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サリバン サリバン Sullivan, Sir Arthur (Seymour)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サリバン
サリバン
Sullivan, Sir Arthur (Seymour)

[生]1842.5.13. ロンドン
[没]1900.11.22. ロンドン
イギリスの作曲家。 1853年宮廷礼拝堂の合唱隊に入り,56年王立音楽院入学,58~61年ライプチヒ音楽院留学,66年王立音楽院の作曲科教授。 71年来,劇作家 W.ギルバートと組み,90年両者が別れるまで多くのギルバートサリバンオペラ (サボイ・オペラ) を作った。

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サリバン
サリバン
Sullivan, Harry Stack

[生]1892.2.21. ニューヨークノリッジ
[没]1949.1.14. パリ
アメリカ精神医学者。新フロイト派に属するが,フロイトの影響は比較的少い。精神医学を人間関係の研究としてとらえ,分裂病や精神療法の理論に貢献,第2次世界大戦後は国際間の緊張緩和精神病理学的概念を適用することに努力。

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サリバン
サリバン
Sullivan, John

[生]1740.2.17. ニューハンプシャー,サマーズワース
[没]1795.1.23. ニューハンプシャー,ダラム
アメリカの軍人,政治家。 1779年のニューヨーク西部におけるイロコイ語族インディアンの掃討戦の指揮官として有名。 74年ニューハンプシャー植民地協議会の一員となり,第1回大陸会議の代表として出席。

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サリバン
サリバン
Sullivan, John L.

[生]1858.10.15. マサチューセッツ,ロックスバリ
[没]1918.2.2. マサチューセッツ,アビントン
アメリカ合衆国のプロボクサー。本名 John Lawrence Sullivan。1878年にプロボクシングを始め,1882年ベアナックルヘビー級チャンピオンとなる。1889年ロンドン・プライズリング (ベアナックル) 時代最後の試合でイギリスのジェーク・キルレインを破り世界チャンピオンとなった。

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サリバン
サリバン
Sullivan, Louis

[生]1856.9.3. マサチューセッツ,ボストン
[没]1924.4.14. イリノイシカゴ
アメリカ合衆国の建築家。フルネーム Louis Henry Sullivan。アメリカ近代建築の先駆者。マサチューセッツ工科大学,パリのエコール・デ・ボザール,フィラデルフィアのファーネス・アンド・ヒューイット事務所で学んだのち,ウィリアム・ル・バロン・ジェニーの事務所をはじめシカゴのいくつかの建築事務所を経て 1879年,ダンクマール・アドラーの事務所に入り,1881年からは共同経営者となった。

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デジタル大辞泉の解説

サリバン(Arthur Seymour Sullivan)

[1842~1900]英国の作曲家。台本作家ギルバートと組んで多くのコミックオペラを作曲。代表作に「ミカド」など。

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百科事典マイペディアの解説

サリバン

英国の作曲家。アイルランド人を父にロンドンに生まれ,生地の王立音楽院とライプチヒ音楽院に学ぶ。1866年母校の王立音楽院教授に就任。カンタータオラトリオ,交響曲などの作品もあるが,特にW.S.ギルバートの台本による多くのオペラ,いわゆる〈ギルバート=サリバン・オペラ〉で成功した。

サリバン

米国の建築家。ボストン生れ。マサチューセッツ工科大学を卒業後パリ美術学校に学んだ。1881年構造技術家アドラーと協力してシカゴに事務所を開き,1895年まで共同制作,機能主義建築を提唱し,シカゴ派中心人物として米国近代建築の開拓者の一人となった。
→関連項目ライト

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世界大百科事典 第2版の解説

サリバン【Arthur Seymour Sullivan】

1842‐1900
イギリスの作曲家。ローヤル音楽アカデミーやライプチヒ音楽院に学び,1866年ローヤル音楽アカデミー教授,76‐81年ナショナル音楽学校校長,71年台本作者のW.S.ギルバートと組んでオペラ《セスピス》を発表して以来,《軍艦ピナフォア》(1878)や《ミカド》(1885),《ゴンドリエ》(1889)などいわゆる〈ギルバート・サリバン・オペラ〉を数多く世に出した。これらは19世紀イギリスを代表するオペラに数えられる。

サリバン【Harry Stack Sullivan】

1892‐1949
アメリカの代表的な精神医学者。新フロイト派ないし文化学派に属し,正統的な精神分析が生物学的要因を重視したのに対して,社会的,文化的要因の影響を重視し,〈対人関係の学〉としての精神医学を作り上げた。アイルランド系移民の子として,ニューヨーク州で生まれた。ワシントンでC.トンプソン教育分析を受け,1923年から30年まで,シェパード・アンド・イノック・プラット病院で,当時としてはきわめて先駆的な,分裂病に対する積極的な精神療法を推し進めた。

サリバン【John Lawrence Sullivan】

1858‐1918
アメリカのプロボクサー。マサチューセッツ州出身。アイルランド移民の家に生まれる。1878年にプロボクサーとなり,82年にパディ・ライアンを倒し,素手で戦うベアナックルのヘビー級チャンピオンとなった。89年にキルレーンと75ラウンドを戦った試合は有名である。これが素手で争われたヘビー級タイトル戦の最後となった。91年にJ.J.コーベットに敗れるまで王座を保持し,〈偉大なジョン〉〈ボストンの豪勇少年〉と呼ばれた。

サリバン【Louis Henry Sullivan】

1856‐1924
アメリカの建築家。ボストン生れだが,中西部で活躍。19世紀末のシカゴの発展を背景に,高層ビル建築を推進した建築家の一群〈シカゴ派Chicago School〉の最大の指導者。有名な〈形態は機能に従う〉という機能主義建築の定義づけでも知られる。1881年アドラーDankmar Adlerと事務所を開き,オーディトリアム・ビル(1886)で名声を得,ウェンライト・ビル(1891),ギャランティ・ビル(1894)などによりシカゴを中心とする中西部独特の高層商業ビルの様式を確立する。

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大辞林 第三版の解説

サリバン【Sullivan】

〔Anne Mansfield S. Macy〕 (1866~1936) ヘレン=ケラーの家庭教師。献身的な指導によりヘレンの才能を引き出した。
〔Arthur Seymour S.〕 (1842~1900) イギリスの作曲家。劇作家ウィリアム=ギルバートと組んで「ミカド」など多くのコミック-オペラを発表。
〔Harry Stack S.〕 (1892~1949) アメリカの精神医学者。新フロイト派の精神分析学者。精神分裂病(統合失調症)の治療・研究に成果をあげ、対人関係の学としての精神医学を樹立した。
〔Louis Henry S.〕 (1856~1924) アメリカの建築家。機能主義の先駆者。代表作にシカゴのオーディトリアム、カーソン-ピリー-スコット百貨店などがある。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のサリバンの言及

【オペレッタ】より

…一方ベルリン風オペレッタはリンケR.Lincke(1866‐1946)の《ルーナ夫人》(1899)に始まり風刺や活力あふれる簡潔なオペレッタが書かれ,第2次大戦後はアメリカのミュージカルの逆輸入によって1948‐65年に130以上ものオペレッタが作曲された。イギリスでも1875年ころからA.S.サリバンが《ミカド》(1885)その他の風刺的作品で評判をとり,彼の作品はニューヨークで上演されアメリカにオペレッタ旋風を送る。V.ハーバートはJ.シュトラウスのオペレッタにならった作品を書いたが,J.カーンの《ショー・ボート》あたりからミュージカルへと移っていった。…

【ギルバート】より

…1860年代に滑稽詩やバーレスク劇を発表し始めたが,最も有名な作品は1871年から96年にかけて上演された14編の音楽劇である。これらはA.S.サリバンが曲,ギルバートがせりふと詞を作ったもので,その多くがロンドンのサボイ劇場で演じられたため〈サボイ・オペラ〉と呼ばれることがある。《軍艦ピナフォア号》(1878初演),《ペンザンスの海賊》(1879初演),《ペーシェンス》(1881初演),《ミカド》(1885初演),《ゴンドラの舟人》(1889初演)などが代表作。…

【サボイ・オペラ】より

…イギリスの劇作家W.S.ギルバートが台本と詞,イギリスの作曲家A.S.サリバンが曲を書き,1871年から96年にかけて発表された14編のオペレッタ。サリバンの初期の作品の収益によりドイリー・カートRichard D’Oyly Carteが建てた劇場が1881年にサボイ劇場として開場し,以後はここがおもな上演場所となったため,〈サボイ・オペラ〉の名がある。…

【性格】より

…彼は人格の漸成的発達の理論として八つの年代の発達図式を提示した。新フロイト派に属するアメリカの精神医学者H.S.サリバンの発達理論は認知3段階とそれに対応する言語発達段階から構成される。人格の形成を対人関係の場における経験が決定してゆく過程としてとらえ,人格そのものが人間相互関係の状況の比較的持続するパターンであり一種の仮説的存在にすぎないとみている。…

【精神分析】より

…いわゆる新フロイト派は,アメリカにおける正統精神分析学派に対する批判者の一群であるが,フロイトの生物学主義的な本能論と決別し,パーソナリティの形成や神経症の発生に関し,文化的・社会的要因を強調する点で共通する。この派に入れられる最大の人物はH.S.サリバンであった。彼は精神分析とはいわず精神医学それ自体が〈対人関係の学〉にほかならぬことを強調し,フロイトの精神性的発達は,子どもと親との対人関係の様態の焦点を示すものであると考えた。…

【ボクシング】より

…その基盤には,開拓者による農村型経済から都市型社会に次第に変貌しつつあったアメリカの経済発展があった。1891年ニューオーリンズで行われたタイトルマッチ,クインズベリー・ルール下での最初の世界ヘビー級チャンピオンと認められたサリバンJohn Lawrence SullivanとコーベットJames J.Corbett(アメリカ,1866‐1933)の一戦が,それまでの果し合い的な見せ物から,スポーツ・ボクシングの興行へと成長する大きな節目となった。圧倒的な人気を誇った豪腕サリバンは,ベアナックル時代そのままの戦法で一撃必倒のパンチを狙い,一方,カリフォルニアのアマチュア・クラブで育った元銀行員のコーベットは,優雅なフットワークと軽快なジャブでこれをかわす。…

【アメリカ美術】より

…南北戦争前後にはハントRichard Morris Hunt(1828‐95)に代表されるギリシア様式とゴシック様式,ルネサンス様式の折衷が見られた。この傾向を批判的に乗り越えようとしたのが20世紀初頭のL.H.サリバン,F.L.ライトたちの〈シカゴ派〉で,工業技術の進歩を背景に鉄骨構造の商業的高層ビルを発達させ,スカイスクレーパー(摩天楼)の端緒をひらいた。1920年代に入ると消費社会に適合するマーケットからモーテルにいたる機能的な様式が現れ,30年代のWPA計画ではローコストによるハウジングと並行して古典様式や国際様式が出現している。…

【機能主義建築】より

…同じウィーンで活躍したA.ロースは〈装飾は罪悪なり〉と断じ,歴史様式からの決別を促した。他方,アメリカのL.H.サリバンは〈形態は機能に従う〉といい,近代資本主義が建築に要求する経済性をとらえ,強い説得力を持って語り継がれた。その後の近代建築家も社会が要求する機能に常に関心を払い,たとえば丹下健三は〈美しきもののみ機能的である〉といい,アメリカのL.I.カーンは〈機能は形態を啓示する〉などさまざまな論の提示がなされている。…

【近代建築】より

…アール・ヌーボーの代表的作例であるオルタによるタッセル邸(1892‐93)やギマールによるパリの地下鉄入口では,創意に満ちた曲線的モティーフが見られた。同時にアール・ヌーボーの周辺では,〈シカゴ派〉に属するL.H.サリバンが高層ビルの原型を実現しつつあり,グラスゴーではマッキントッシュがオーストリアに影響を与えることになる直線的様式を発展させつつあり,またスペインのガウディは,ゴシック原理に基づきつつ,うねるような曲線を多用した独自の造形を追究していた。北欧やオランダでは中世建築の手づくりの造形を新しく再生させる試みがつづけられ,20世紀に入ってから,〈アムステルダム派〉を形成してゆく。…

【シカゴ】より

…再建にあたり市は中心街での木造建築を禁じ,煉瓦,石,鉄の使用を義務づけ,保険会社の政策もその傾向を助長した。シカゴは建築家にとって絶好の市場となり,のちに多数のスカイスクレーパー(摩天楼)を設計・建築したL.H.サリバンをはじめ多くの建築家をひきつけた。サリバンは73年,シカゴに移住してジェニーWilliam Le Baron Jenneyの弟子となったが,ジェニーは最初の鉄筋建築ホーム・インシュアランス・ビル(1885完成)を建て,シカゴに摩天楼の時代を開く(シカゴ派)。…

【超高層建築】より

…アメリカにおけるポストモダニズムと東南アジアの超高層建築ブーム)である。
[高層建築の誕生]
 W.L.B.ジェニーやL.H.サリバンらの建築構造技術者や建築家らは,在来工法であった組積造の建築に代わり,当時開発されたばかりのベッセマー鋼と鋳鉄を柱やはりといった構造部材として採用した,〈シカゴ構造Chicago Construction〉と呼ばれる高層建築をシカゴの町に次々と建設していった。それらは当時実用段階に入り始めていた電動式エレベーターや水圧エレベーターを備えていたため,従来4~5階建てであったシカゴの町のスカイラインを一新した。…

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