カッセル(英語表記)Kassel

デジタル大辞泉 「カッセル」の意味・読み・例文・類語

カッセル(Kassel)

ドイツ中部、ヘッセン州都市ウェーザー川支流のフルダ川に臨む工業都市で、もとヘッセン‐カッセル侯国の首都。市街中心部にグリム兄弟博物館がある。国際的な現代美術展ドクメンタの開催地。西郊ウィルヘルムスヘーエ城公園がある。

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改訂新版 世界大百科事典 「カッセル」の意味・わかりやすい解説

カッセル
Kassel

ドイツ中部,ヘッセン州北部の地方中心都市。人口19万6211(1999)。ウェーザー川の支流フルダFulda川に臨み,歴史的にはヘッセン・カッセル方伯国(1803以降選帝侯国)の主都として,また都市史上は中世以来の都市計画で知られる。旧市(12世紀),新市(13世紀),自由市(14世紀),そして近世にフランスからの亡命ユグノーの居住地として建設された上部新市(17~18世紀)の新・旧市街が一つの都市に合成されたものだが,この町の名を高からしめたのは,18世紀初頭以後ほぼ1世紀間に,市街の外側に広大な自然を利用して築かれた公園施設である。すなわち,フルダ川の川中島につくられた温室庭園と,市の西方にひろがるハビヒト森を利用した森林公園ウィルヘルムスヘーエ(山上離宮と階段滝を中心とする)で,これはヘッセンの君主たちのバロック趣味が残した一大遺産といえよう。ただしその費用が,君主による自国兵士の外国(特にイギリス)への賃貸し(〈兵士貿易〉)によって得られたものであることも,またよく知られる。1866年にプロイセン領となり,その後は機関車製造(ヘンシェルHenschel社)等の輸送機械を中心とする工業都市として発展したが,第2次大戦中,工場・市街ともにほとんど完全に破壊され,すべては戦後再建にゆだねられねばならなかった。国際的現代美術展〈ドクメンタ〉(1955から3年おき)の開かれる町としても知られている。
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カッセル
Karl Gustav Cassel
生没年:1866-1945

スウェーデンの経済学者。ストックホルムに生まれ,1895年にウプサラ大学から数学で博士号を取得。のちに経済学に関心をもつに至り,ドイツで経済学を研究した。1904-33年ストックホルム大学教授。主著《社会経済の理論》(1918)における理論的枠組みはL.ワルラスの一般均衡理論であるが,彼は価値・分配論における限界原理を排し,〈希少性の原理〉によって相対価格を説いた。《利子本質と必要性》(1903)では,ベーム・バウェルクの資本理論を批判し,N.W.シーニアーの節欲説(制欲説)を支持した。第1次大戦後の経済的混乱期には国際会議で活躍し,外国為替,貨幣政策など国際金融問題の専門家として貢献した。著書としては《世界の貨幣問題》(1921)などがある。また外国為替相場の決定に関して購買力平価説を提唱したことは有名。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カッセル」の意味・わかりやすい解説

カッセル
Kassel

ドイツ中部,ヘッセン州の都市。州北部の行政中心地で,フルダ川に臨む景勝地にある。1180年都市権獲得,1277年頃ヘッセン方伯領,1567~1866年にはヘッセン=カッセルの首都となった。17世紀にはフランスのユグノー派移住者たちによって新市街区オーバーノイシュタットが建設された。1866年以降 1944年まではプロシアのプロウィンツ・ヘッセンナッサウの中心都市。第2次世界大戦中はドイツの航空機,戦車生産の一中心地で,市街は空襲でほぼ完全に破壊された。戦後は,機関車,鉄道車両,自動車,光学機械,精密機器,繊維など各種の工業が立地。復興した市街には,ドイツ最古の劇場建築といわれる建物を利用した自然史博物館をはじめ,州立博物館,タペストリー美術館など数多くの博物館,美術館,画廊があり,教育機関も多く,文化,教育の中心地でもある。西方の丘陵地にあるビルヘルムスヘーエ公園は,最頂部にヘラクレス像が建つ宮殿と多段式のカスケードを備えた広大な森林公園で,2013年世界遺産の文化遺産に登録された。人口 19万4774(2010)。

カッセル
Cassel, (Karl) Gustav

[生]1866.10.20. ストックホルム
[没]1945.1.14. エンチェピング
スウェーデンの経済学者。価値無用論,貨幣理論,自由競争原理への信奉をもって知られ,購買力平価説を展開した。 1920年のブリュッセル会議,21年の国際連盟金融会議で,国際金融問題への発言により世界的に知られ,また数々の国際商工会議所の会議へのスウェーデン代表となって活躍。 1904~33年ストックホルム大学の経済学教授。主著『社会経済学原論』 Theoretische Sozialökonomie (1918) ,『貨幣および外国為替論』 Money and Foreign Exchange After1914 (22) 。

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百科事典マイペディア 「カッセル」の意味・わかりやすい解説

カッセル

スウェーデンの経済学者。ストックホルム大学教授(1904年−1933年)。財の希少性の原理によって経済理論を構成,価値無用論を唱えて価格で経済現象を説明した。特に購買力平価が外国為替相場を決定するとする説が著名。第1次大戦後の経済混乱期に国際金融問題の専門家として活躍した。主著《社会経済の理論》。
→関連項目スウェーデン学派

カッセル

ドイツ中部,ヘッセン州の都市。フルダ川に臨む。自動車・車両・繊維工業が行われる。913年にはすでに知られていた。13―16世紀半ばまでヘッセン方伯領の主都。第2次大戦中爆撃を受けた。15―17世紀絵画の収集で知られる博物館,ゴシック建築の教会,ウィルヘルムスヘーエ城などがある。19万6500人(2011)。

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世界大百科事典(旧版)内のカッセルの言及

【ヘッセン】より

…ドイツ中西部の州(ラント)。歴史的には旧ドイツの領邦国家ヘッセン・カッセルHessen‐Kasselとヘッセン・ダルムシュタットHessen‐Darmstadtを母体としている。面積2万1112km2,人口598万(1995)。…

【ドクメンタ】より

…ドイツのカッセルで,原則として4年ごとに開かれる国際美術展。同地の美術学校教授A.ボーデらの提唱で1955年創設。…

【ヘッセン】より

…ドイツ中西部の州(ラント)。歴史的には旧ドイツの領邦国家ヘッセン・カッセルHessen‐Kasselとヘッセン・ダルムシュタットHessen‐Darmstadtを母体としている。面積2万1112km2,人口598万(1995)。…

【為替理論】より

…そこで,きわめて簡便に均衡為替相場を推定できる方法として購買力平価説がある。これはK.G.カッセルによって主張されたもので,外国為替市場を均衡させる為替相場は両国の物価水準の比によって定まるというものである。これを購買力平価という。…

【希少性の原理】より

…経済学において希少性とは,生産資源やそれから生産される財やサービスの利用可能量が,人間の欲望をみたすためには不足している状態をいう。すべての資源や財およびサービスの経済的価値はそれらの希少性に依存している,という考え方がかなり古くから述べられていたが,それをG.カッセルは希少性の原理と名づけた。生産資源そして財やサービスが希少であるかぎり,選択と排除という問題が生じる。…

【購買力平価説】より

…自由変動為替相場制のもとで,日々変動する外国為替相場(以下,為替相場と略称する)に中心ないし基準となる均衡為替相場があり,それは自国と外国の物価水準の比によって定まるとするG.カッセルの説。この均衡為替相場を購買力平価という。…

【スウェーデン学派】より

…19世紀末から20世紀前半にかけてのスウェーデンの経済学者たちの考え方を一括してスウェーデン学派と呼ぶことが多い。J.G.K.ウィクセルG.カッセルなどストックホルムを中心として活躍した経済学者たちの流れをくむ人々が多く,ストックホルム学派Stockholm school,あるいは北欧学派と呼ばれることもある。 ウィクセルは,ワルラスの一般均衡理論に対して,ベーム・バウェルクなどのいわゆるオーストリア学派の経済学者の考え方を取り入れて,資本主義経済における経済循環の動学的な分析を展開した。…

※「カッセル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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