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コット コット Kott, Jan

8件 の用語解説(コットの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コット
コット
Kott, Jan

[生]1914.10.27. ワルシャワ
[没]2001.12.22. サンタモニカ,カリフォルニア
ポーランドの演劇学者,文芸評論家。 1936年ワルシャワ大学卒業。第2次世界大戦中は地下活動に加わり,ナチスに抵抗。戦後はワルシャワ大学教授として教鞭をとるかたわら,サルトルイヨネスコらの戯曲を翻訳。

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コット
コット
cotte

13~15世紀に西洋の男女が着用したチュニック風の長上衣やワンピース。それまでのゆったりした表着ブリオー bliautに代って登場し,上にシュールコット surcotを重ね着することも多かった。

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百科事典マイペディアの解説

コット

フランス,ロココ時代の建築家。フランス王室付建築家の家に生まれ,初めJ.H.マンサールの下で働いた。1689年王室付建築家,1708年首席建築家となり,ベルサイユ宮殿の礼拝堂の建築をはじめ,ノートル・ダム大聖堂の改修,マドリードの王宮プラン作製などに携わった。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

コット Cotte, Joseph

1875-1949 フランスの教育者。
1875年8月25日生まれ。小泉八雲の著作をよんで日本にあこがれ,明治41年(1908)来日。東京帝大でラテン語,古典文学などをおしえる。大正2年東京神田にアテネ-フランセを創立した。昭和24年5月23日東京で死去。73歳。リヨン大卒。

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世界大百科事典 第2版の解説

コット【cotte】

13世紀以来ヨーロッパの男女が着用した,一般には袖つきの毛織物チュニック。長袖の肌着(シュミーズ)の上に外衣(シュルコ)とアンサンブルで着る。袖なしスリット入りの働き着も,上質のウールや絹で仕立てた立襟広袖つきのおしゃれ着もあった。男性用の短い上衣(プールポアン)が流行するに伴い,16世紀以後すたれ,女性の下着用ローブ,次いでペティコートの類を指すようになった。【井上 泰男】

コット【Jan Kott】

1914‐ 
アメリカの演劇学者。ポーランドのワルシャワに生まれ,パリに学んでシュルレアリスムの影響を受けた。第2次大戦前後はマルクス主義者として評論を発表。その後実存主義に近づき,シェークスピア劇を現代の政治や哲学を手がかりに理解した《シェークスピア論集》(1961。後に《シェークスピアはわれらの同時代人》と改題)によって,1960年代のシェークスピア上演や解釈に世界的影響を与えた。他の著作にはギリシア悲劇構造主義文化人類学によって理解した《神々の肉の宴》(1973)がある。

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大辞林 第三版の解説

コット【Jan Kott】

1914~2001) アメリカの演劇学者。ポーランド生まれ。マルクス主義・実存主義・構造主義などに拠って演劇論を展開。著「シェークスピアはわれらの同時代人」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

コット
こっと
Jan Kott
(1914―2001)

ポーランド出身のアメリカの演劇学者。超現実主義マルクス主義に接したのち、シェークスピア劇を実存主義的に解釈した『シェークスピア論集』(1961。のちに『シェークスピアはわれらの同時代人』と改題)によって世界的名声を得た。この本は旧来のロマンチックなシェークスピア上演に対する批判の理論的根拠となり、ピーターブルックなどの演出家に大きな影響を与えた。ほかの著作には、ギリシア悲劇をやはり現代的に解釈した『神々の肉の宴(うたげ)』(1973)、戦中から戦後にかけての波瀾(はらん)に富んだ人生の回想録『私の物語』(1990)などがある。[喜志哲雄]
『蜂谷昭雄・喜志哲雄訳『シェイクスピアはわれらの同時代人』新装版(1992・白水社) ▽関口時正訳『私の物語』(1994・みすず書房) ▽坂倉千鶴訳『カディッシュ タデウシュ・カントルに捧ぐ』(2000・未知谷)』

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世界大百科事典内のコットの言及

【コート】より

…日本では外套ともいう。語源は,西ヨーロッパ中世に着用されたコットcotteに由来する。外側に着る同種のガウン,ローブ,マント,ジャケットなどとの区別は歴史的に明らかでないが,今日では丈の短い上衣のジャケットとは区別して使われる。…

【コート】より

…日本では外套ともいう。語源は,西ヨーロッパ中世に着用されたコットcotteに由来する。外側に着る同種のガウン,ローブ,マント,ジャケットなどとの区別は歴史的に明らかでないが,今日では丈の短い上衣のジャケットとは区別して使われる。…

【フランス】より

…1907年日仏協約が結ばれ,12年には日仏銀行,日仏協会が設立された。翌13年にはコットJoseph Cotte(1875‐1949)が東京にアテネ・フランセを開いて,フランス語,フランス文学,ギリシア・ラテン語の教授を始め,多くの日本人をフランス文化に開眼させた。旧制高校のドイツ語教育を軸とするドイツ文化の影響の前に,幕末以来のフランス嗜好が衰えるのを憂えたフランスは,第1次大戦後まずジョッフル元帥を訪日させ,続いて東洋学者クーランをはじめ多くの使節を送ってきた。…

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