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クーファ al-Kūfa

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クーファ
al-Kūfa

イラク中央部の古都。ユーフラテス川支流のシャットヒンディーヤ川に面し,バグダードの南約 130kmにある。 638年アラブ人により,イラクの軍事的拠点として建設され,第4代正統カリフであるアリー (在位 656~661) の治世に,その首都となった。以後 10世紀まで,イスラム世界における政治,軍事,教育,文化の中心地の一つとして繁栄。 10世紀前半に何回かカルマト派の軍勢に攻撃,破壊され,急速に衰退した。

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デジタル大辞泉の解説

クーファ(Kūfa)

イラク中部、カルバラー州の都市。バグダッドの南約170キロメートル、ユーフラテス川沿いに位置する。イスラム教第2代正統カリフウマルにより建設。ウマイヤ朝時代、ペルシアなどの北東地域へのイスラム拡大の拠点として栄えた。アッバース朝の初期に首都が置かれたが、第2代カリフ、マンスールによりバグダッドに遷都された。

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世界大百科事典 第2版の解説

クーファ【al‐Kūfa】

イラク共和国のカルバラー州にある古都。人口3万。アラビア語で〈円い砂丘〉を意味するが,正しくはナバタイ語で〈赤い砂〉の意。バスラに次ぐイスラム第2の軍営都市(ミスル)で,639年ウマル1世の命でサード・ブン・アビー・ワッカースが現在のクーファに近いユーフラテス川西岸に建設。正統カリフ・ウマイヤ朝時代は,イラク北部やアゼルバイジャンなど北方地域の征服の基地として発展し,またイラクの政治・文化的中心としても,バスラとしのぎを削った。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クーファ
くーふぁ
Kfa

イラク中部、カルバラー州にある町。アラビア語で「円い砂丘」を意味する。639年、第2代カリフであるウマル1世の命によりイラク総督サード・ブン・アビー・ワッカースが、ユーフラテス川西岸、現在のクーファ近郊に建設し、イスラム第二の軍事都市であった。正統カリフ時代、ウマイヤ朝時代は、北東地域へのイスラムの拡大の軍事基地として、またバスラとともにイラクの政治、経済、文化的中心都市として栄えた。第4代カリフ、アリーの牙城(がじょう)であったため、シーア派の反ウマイヤ朝運動の根拠地でもあった。アッバース朝に入り、首都バグダードが建設されると、政治的、経済的重要性が失われたが、イスラム諸学の中心地としてバスラと覇を競った。[花田宇秋]

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