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イングランド銀行 イングランドぎんこうBank of England

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イングランド銀行
イングランドぎんこう
Bank of England

イギリスの中央銀行。 1694年 W.パターソンイギリス王ウィリアム3世の財政難を救済する代償に銀行券の発行権を得て,120万ポンドの資金を公募し,銀行としては最初の株式会社として設立した。当時は他の私的金融業者のなかにも銀行券を発行するものがあったので,独占的な発券銀行ではなかったが,株式制度により経営規模が大きく安定していたことや国王の財政と密接な関係をもっていたことなどにより,18世紀に入ってから次第に中央銀行としての地位を確立していった。 1833年にはイングランド銀行券が法貨に定められ,またその他の発券銀行は次第に整理され,さらに 44年にはピール銀行条例により新たな発券銀行の設立が禁じられるに及び,イングランド銀行の発行する銀行券が圧倒的部分を占めるにいたり,中央銀行としての地位を固めた。その後 1946年2月に労働党政府によって国有化され,民間の株式銀行から政府機関としての中央銀行となった。 18世紀後半から第1次世界大戦までイギリスが世界経済の中心であった時代には,単にイギリスの中央銀行にとどまらず,世界の中央銀行として国際金融に中心的な役割を果したが,その後イギリス経済が衰退するとともに国際金融界に占めるその地位も低下した。

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デジタル大辞泉の解説

イングランド‐ぎんこう〔‐ギンカウ〕【イングランド銀行】

1694年設立の銀行。1946年に国有化され、英国の中央銀行として金融政策に関わるほか、銀行券の発行と一般銀行業務を行う。BOE(Bank of England)。

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百科事典マイペディアの解説

イングランド銀行【イングランドぎんこう】

英国の中央銀行。名誉革命直後の国家財政収入の赤字を補い,経済発展に伴う通貨不足を補うために1268人の株主が出資して1694年設立。政府に120万ポンドの貸付けを行うことで銀行券の発券特許を得た。
→関連項目銀行ロンドン

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世界大百科事典 第2版の解説

イングランドぎんこう【イングランド銀行 Bank of England】

イギリスの中央銀行。現在は国有企業であるが,歴史的には,1694年,法律によって設置を規定された国策的な私有の株式発券銀行として発足した。対仏戦費の調達に苦慮する名誉革命政権(ホイッグ党政府)を財政的に支援するため,ウィリアム・パターソンの原案に基づいて資本金120万ポンドの出資を募り,その全額を国庫に貸し上げる代償として,出資者たちがイングランド銀行(正式名はThe Governor and Company of the Bank of England)という法人(株式会社)を設置する認可を受け,政府から年8%の利子(および4000ポンドの管理費)を受け取るほか,資本金と同額まで銀行券を発行して各種の銀行業務を始めたのであった。

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大辞林 第三版の解説

イングランドぎんこう【イングランド銀行】

イギリスの国立中央銀行。1694年、世界最初の株式組織の銀行として設立され、イギリス資本主義の発展とともに国際金融市場の指導的地位に立った。1946年、国有化。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イングランド銀行
いんぐらんどぎんこう
The Bank of England

イギリスの中央銀行。その権威のゆえに「ザ・バンク」The Bankと尊称される。また、ロンドンの本店所在地にちなんで「スレッドニードル街の老婦人」The Old Lady of Threadneedle Streetの名がある。イングランド銀行券は、連合王国United Kingdomを通じての法貨legal tenderである。ただし、スコットランドと北アイルランドでは独自の発券銀行が存在し、それらの銀行券もイングランド銀行券と相並んで流通している。とはいえ、それらの保証準備発行額はごく限定されたもので、それを超える発券にはイングランド銀行券による100%準備が必要とされている。[鈴木芳徳]

歴史

イングランド銀行は、1694年ウィリアム・パターソンWilliam Patterson(1658―1719)の建議により設立された。当時イギリスはフランスと交戦中で、その戦費を賄うため資本金120万ポンドを国王に貸し上げたのと引き換えに、イングランドとウェールズにおいて銀行券を発行する特権を賦与されたのである。18世紀初頭までは、政府の銀行、ロンドンの銀行という性格が強かったとはいえ、兌換(だかん)銀行券の発行による信用創造は、それまでの高利貸による金融独占を打破し、利子率の引下げを実現、産業資本の育成に貢献した。1826年の条令で支店の設置を認められ、1833年には同行の銀行券は法貨として特別の地位を与えられた。1844年、時の首相ピールの下で制定された「イングランド銀行条令」Bank Charter Act of 1844(通称「ピール銀行条令」Peel's Bank Act)によって発券の独占権が与えられて、名実ともにイギリスの中央銀行となった。同条令のもとで、発行部と銀行部の2部門に分かたれ、また1400万ポンドまでは証券を準備として、それ以上は金貨および地金銀を準備として発券する仕組みが整えられた。しかし同条令は、兌換準備確保には便利であっても、恐慌時や経済成長のための通貨供給という点では欠点を有し、事実、その後の1847年、1857年、1866年の恐慌の際には同条令は一時停止され、保証準備発行額の限定を拡大せざるをえなかった。こうして認識されるようになった同行の緊急時における「最後の貸し手」lender of last resortとしての役割を明確にしたのが、W・バジョットの名著『ロンバード街』Lombard Street(1873)である。
 1914年、第一次世界大戦の勃発(ぼっぱつ)直後、イギリス政府は金を条件付き輸出禁制品として実質的に金本位を停止し、カレンシー・ノートcurrency noteとよばれる政府紙幣を発行したが、大戦後の通貨・外国為替(かわせ)制度を検討するために1918年に設けられたカンリフ委員会Cunliffe Committeeの勧告により、1925年に金本位法を公布し、旧平価による金地金本位制を採用、1928年にはカレンシー・ノートを銀行券に合併した。しかし大恐慌により1931年には金本位を離脱、同時に外国為替管理令を制定、翌1932年には為替平衡勘定Exchange Equalization Accountを創設、1939年には金と外貨準備のほとんど全部を発行部からこの勘定に移し、管理通貨制度への移行は決定的となった。1946年労働党内閣の下で国有化され、全株式は政府の所有となったが、実際上の運営にはなんらの変化も生じていない。
 こうしてイングランド銀行は、「発券銀行」であるとともに、国庫金の出納、国債業務などを担う「政府の銀行」であり、さらに民間商業銀行等の口座をもつ「銀行の銀行」としての役割を担うに至っている。
 また、各国の中央銀行についてみると、ドイツではブンデスバンクDeutsche Bundesbank、中国では中国人民銀行がある。アメリカ合衆国では「連邦準備制度」Federal Reserve Systemが中央銀行の役割を担い、全国に12の連邦準備銀行Federal Reserve Bankがある。ヨーロッパ連合(EU)としては、ヨーロッパ中央銀行European Central Bank(ECB)がある。[鈴木芳徳]

現状

1997年、イングランド銀行は金融政策の独立性を確保した。にもかかわらず、2007年、救済融資に踏み込まざるをえない事態が生じるに至った。当時、旧住宅金融組合building societyに由来するイギリスの銀行、ノーザン・ロックNorthern Rock(融資残高で第5位)は、短期金融市場で資金を調達し、これを住宅ローンとして提供していたが、資金繰りが悪化し、イングランド銀行に救済融資を求めざるをえなくなったのである。[鈴木芳徳]
『J・H・クラパム著、英国金融史研究会訳『イングランド銀行』全2巻(1970・ダイヤモンド社) ▽R・S・セイヤーズ著、西川元彦監訳、日本銀行金融史研究会訳『イングランド銀行 1891~1944年』全2巻(1979・東洋経済新報社) ▽リチャード・ロバーツ、デーヴィッド・カイナストン編、浜田康行・宮島茂紀・小平良一訳『イングランド銀行の300年――マネー・パワー・影響』(1996・東洋経済新報社)』

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世界大百科事典内のイングランド銀行の言及

【銀行】より

…しかし,トラッテは裏書による譲渡が不可能であり,それができるようになったのは17世紀になってからのことである。中世の銀行の支払仲介機能は手形の引受けに限られており,手形の役割が飛躍的に高められるためにはイングランド銀行の設立をまたねばならなかった。
[近代ヨーロッパの銀行]
 ヨーロッパ近代の銀行史は1694年のイングランド銀行の設立をもって始まる。…

【銀行券】より

…それはやがて券面額が数種の一定金額に統一され,かつ小額化されたので,発券銀行自体の信用とともに,しだいに流通範囲を広げ,現在の銀行券の体裁をととのえていった。その後,イングランド銀行が設立され(1694),1844年ピール銀行法によって銀行の発券機能は同行に集中され,イングランド銀行券に強制通用力が与えられた。こうして現在のように銀行組織は中央銀行と預金銀行に分化することになった。…

【シティ】より

… 1666年のロンドン大火でシティはその大部分が被災したが急速に復興,イギリスがオランダとの戦争に勝って世界商業の実権を握っていくにつれて,貿易の決済,金融のセンターとなっていく。とくに94年に国債発行を主要な業務としてイングランド銀行が設立され,東インド会社,のちの南海会社とともに国債の大量発行を引き受けるようになると,いっそうその傾向が強まる。産業革命期以後イギリスが〈世界の工場〉となるにつれて,シティでは貿易金融を担ったマーチャント・バンカー(マーチャント・バンク)の活躍が目だつようになる。…

【紙幣】より

…こうして振替銀行の設立は主として隔地間の取引の決済や送金を処理するために促されたものであり,1609年設立のアムステルダム銀行のフロリン券florin banco,19年設立のハンブルク銀行のマルク券mark bancoは以上の信用券の代表的なものである。さらに下って17世紀中期以後,イギリスにおいてもロンドンの金匠(ゴールドスミス)が自己に預託された金銀に対して預託者に交付した預証(ゴールドスミス・ノートgoldsmith’s note)が第三者間に授受されて実際上銀行券の役割をはたし,またこれが先駆となって94年にはイングランド銀行が設立され,同銀行の銀行券が一般に流通するようになった。しかも最初は法貨としての資格をもたなかった。…

【祝祭日】より

…また,日本のように全国一律ではない。1830年まではイングランド銀行は諸聖人の祭日などに年約40日近く休業していたが,世界経済に占めるイギリスの比重が増すにつれて,休業日の数が徐々に減少し,71年の法律で銀行休業日が制定された。以来,曲折を経て,現在では1971年の〈銀行業務および商取引に関する法律〉の定めるところによっている。…

【中央銀行】より

…今日の世界各国には,それぞれの金融組織の中核として金融調節を行い,金融政策の運営を担当する単一の銀行,すなわち中央銀行が存在している。具体的には,アメリカの連邦準備制度,イギリスのイングランド銀行,フランスのフランス銀行,ドイツのドイツ連邦銀行(ブンデスバンク),そして日本の日本銀行などである。 現存する中央銀行のなかで最も古いのはスウェーデン国立銀行(1668設立)であるが,今日みられるような典型的な中央銀行制度の確立過程において最も大きな貢献をしたのはイングランド銀行(1694設立)であった。…

【通貨主義・銀行主義】より

…オーバーストーン卿(S.J.ロイド),R.トレンズ,G.W.ノーマンら)は次のように説く。銀行券の過剰発行こそが恐慌の原因であるから,発行権をイングランド銀行に集中し,しかも発行量を同銀行の金(きん)保有量にともなって増減させることが肝要である。そうすれば,金本位制の自動調整メカニズム(たとえば金保有量増→銀行券増発により一時的に生ずる物価上昇も,これに続く輸出減・輸入増→為替相場下落→金流出→金保有量減によって中和される。…

【発券制度】より

… 近代における発券制度は19世紀にイギリスで確立された。それ以前,イギリスにおいてはイングランド銀行のほか多数の地方銀行がそれぞれに銀行券を発行しており,発行限度額や兌換(だかん)準備については各銀行の独自の判断に任されていた。しかし,1830年代の恐慌時に多額の金が国外に流出し,イングランド銀行の金準備が不足するに至り,発券制度のあり方について検討の気運が高まり,通貨主義と銀行主義(〈通貨主義・銀行主義〉の項参照)の両者の立場の間で激しい議論が起こった。…

【ピール銀行法】より

…1844年7月制定のイングランド銀行特許(更新)法Bank Charter Actのことで,時の首相R.ピールにちなんでピール銀行法と通称されている。ピール銀行条令ともいわれる。…

※「イングランド銀行」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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