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キトラ古墳 キトラこふん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

キトラ古墳
キトラこふん

奈良県高市郡明日香村阿部山にある円墳高松塚古墳の南約 1.5kmに位置する。直径約 14.5m,高さ約 3m。7~8世紀につくられた皇族あるいは貴族の墓と推定されており,横口式石槨 (よこぐちしきせっかく) をもつ。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

キトラ古墳

1983年と98年、2001年のカメラによる調査で、方角の守護神「四神」、獣頭人身の「十二支像」、東アジア最古とされる「天文図」の壁画が見つかった。高松塚古墳(特別史跡、同村平田)に次いで、国内2例目の極彩色の本格的な壁画。壁画の描かれたしっくいが崩落寸前で、文化庁が04年に壁画のはぎ取りを決定。10年にはぎ取りを終えた。壁画は仮設施設で修理中だが、古墳近くに16年度中に完成する「体験学習館(仮称)」で保存・展示される予定。

(2013-11-07 朝日新聞 朝刊 奈良1 1地方)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル大辞泉の解説

きとら‐こふん【キトラ古墳】

《「キトラ」は地名「北浦」からという》奈良県明日香村阿部山にある二段築成の円墳。特別史跡。直径約14メートル、高さ約3.3メートル。7世紀後半から8世紀にかけて築造されたものと考えられる。昭和58年(1983)以来の調査で、石槨(せっかく)の四方に青竜(せいりょう)白虎(びゃっこ)玄武(げんぶ)朱雀(すざく)の四神図と十二支像、天井に天文図のあることが判明した。平成16年(2004)から、修復・保存のため壁画全図のはぎ取りが行われた。

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百科事典マイペディアの解説

キトラ古墳【キトラこふん】

奈良県高市郡明日香村にある古墳時代終末期(7世紀末−8世紀初め)の古墳(特別史跡)。高松塚古墳の南約1kmにあり,直径約14m,高さ4mの円墳。1983年ファイバースコープにより石槨(せっかく)北壁に玄武の壁画が発見され,のちに西壁の白虎,南壁の朱雀,東壁の青竜(劣化)と四神図や,天文図(高松塚に次ぐ2例目)も発見され注目された。
→関連項目装飾古墳

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知恵蔵miniの解説

キトラ古墳

奈良県高市郡明日香村の南西部、飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区の南に位置する古墳。亀虎古墳とも表記される。二段築成作りの円墳で、上段は直径9.4メートル、高さ2.4メートル、テラス状の下段は直径13.8メートル、高さ90センチ。築造年代は7~8世紀とみられ、1978年頃から存在が知られるようになった。83年、ファイバースコープによる探査が行われ、石室の奥壁に中国の神「玄武」の壁画が発見された。さらに98年、2001年の調査により、東西南北の四壁に四神の青龍・白虎・朱雀・玄武が、天井や傾斜部に天文図が描かれていることが判明。天文図は、現存するものではアジア最古であり、世界最古のものである可能性もある。2000年7月に国の史跡に指定され、同年11月には特別史跡に指定された。石室内にカビが発生したため、04年8月より文化庁が修復・保存のためのはぎ取り作業を開始し07年に終了、奈良文化財研究所が保存・研究などを行っている。14年春、彩色壁画が東京・上野の東京国立博物館で特別公開される予定。

(2013-9-19)

出典|(株)朝日新聞出版発行
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国指定史跡ガイドの解説

キトラこふん【キトラ古墳】


奈良県高市郡明日香村阿部山にある古墳。小高い阿部山の南斜面に位置し、名称の「キトラ」は周囲の字名の「北浦」の転訛といわれる。1983年(昭和58)、石室内の彩色壁画に玄武が発見されて注目を集め、2000年(平成12)には国の史跡に指定され、その後、特別史跡に指定された。2段築成の円墳で、四神を描いた壁画があるなどの類似点から高松塚古墳の「兄弟」ともいわれるが、壁画などにみられる唐の文化的影響が高松塚古墳ほどには色濃くないことから、遣唐使が日本に帰国する以前の7世紀末から8世紀初めごろの古墳とみられている。古墳上段が直径9.4m、高さ2.4m、テラス状の下段が直径13.8m、高さ90cm。石槨(せっかく)は凝灰岩の切り石を組み合わせて作られており、内部は幅約1m、長さ約2.6m、高さ約1.3m。内壁・天井には漆喰(しっくい)が塗られ、壁画がほどこされている。古墳の天井に描かれている天文図は東アジア最古の現存例であり、青龍・白虎・玄武・朱雀の四神すべてが現存している例は国内では初めてのことである。近畿日本鉄道吉野線飛鳥駅から徒歩約15分。

出典|講談社
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

キトラ古墳
きとらこふん

鬼虎古墳とも書く。奈良県明日香(あすか)村の阿武山にある直径13.8メートル、高さ3.3メートルの二段築成の円墳。国の特別史跡。家形の特殊な構造の石槨(せっかく)をもつ。1983年(昭和58)に、南側の盗掘坑からファイバースコープを挿入した調査で、石槨内北側の漆喰(しっくい)塗りの白壁の上に、中国古代の四方を支配する神である四神のうち、北の方位神である玄武(げんぶ)が描かれていることが判明した。このときはスコープが壊れたため、調査は打ち切られた。その後98年(平成10)3月に明日香村と奈良国立文化財研究所(現、奈良文化財研究所)の調査団によって、ふたたび同じ盗掘坑より超小型カメラを挿入して調査が行われた。この結果、北の玄武以外にも東壁に青竜(せいりゅう)、西壁に白虎(びゃっこ)が描かれていることが確認された。青竜の上には日像、白虎の上には月像があり、さらに、天井石中央には天体の運行線が表された星宿図(せいしゅくず)が描かれていた。この星宿図は星の運行の基準を示す同心円や太陽の軌道を表す黄道、さらには天の川や北斗七星、オリオン座なども表現されており、高松塚古墳(キトラ古墳の北約1キロメートルに位置し、同様の四神や星宿図の壁画をもつ)よりも本格的なものである。これは中国の星宿図を模したものと考えられるが、星の運行の基準線を示す赤道と太陽の軌道である黄道が交わる位置(春分・秋分点)が本来の位置よりもずれているなどの問題点もみられる。
 2001年の調査では、デジタルカメラ撮影によって、南壁にみごとな朱雀(すざく)が描かれていること、さらに東壁北寄りに寅(とら)の顔をもつ獣頭人身十二支像らしき壁画が発見された。その後、04年4月からの文化庁の調査では、赤外線写真撮影によって「寅像」(顔はトラで、首から下は人の姿をしている)の細部が明らかとなり、右手に房飾り付きの矛(ほこ)らしき武器をもつことが判明した。また、北壁の玄武の下方には十二支の子(ね)の像があり、十二支像が東西南北の四壁に描かれていることが確実となった。
 石槨は横口式のもので、幅は約1.32メートル、長さは約2.6メートル、高さは少なくとも1.1メートル以上と推定され、高松塚古墳のものと類似している。ただし天井の形態が、断面が台形をしていて、平天井の高松塚古墳よりわずかに古く、7世紀後半から8世紀にかけて築造されたものと考えられる。内部には土砂が流入しており、副葬品その他についてはこれからの調査をまつ。この古墳は、当時の大陸や朝鮮半島などの先進文化を受容して築造されたものであり、終末期古墳の内容から、被葬者は皇族か貴族の出身者が想定され、この時期の日本と東アジア世界の国際交流を考えるうえで重要な古墳である。[大塚初重]

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