段として,線による明確な輪郭づけが基本であるという考えである。…

【比例】より

… ルネサンスに入ると,再びウィトルウィウスを基礎とする比例理論が建築の中心課題となり,ここでもまたピタゴラスの理論が重要な手がかりとされたが,しかし人体的比例の堅持と,それに加えて透視図法的な,一定の視点からの三次元的比例が主たる関心事となった。L.B.アルベルティ,フランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニ,レオナルド・ダ・ビンチといった当時の代表的比例理論家たちは,音楽用語を用いて建築の比例を論じ,調和級数によって空間の奥行きの比例を決定しようとしていた。16世紀以降は,さらに新プラトン主義の影響による数の神秘主義が加わり,きわめて知的な古典主義的比例の体系が確立されていく。…

【マントバ】より

…ルネサンス期には,拮抗する三大勢力(ミラノ,ベネチア,教皇領)の緩衝地帯として政治上重要な地位を占め,また学芸擁護の中心地ともなった。ルイジ3世(在位1444‐78)はルネサンスを代表する英明君主で,都市を整備するとともに,建築家L.B.アルベルティを招請し,サン・セバスティアーノ聖堂,サンタンドレア聖堂の設計を委嘱。また,A.マンテーニャを宮廷画家として抱え,〈カメラ・デリ・スポージ〉に一族の生活を主題としたフレスコ画を描かせた。…

【ヌマンティアの戦】より

…この戦いは,スペイン人の愛国心を鼓舞するできごととして長く記憶され,セルバンテスも戯曲《ヌマンシア》を書いている。またR.アルベルティは内戦中にフランコ軍によって包囲されたマドリードを舞台にして同名の戯曲(初演1937)を書いた。【本村 凌二】。…

※「アルベルティ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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