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ウラジーミル ウラジーミル Vladimir

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ウラジーミル
ウラジーミル
Vladimir

ロシア西部,ウラジーミル州の州都。モスクワ東北東約 180km,クリャジマ川に臨む河港都市。1108年ウラジーミル2世(モノマフ)が建設した古都で,クリャジマ川沿いの交易で繁栄。1157年アンドレイ・ボゴリュプスキーウラジーミル=スズダリ公国の首都をここに移し,多くの建築物を建てた。

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デジタル大辞泉の解説

ウラジーミル【Vladimir】[人名]

(1世)[955ころ~1015]ロシアキエフ大公。在位980~1015。ビザンチン皇帝の妹アンナと結婚してギリシャ正教を国教とし、ビザンチン文化を移入。ウラジーミル聖公。

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百科事典マイペディアの解説

ウラジーミル

ロシアのキエフ大公(在位980年―1015年)。周辺の東スラブ諸族を討って領土を拡大。南方のブルガール人を征討,小アジアにも出兵。ビザンティン皇帝バシレイオスの妹アンナと結婚,989年ギリシア正教東方正教会)を国教とした。

ウラジーミル

ロシア中央部に位置する同名州の州都。モスクワの東約180km,クリャズマ川に面する12世紀来の古都で,世界遺産に指定されているウスペンスキー寺院(12世紀末)などの建築物が残存するロシアの数少ない古都。

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世界大百科事典 第2版の解説

ウラジーミル【Vladimir】

ロシア連邦,ヨーロッパ・ロシア中央部にある同名州の州都。人口35万6000(1992)。モスクワの北東190km,モスクワとニジニ・ノブゴロドを結ぶ中間点,クリャズマ川(オカ川の支流)河畔に位置する。市の歴史は,ウラジーミル・モノマフが1108年,この地に要塞を築いたのに始まる。57年アンドレイ・ボゴリュプスキーがここをウラジーミル・スーズダリ公国(〈ウラジーミル大公国〉の項参照)の首都とするに至って特に発展し,すでに衰退しつつあった当時のロシア(キエフ・ロシア)の首都キエフと対照的に,大きな政治的意味を獲得してゆく。

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大辞林 第三版の解説

ウラジーミル【Vladimir】

(一世)(955頃~1015) 中世ロシアのキエフ大公(在位980~1015)。東ローマ皇帝の妹アンナを妻とし、ギリシャ正教を国教とした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ウラジーミル
うらじーみる
Владимир Vladimir

ロシア連邦西部、ウラジーミル州の州都。モスクワの北東約190キロメートル、クリャジマ川左岸の港市で、ロシアの古都として知られている。人口33万9200(1999)。ロシア革命後、工業都市として発展し、主要工業はトラクター自動車部品モーター製造、化学(プラスチック)、軽工業、建築資材工業である。多くの建築記念物があり、多数の外国人観光客が訪れる。12世紀建造の「金の門」、ウスペンスキー寺院などがあり、多くの美術品が保存されている。さらにウラジーミルとその北方26キロメートルにあるスズダリには白壁の建造物群が多く残されており、1992年世界遺産の文化遺産に登録された(世界文化遺産)。工科大学教育大学、人形劇場がある。鉄道の分岐点。[中村泰三]

歴史

市の起源は、1108年ウラジーミル・モノマフ公がこの地に要塞(ようさい)を築いたのに始まる。1157年、アンドレイ・ボゴリュープスキー公がここをウラジーミル・スズダリ公国の首都とするに至ってとくに発展し、当時のロシアの首都キエフにかわって新たな政治的中心となっていく。1299年には、ロシア教会の首長たるキエフ府主教もこの地に居を構えるに至った。だがウラジーミルの繁栄は長続きせず、このころから急速に台頭してきたモスクワの前に影響力を失う。1326年には府主教もモスクワに移った。以後、ウラジーミルはモスクワ(および後のロシア)国家の一地方都市にすぎなくなった。[栗生沢猛夫]

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世界大百科事典内のウラジーミルの言及

【ロシア・ソビエト美術】より


[ビザンティン様式のロシア化]
 こうしたロシア化は,建築を風土に適応させることによって,あるいは従来の木造建築からの影響,地域性,象徴的な意味づけなどによってもたらされた。ロシア化の初期の代表例として,白石材を用いロマネスク風の浮彫外壁装飾を施した,まことに端正な美しさをもつウラジーミル地方の教会堂群と,14世紀から約1世紀の間ノブゴロド地方に現れた変形の屋根をもった教会堂群などが挙げられる。ビザンティン帝国が滅亡した15世紀中葉以後は,ビザンティン的な様式からますます離れて民族性が強められた。…

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