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ウィッテン Witten

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ウィッテン
Witten

ドイツ西部,ノルトラインウェストファーレン州の都市。ルール川の北岸ドルトムントボーフムの中間に位置する。 1825年に市制施行。第2次世界大戦では大きな被害を出したが,製鋼コールタール,化学,ガラス,機械などの工業とともに復興した。市域の南部を占める森林地帯は,ルール工業地帯では貴重なレクリエーション緑地を提供している。人口 10万 5403 (1991推計) 。

ウィッテン
Witten, Edward

[生]1951.8.26. メリーランド,ボルティモア
アメリカ合衆国の数理物理学者。1971年にブランダイス大学を卒業後,1976年にプリンストン大学で博士号を取得した。ハーバード大学プリンストン大学を経て,1987年からプリンストン高等研究所 IAS教授。1985年,国際理論物理学センターからディラック賞を授与される。1990年,京都市で開催された国際数学者会議において,超弦理論に関する業績によりフィールズ賞を受賞。数理物理学における超弦理論を発展させて,理論物理学と数学の幅広い分野に大きな影響を与えた。モース理論と超対称性,ループ空間における指数定理,チャーン=サイモンズ理論に基づくジョーンズ多項式の理論の三次元多様体(→多様体)の位相不変量への拡張,などが顕著な業績である。特に,量子場の理論と二次元と三次元の多様体の幾何学との関連を明らかにした。さらに物理学者ネーサン・サイバーグと共同で,サイバーグ=ウィッテン方程式と呼ばれる偏微分方程式系を発見し,ヤン=ミルズ方程式に基づくサイモン・ドナルドソンの四次元多様体の理論における議論を大幅に簡約化した。

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百科事典マイペディアの解説

ウィッテン

米国の数学者,物理学者。ブランダイス大学卒業後,プリンストン大学物理学教室を経て,現在プリンストン高等研究所教授。数理物理学,特に場の量子論に数学の手法を適用し,トポロジー,幾何学等に深い影響を与え,重要な数学的成果を数多く導く。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ウィッテン
うぃってん
Witten

ドイツ西部、ノルトライン・ウェストファーレン州の工業都市。人口10万3200(2000)。ルール工業地帯の南東縁に位置し、ルール川北岸の低地に、特殊鋼、鋼管、機械、電子機器などの工場が立地し、背後の段丘や緑の多い斜面に市街地が広がる。中世に王領農場として発足し、18世紀には重要な穀物市場となり、19世紀後半にルール工業地帯とともに発展し、1898年に市に昇格した。[齋藤光格]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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