電磁気学の基本方程式であるマクスウェルの方程式をベクトルポテンシャルで書き直すことは非常に便利なことである。しかし,決まった電場,磁場に対してベクトルポテンシャルは一意的には決まらない。これをゲージの不定性という。場の理論で,例えば電子と光の相互作用を記述するためにはベクトルポテンシャルを用いることがどうしても必要であり,したがってゲージの不定性は本質的な意味をもつといえる。電場や磁場のような観測可能な量を不変に保ちながらベクトルポテンシャルを変える変換をゲージ変換といい,ゲージの不定性はゲージ変換によって完全に記述される。電場や磁場だけでなく,エネルギーや電流などすべての観測可能量はゲージ変換に関して不変であることが要請され,一般にこのような意味でゲージ変換に関して不変な理論をゲージ理論という。電磁気学は代表的なゲージ理論である。
電磁理論がアーベル群に基礎を置いたゲージ理論であるのに対し,1954年にC.N.ヤンとR.L.ミルズはこれを拡張して非アーベル群に基づくゲージ理論を考案した。アーベル群に基づくゲージ理論としての電磁気学では,ゲージ場としての光の場は電荷をもっていないが,非アーベル群に基づくゲージ理論ではゲージ場自身が電荷に対応する物理量をもち,ゲージ場自身の間の自己相互作用が生ずる。このことが非アーベル群に基づくゲージ理論のきわだった特性になっている。具体的にアーベル群に基づくゲージ理論と非アーベル群に基づくゲージ理論の物理的な相違の典型的なものとして,前者ではエネルギーが小さいところで相互作用が消え去るように見えるのに反し,後者ではエネルギーが高いところで相互作用がなくなるように見えることがあげられる。また後者では,低エネルギー領域で,いいかえれば距離が離れたところで非常に大きな力が働くと考えられ,この大きな力がクォークを素粒子の中に閉じ込めていると推測される。
強い相互作用も,また弱い相互作用と電磁相互作用を統一する理論も非アーベル群に基づくゲージ理論で記述されると思われているが,両者には一つ重要な相違点がある。前者ではゲージ不変性は決して破れることはないと考えられるが,後者ではそれが少なくとも見かけ上は破れているように見えることである。このために相互作用を担う粒子としてのゲージ粒子のうち,弱い相互作用に関連するWやZと呼ばれる粒子が有限の質量をもってしまう。これに対し,ゲージ粒子の一種で電磁相互作用に関連する光は質量をもたず,一方,強い相互作用のゲージ粒子であるグルオンは質量をもたない。また重力相互作用のゲージ粒子であるグラビトンも質量がないと考えられている。
このように,強い相互作用も,また弱い相互作用と電磁相互作用を統一する理論もゲージ理論であり,さらにアインシュタインの重力理論はそれ自身でゲージ理論であることから,現在では,すべての相互作用はゲージ理論で統一的に理解されうるのではないかと考えられている。
→相互作用
執筆者:菅原 寛孝
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局所的な変換に対して不変な場の理論をいう。局所的な変換とは場所ごとに変換の角度が自由に選ばれた変換をいう。ゲージgaugeという学術語はワイルにより導入され、電磁相互作用をゲージ理論として認識した。この考えをヤン(楊振寧)とミルズRobert L. Mills(1927―1999)は、任意の内部自由度(時空と独立な自由度)に対する対称性に拡張した。このため非可換群に基づいたゲージ理論はヤン‐ミルズ理論ともよばれる。ヤンとミルズの理論発表の直後に内山龍雄は、重力の理論である一般相対論も一種のゲージ理論であることを示した。今日知られている素粒子の相互作用の理論、すなわち電磁相互作用と弱い相互作用の統一理論であるワインバーグ‐サラムの理論(WS理論)も、クォークの力学である量子色(いろ)力学(QCD)もすべてゲージ理論である。WS理論とQCDの大統一ゲージ理論が大きな関心をよんでいる。ゲージ理論は数学では接続の幾何学、すなわちファイバー・バンドルの理論に対応する。
[益川敏英]
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