中世インドの宗教家,哲学者。ベーダーンタ学派の中の不二一元論派の開祖。伝説によれば,南インド,ケーララ州のカーラディでナンブーディリというバラモン階級の出身という。幼にして父を失い,出家してゴービンダGovindaに師事。全インドを遊行し,他の学派の指導者と議論を戦わせ,おそらく仏教の精舎(ビハーラvihāra)をまねて正統バラモン教史上はじめて僧院(マタmaṭha)を建立したといわれる。彼の一生は短く,わずか32歳(あるいは38歳)でヒマラヤ地方のケーダールナータで没したという。主著は《ブラフマ・スートラ注解Brahmasūtrabhāṣya》である。このほか《ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド》などの重要な古ウパニシャッドに対する注釈,《バガバッドギーター》に対する注釈,それに独立作品《ウパデーシャ・サーハスリーUpadeśasāhasrī》などがある。ベーダーンタの伝統は,シャンカラが活躍する以前に深く仏教の影響をうけ仏教化していた。彼はこのようなベーダーンタの思想潮流を,その原点であるウパニシャッドに立脚して本来のベーダーンタ哲学へ大きく転回させようとした,ベーダーンタ哲学史上一時期を画す改革者であった。
シャンカラの哲学の目指すものは他のインド諸哲学体系と同様に,輪廻からの解脱である。彼が教えている解脱への手段は宇宙の根本原理であるブラフマンbrahman(梵)の知識である。これは自己の中にある本体すなわちアートマンātman(我)はブラフマンと同一であるという,ウパニシャッドの梵我一如にまでさかのぼる真理である。身体を含めたいっさいの現象世界は一種の質料因である物質的な〈未開展の名称・形態avyākṛte nāmarūpe〉から展開したものである。純粋有であり,純粋に精神的原理であるブラフマンは,この展開した身体の中にアートマンとして入る。したがってブラフマンとアートマンとは同一である。しかも〈未開展の名称・形態〉は,本来非存在であるが,ちょうど薄明の時に綱が蛇のように見られるように,綱に当たるブラフマンに対して無明avidyāのために誤って付託され,実在するかのように見えるにすぎない。それゆえ,それから展開した身体などの現象世界も,あたかも魔術使の作り出すマーヤー(幻影)のように実在しない。ブラフマンすなわちアートマンのみが真実であり実在すると主張した。
このような幻影主義的一元論を不二一元論Advaitaという。この理論によれば,われわれの内にあるアートマンは,ブラフマン同様,不変常住・常住解脱者・不二・無欲・不老・不畏であるはずであるが,現実の人間はまったく逆の状態にあり,輪廻に苦しんでいる。この矛盾は無明に起因する。輪廻とはアートマンと非アートマンとを区別する明智を持たないことであり,解脱とはそれを得ること,すなわち無明を滅することにほかならない。後代に与えた彼の影響は大きく,今日も伝統的学者の多くはシャンカラ派に属している。この派の僧院はインド各地に多数存在するが,その中心は南インド,カルナータカ州のシュリンゲーリSringeriにある。
執筆者:前田 専学
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インドの宗教家、哲学者。インド哲学の主流をなすベーダーンタ学派のなかの不二一元論(ふにいちげんろん)派の開祖。その生涯を正確に知る資料はないが、伝説によれば、南インドのケララ州カーラディでナムブーディリというバラモン階級の子として生まれた。幼いときに父を失い、出家してゴービンダGovindaに師事。全インドを遊行(ゆぎょう)し、他の諸学派の指導者たちと議論を闘わせ、スレーシュバラSureśvara(720ころ―770ころ)らの弟子を得、正統バラモン教史上初めて僧院を建立。この派の僧院は今日インド各地に存在するが、総本山は南インドのカルナータカ州シュリンゲーリにあり、そのほか東部のプリー、西部のドバーラカー、ヒマラヤ地方のバダリナータ、タミル・ナド州のカーンチーにある僧院が主要なもの。それらの僧院の長はシャンカラ・アーチャーリヤ(師)といわれる。彼の生涯は短く、伝説では32(または38)歳でヒマラヤ地方のケーダールナータで没したという。彼には300点を超える著作が帰せられているが、大部分は偽作と考えられる。主著はベーダーンタ学派の根本聖典に対する現存最古の注釈『ブラフマ・スートラ注解』。このほか真作と考えられる作品には『ブリハッド・アーラニヤカ』などの古ウパニシャッドに対する注解があり、独立作品で真作と思われるものに『ウパデーシャ・サーハスリー』がある。シャンカラの哲学の目ざすものは輪廻(りんね)からの解脱(げだつ)であり、その手段は、ウパニシャッドの説く宇宙の絶対原理ブラフマンと個人の本体アートマンとは同一であるという知識である。現実の日常経験がこの真理と矛盾しているのは無明(むみょう)のためであり、肉体を含めたいっさいの現象世界は無明によってブラフマンに付託されたものにすぎず、本来実在しないとして幻影主義的一元論、すなわち不二一元論を説いた。彼の思想が後代に与えた影響は大きく、インド最大の哲学者とみなされ、不二一元論は今日のインドの思想界の主流をなしている。
[前田専學 2018年5月21日]
700頃~750頃
中世インドの哲学者。ヴェーダーンタ学派に属する。南インドのケーララ州のバラモンの家に生まれ,幼く出家し,インド各地を遍歴し,32歳または38歳で没したといわれる。主著はこの学派の根本経典への注釈。主要な古ウパニシャッドや『バガヴァッド・ギーター』への注釈や独立した著作も残す。人間存在の根本原理アートマンは宇宙の根本原理ブラフマンと同一で唯一の実在であるという,ウパニシャッドが説く一元論を再び宣揚した。幻影のように実在しない現象世界を実在と考えるのは,人間の無知に由来する。その無知を滅ぼすことにより輪廻(りんね)からの解脱(げだつ)を得ると知識主義を説き,バクティ運動とは一線を画する。彼の創設した僧院はインド各地に存在し,大きな影響を与えた。
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…ブラフマーはウパニシャッド哲学の最高原理ブラフマン(中性原理)を神格化したもので,宇宙創造神,万物の祖父(ピターマハ)として尊敬されるが,他の2神のように幅広い信仰の対象となることはなかった。シバ神は,《リグ・ベーダ》においてはそれほど重要でなかった暴風神ルドラと同一視され,また,ハラ,シャンカラ,マハーデーバ,マヘーシュバラなどとも呼ばれる。かつて海中から猛毒が現れ,世界を焼き尽くしそうになったとき,シバはそれを飲んだ。…
…ビシュヌやブラフマー(梵天)と並ぶヒンドゥー教の主神。《リグ・ベーダ》のルドラと同一視され,ハラHara,シャンカラŚaṃkara,マハーデーバMahādeva(大天),マヘーシュバラMaheśvara(大自在天)などの別名を有する。彼はまた世界を救うために,太古の〈乳海攪拌〉の際に世界を帰滅させようとする猛毒を飲み,青黒い頸をしているので,ニーラカンタNīlakaṇṭha(青頸(しようきよう))と呼ばれる。…
…5世紀前半に完成したとされる《ブラフマ・スートラ》では,ブラフマンは世界の質料因であると同時に,動力因,つまり最高主宰神でもあり,まったく自律的に世界を開展pariṇāmaすると説かれている。のちにシャンカラは,ブラフマンが世界を開展するのは無明avidyāによるのだとし,《ブラフマ・スートラ》のいわば実在論的一元論を,幻影主義的一元論(不二一元論)に置き換えた。しかし,ブラフマン以外に無明を立てることはサーンキヤ学派的二元論に陥ることを意味し,シャンカラ以降,不二一元論派の学匠の間で,無明の位置づけが激しく議論された。…
…この考えを哲学的に整備したのは,主としてベーダーンタ学派であるが,解釈の仕方は流派によってやや異なる。たとえば,不二一元論を唱えたシャンカラによれば,個我は実はブラフマンにほかならない。そして,輪廻および輪廻する個我が体験する物質世界は,無明,幻(マーヤー)の所産にすぎないという。…
…仏教の影響を強く受けたベーダーンタ学派のガウダパーダの場合には,アートマン,心,あるいは思考のもつ〈神秘的な力〉〈魔術的幻影〉を意味する。不二一元論学派の開祖シャンカラの場合には,〈詐欺〉〈神の神秘的な,人を眩(くら)ます幻力〉〈魔術〉などを意味するにすぎないが,後継者たちの場合にはしばしば無明の同義語で,宇宙の質料因と考えられている。その哲学はマーヤー論といわれ,マーヤーは有とも非有とも定義できないとされる。…
※「シャンカラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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