翻訳|ethology
動物(ヒトを含む)の行動を研究する生物学の一分野。行動学、動物行動学、行動生物学、比較行動学とも訳される。
狭義のエソロジー(古典的エソロジー)では、行動をおこす原因とその反応としての行動を取り上げ、行動の機能を説明することが多い。また、動物の種によって異なる行動を比較することで行動の進化を論ずる。エソロジーの研究は野外、室内を問わず、行動観察や実験を行うために、動物心理学、動物生態学、動物社会学、感覚生理学と密接な関連をもち、重複する部分も多い。
エソロジーという語は、1854年フランスの動物学者ジョフロア・サンチレールがつくったものであり、「生物の本能、習性およびそのほか一般に表す行動と外部環境との関係を研究する科学」とした。しかし、この定義は用いられず、エソロジーの創始者である人々は、「エソロジーとは行動の比較研究をする科学であり、ダーウィン以来のあらゆる生物学の方法を、動物の行動や人間の行動にも適用することによって生まれたものである」(ローレンツ)とか、「エソロジーとは行動の生物学的研究である」(ティンバーゲン)と定義した。
[川道武男・川道美枝子]
動物の行動そのものは古くから博物学者(ナチュラリストnaturalist)の興味をひいてきた。いろいろな動物の行動が記述され、なかには擬人的解釈が付け加えられたこともある。この時期の研究者としては、『昆虫記』を著したファーブルがあげられる。ダーウィンはヒトを含む進化の連続性を主張し、動物の構造や機能が自然選択によって進化してきたことを提示したが、行動にも同じく自然選択が働くと考え、その比較研究の重要性を提示した(1871)。エソロジーの訳語として、以前、習性学の語が使われたことがあるが、これはこの時期までのものにふさわしい。
しかし、行動の研究が生物学の一分野として認められたのは比較的近年のことである。1910~1920年代には、イギリスの動物学者ハクスリーが、繁殖期の鳥が異性をひきつける行動は一つの信号システムとなっており、信号の効果が大きいものを選ぶ方向に自然選択が働いてきた結果であると主張した。ドイツの動物学者ハインロートOskear Heinroth(1871―1945)は、鳥の行動型は生まれながらに(生得的に)決まっており、動物の分類群ごとに固有な行動型があるとした。
エソロジーを独立した学問として確立させたのは、オーストリアのローレンツ、オランダのティンバーゲン、ドイツのフリッシュなどで、1930~1960年代に魅力的な研究成果を発表し、その業績により3人とも1973年ノーベル医学生理学賞を受賞した。
[川道武男・川道美枝子]
ローレンツは鳥の生得的な行動を調べた。ハイイロガンの雛(ひな)は孵化(ふか)後まもなく歩くことができ、親鳥のあとに従って移動する。しかし、生後1、2日以内に動くものを見ると、あたかもそれを親鳥とみなしたように、人や風船などのあとを付け回す。これを刷り込み(インプリンティングimprinting)とよぶ。刷り込みの対象によっては、交尾の相手を選ぶときにも影響が出る。ローレンツは、生まれながらにしてもつ固定的行動型を重視した。抱卵中のハイイロガンが巣外へ転がり出た卵を嘴(くちばし)で戻す行動は、固定的で、一度行動がスタートすると外部の状況とは独立に一連の行動が完了するまで続けられる。固定的行動型を引き起こすのは、その種に固有のリリーサーreleaser(解発因。ほかに鍵(かぎ)刺激、信号刺激もほぼ同じことをさす)である。親鳥にとっては巣の外にある卵がリリーサーである。
リリーサーと固定的行動型との関係は、ティンバーゲンの参加を得て、より実験的な方向で進められた。種々のモデルをつくり、形、色、大きさ、位置などを変えて調べ、ハイイロガンは、巣の外に置かれた自分の卵より大きなモデル卵にむしろいっそう強い反応を引き起こすこと(超正常刺激)を発見した。
ティンバーゲンの、イトヨ(トゲウオの一種)の生殖行動の研究も有名である。イトヨの雄は繁殖期に腹部が赤くなり(婚姻色)、ほかの雄に対して巣を中心に縄張り(テリトリーterritory)を防衛する。この場合、赤い色は攻撃行動を解発させるリリーサーである。巣の完成後に雄は体色を変え、泳いでくる雌にダンスを示して、巣内に産卵するように誘う。このダンスはジグザグで、雌雄の固定的行動が相互に連鎖状に過程が進行する。ティンバーゲンは、ほかにも、スズメ目の鳥類の雛が餌(えさ)を運ぶ親鳥に向けて口を開ける行動や、ジャノメチョウの交尾行動など、種々の野外実験を行った。ローレンツは思索的、思弁的であるのに比べ、ティンバーゲンは実験的、実証的であったといえる。
フリッシュは、ミツバチの巣箱内でのコミュニケーションを調べた。蜜源(みつげん)をみつけた働きバチは巣に帰り、巣板上で円を描くダンスをする。蜜源と太陽との水平角度の開きは、ダンスの描く角度で示され、蜜源が近くにあれば、より速くダンスをする。ダンスをするハチの周りの働きバチは、この情報を得て蜜源探しに出発するのである。
[川道武男・川道美枝子]
一方、アメリカでは、まったく異なった考え方から行動の研究が行われていた。それは1913年にワトソンが主張して以来の行動主義心理学に基づくもので、行動科学とよばれていた。これは「行動は学習の産物であり、本能によるものではない」という前提にたって、実験室内でシロネズミ(ラット)の学習実験を行い、これを基礎に人間の心理を理解しようとしたものである。生得的な行動が遺伝子のなかにプログラムされていて、動物の成長や季節の変化に伴って発現するものであり、学習を必要としないと主張するヨーロッパのエソロジストethologistに対して、学習を重視するアメリカの心理学者が、当然ながら対立することになった。
[川道武男・川道美枝子]
このような経過で、ヨーロッパのエソロジストとアメリカの心理学者による「行動は本能か学習か」という不毛ともいえる論争が始まった。もっともヨーロッパのエソロジストは、生まれながらにしてもつ行動を生得的行動とよび、本能という語を使用することを避けていた。後天的に学んだ行動、すなわち学習が行動に影響を与えることは、人間の行動をみれば容易にわかることである。この論争は、やがて鳥の歌(さえずり)に関する研究で決着をつける形となった。
スズメ目の鳥類の雄は、種ごとに特有な歌を繁殖期にさえずる。この歌は、一般には同性の雄には縄張り宣言であり、異性の雌には誘いの意味があると考えられる。歌が生得的か学習の結果であるかを知るためには、人工孵化した雛の雄を隔離飼育し、成鳥になったときにさえずる歌を調べればよい。単純な歌をもつカッコウ、ニワトリ、ハトは種独特の歌をさえずるが、複雑な歌をもつズアオアトリやミヤマシトドは種に特有のさえずりができなかった。
隔離中の雛に別な鳥の歌を聞かせると、托卵(たくらん)鳥のテンニンチョウはそれに似た歌をさえずるようになるが、ズアオアトリやミヤマシトドは学ばない。わずかに学んだ部分は同種の歌とそっくりな部分だけであった。親鳥にある期間育てられたあとでも、ミヤマシトドの雛の鼓膜を実験的に破ると、正しい歌をさえずらない。これらのことからカリフォルニア工科大学の小西正一(こにしまさかず)(1933―2020)は、発育初期の感受性の高い時期に同種の鳥の歌を聞いて歌の鋳型(いがた)をつくりあげ、成鳥になってからは自分のさえずりを耳で聞きながら自分の歌を完成させていく、と結論づけた(1965)。つまり、複雑なさえずりは学習によるものであるが、自分と同じ種の歌を選択的に取り込む点は生得的である。「本能か学習か」は二者択一ではなく、ほとんどの行動はさまざまな割合で両者が混ざると考えられる。しかし、その動物が生まれつきもっている学習的素質が存在しており、その範囲内でだけ学習が行われる。この学習によって、成長、発育の段階や日常生活の環境の変化に対応して行動を変化させていくことになり、きわめて適応的なものである。
[川道武男・川道美枝子]
動物は植物と異なり、行動することに一つの特徴がある。その行動には次の三つがある。
(1)1個体が示す行動 移動方法と航行術(サケの回帰、渡り鳥の方向定位)、採食方法、遊び、道具の使用、生物リズム(活動周期、生物時計)があり、生活のあらゆる部分で示す行動がエソロジーの対象となる。
(2)複数の個体が示す社会行動 攻撃行動や毛づくろい、繁殖行動が含まれる。攻撃行動によって縄張り制や順位制が認められることも多い。社会行動と社会組織の研究は動物社会学(社会生物学)と重複する部分が多い。繁殖期には同じ種の雄と雌との出会い、求愛、交尾、子育てという一連の繁殖過程が進行する。これらの繁殖行動には、ほかの時期にはみられない独特なコミュニケーションがみられる。独特のはでなしぐさ(ディスプレー)、音声、においなどが活用される。繁殖行動は種族を維持させるものだけに、種ごとに特有な型どおりの行動が多く、また近縁種ではわずかに異なっている。そのために、これらは古典的エソロジーの対象として、また、行動の比較によって行動の進化を論ずる材料として、取り上げられることが多かった。
(3)異なった動物どうしの行動 チョウとガのはね、魚の体表にみられる目玉模様の威嚇の効果、ハチの黄と黒の縞(しま)模様の警戒色、擬態をする種とモデルの種とそれらの捕食者の行動、捕食者からの逃避行動、餌物を発見する捕食者の行動、警戒声に反応する数種の鳥の行動、カッコウの托卵、種間縄張りなどがある。
エソロジーの対象としては、ほかに、発育や成長に伴う行動の発達、感覚器を主とする神経系と行動の発現機構との関係、行動におけるホルモンの影響などの研究がある。これらの研究は生理学と密接に結び付き、重複する部分も多い。このように、エソロジーは人間を含むあらゆる動物のあらゆる行動が対象となり、研究方法もきわめてさまざまである。しかも、それぞれの研究分野がエソロジーの小分科として確立されたものではなく、まだ学問体系が整っていないのが現状である。
[川道武男・川道美枝子]
ローレンツやティンバーゲンの古典的研究に代表される方向は、急激に衰えつつあり、エソロジーは二つの方向に分極化しつつある。
一つの方向は、神経生理学との学際的な分野で、ニューロ・エソロジーneuro-ethology(神経行動学)という語が用いられ始めた。多くの要素が含まれる野外観察や野外実験から、室内へ動物を持ち込み、制御された条件下で行動という表現を引き起こす体内の機構、ブラックボックスといわれてきた脳の働きについての解明が進みつつある。
もう一つの方向は、社会生物学と行動生態学が含まれる分野である。これらはおもに野外観察に基づく行動を解析する。社会生物学はアメリカの昆虫学者ウィルソンEdward Osborne Wilson(1929―2021)の『社会生物学』Sociobiology(1975)を契機として爆発的な発展を示した。彼は「社会生物学はあらゆる社会行動の生物学としての体系的研究である」と定義している。社会性動物とよばれる集合性の動物の血縁淘汰(とうた)や利他的行動の進化を、個体レベルの適応として説明する点が、従来の動物社会学と異なる。行動生態学は行動の解析を通じて動物生態の法則性をみいだす。ウィルソンによれば、エソロジーはニューロ・エソロジーと社会生物学や行動生態学を結ぶ掛け橋的学問であるとし、しだいに古典的エソロジーが衰退してゆくと予測している。しかし、動物の行動観察から研究素材をみいだしてゆく古典的エソロジーの研究方法は、分極化しつつある1970年代以降の(広義の)エソロジーにおいても必須(ひっす)の研究方法であろう。エソロジーのその後の研究・展開については、別項「行動生態学」を参照されたい。
[川道武男・川道美枝子]
『ティンベルヘン著、渡辺宗孝他訳『動物のことば』(1957・みすず書房)』▽『ローレンツ著、日高敏隆他訳『攻撃』全2冊(1970・みすず書房)』▽『ローレンツ著、日高敏隆訳『ソロモンの指環――動物行動学入門』(1975・早川書房)』▽『マニング著、堀田凱樹他訳『動物行動学入門』(1975・培風館)』▽『ローレンツ著、日高敏隆他訳『動物行動学』全4冊(1977・思索社)』▽『アイブル・アイベスフェルト著、伊谷純一郎他訳『比較行動学』全2冊(1978・みすず書房)』▽『デュースバリー著、奥井一満訳『比較・動物行動学』(1981・共立出版)』▽『ソープ著、小原嘉昭他訳『動物行動学をきずいた人々』(1982・培風館)』▽『ウィルソン著、伊藤嘉昭監修『社会生物学』全5冊(1983~1985・思索社)』▽『クレブス、デービス著、城田安幸他訳『行動生態学を学ぶ人に』(1984・蒼樹書房)』
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…アメリカの動物学者E.O.ウィルソンが1971年に提唱し,75年に同名の著書で展開した学問体系のこと。従来,別個に進められてきた個体群生態学,集団遺伝学,動物行動学(エソロジー),動物社会の比較研究の成果を統合して,各種の生物がなぜ異なる社会関係(同種個体間の関係)を示すのかという問題を解明し,人間も含む動物社会進化の統一理論を打ち立てようとしたもの。動物の社会には縄ばり,一夫多妻制といった現象から,働きバチが示すような利他的行動や子殺しのような一見異常な行動までが認められる。…
…動物の行動を研究する生物学の一分野。エソロジーとそのまま呼ばれることもあり,習性学,行動生物学,比較行動学,行動学などと記される場合もある。エソロジーということばは,I.ジョフロア・サンティレールが1859年に〈本能,習性など生物の表す行動と環境の関係を研究する学問〉として提唱したのに始まる(ただしこのことば自体は,それ以前にJ.S.ミルが〈人生学〉という意味合いで使っていた)。…
※「エソロジー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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