ジンバブエ(英語表記)Zimbabwe

翻訳|Zimbabwe

大辞林 第三版の解説

ジンバブエ【Zimbabwe】

◇ アフリカ南部にある共和国。もとローデシアと称した内陸国。1980年イギリスから独立。タバコ・トウモロコシを産し、金・クロム・ニッケル等の鉱産物も豊富。首都ハラレ。住民はバンツー系黒人。主要言語は英語・ショナ語。面積39万1千平方キロメートル。人口1300万( 2005)。正称、ジンバブエ共和国。
中部にある遺跡。一一~一五世紀頃に栄えたモノモタパの帝国の都城として建造されたもの。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

ジンバブエ

アフリカ南部の内陸国。人口約1600万人。タバコや綿花などの農業が盛んで、プラチナや金、ダイヤモンドなどの鉱物資源も豊富。世界遺産のビクトリアの滝など観光地としても有名。1923年に英国の植民地になった後、65年に少数派の白人が「ローデシア」として独立を宣言。その後、ムガベ氏らが指導する黒人組織が解放闘争を続け、80年にジンバブエとして独立した。

(2017-11-21 朝日新聞 朝刊 1外報)

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百科事典マイペディアの解説

ジンバブエ

◎正式名称−ジンバブエ共和国Republic of Zimbabwe。◎面積−39万757km2。◎人口−1306万人(2012)。◎首都−ハラレHarare(149万人,2012)。◎住民−ショナ人70%,ヌデベレ人20%,ヨーロッパ人など。◎宗教−キリスト教,民族固有の宗教。◎言語−英語(公用語)のほか,ショナ語,ヌデベレ語などのバントゥー諸語。◎通貨−複数外貨制を導入(米ドル,南アフリカのランドなど)。◎元首−大統領,ムガベRobert Gabriel Mugabe(1924年生れ,1980年3月―1980年12月首相,1987年12月就任,2013年7月6選,任期5年)。◎憲法−1980年4月発効,1987年8月改正(白人特別議席を廃止)。◎国会−二院制。上院(定員93,うち民選60),下院(定員210),いずれも任期5年。最近の選挙は2013年7月。◎GDP−50億ドル(2006)。◎1人当りGNP−340ドル(2005)。◎農林・漁業就業者比率−60.9%(2003)。◎平均寿命−男58.8歳,女60.8歳(2013)。◎乳児死亡率−51‰(2010)。◎識字率−91.9%(2009)。    *    *アフリカ南部の内陸にある共和国。旧称ローデシア。南ア共和国,ボツワナ,ザンビア,モザンビークに囲まれる。国土の大部分が標高500〜1000mの高原で,東部にイニャンガニ山(2595m)がある。北部国境を流れるザンベジ川にカリバ・ダムがあり,南部国境をリンポポ川が流れる。気候は熱帯性であるが高地ではしのぎやすい。金,アスベスト,石炭,クロム,銅などの鉱産に恵まれ,タバコ,食品加工,金属,繊維などの工業が発達する。農産物ではタバコが最も重要で,茶,トウモロコシ,ジャガイモ,綿花などの産も多い。牛・羊の畜産もある。 古くはジンバブエ遺跡が知られるが,19世紀後半に欧州人の侵略が始まり,1889年セシル・ローズがイギリス南アフリカ会社を創立,統治権を確立した。のちローズにちなんでローデシアと命名された。1911年北ローデシア(ザンビア)と分離,1923年英自治領南ローデシアとなった。1953年北ローデシア,ニヤサランド(マラウイ)とともに連邦を形成したが,1963年に連邦は解体した。1965年少数白人のローデシア戦線が英国から一方的独立を宣言して以来,混乱と内戦が続いた。1979年〈黒人多数支配下の独立〉で合意が成立,1980年2月独立総選挙でムガベの率いるジンバブエ・アフリカ民族同盟(ZANU)が圧勝,4月独立した。1987年の憲法改正によって,国会での白人特別議席が廃止され,ムガベが実権のある大統領職についた。2003年12月イギリス連邦首脳会議が,白人農地を強制的に接収する土地改革に基づいた強権政治に対して,ジンバブエの加盟資格停止処分の継続を決定したため,ムガベ大統領はイギリス連邦からの脱退を通告した。
→関連項目アフリカカブウェグウェルショナズールーズールー語チムレンガヌデベレハギンズムタレモノモタパ王国レッシングローデシア

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ジンバブエ
Zimbabwe

正式名称 ジンバブエ共和国 Republic of Zimbabwe。
面積 39万757km2
人口 1309万7000(2013推計)。
首都 ハラレ

アフリカ南東部の内陸国。旧称ローデシア Rhodesia。北はザンビア,東はモザンビーク,南は南アフリカ共和国,西はボツワナと国境を接する。国土の大部分は標高 500~1500mのサバナの高原。北西部をザンベジ川,南部をリンポポ川で画され,その支流やサビ川が主要河川。ザンベジ川上流には,ザンビアにまたがる世界有数の人造湖カリバ湖やビクトリア瀑布がある。高地にあるため年平均気温は 15℃前後でしのぎやすい。古くから人類が住み,13~15世紀にジンバブエを首都とするアフリカ人の強国が栄え,金,象牙の貿易が行なわれていたが,15世紀後半に滅亡(→ジンバブエ遺跡)。1855年デービッド・リビングストンがビクトリア瀑布を発見,以後イギリス人が進出し,マタベレランドの王ロベングラとイギリスとの間に鉱業権を中心とした条約が結ばれ,1890年セシル・ローズのイギリス南アフリカ会社の支配下となった。イギリス保護領を経て 1923年南ローデシア自治植民地(ローズの名にちなんで命名)となり,1953年北ローデシア(のちのザンビア),ニアサランド(のちのマラウイ)とともにローデシア=ニアサランド連邦を結成。1964年のザンビアの独立に伴い翌 1965年に少数の白人政権が一方的に独立を宣言,国名をローデシアとした。さらに 1970年共和国移行を宣言したが,イギリスをはじめ国際的に承認されなかった。その後も人口の 5%に満たない白人が政治,経済を支配し,人種差別が著しかったが,黒人組織によるゲリラ戦の末,1980年4月に行なわれた総選挙で黒人組織の愛国戦線が圧勝,白人支配を排してジンバブエ共和国として独立した(→ローデシア問題)。鉱産資源が豊富で,金,ダイヤモンド,アスベスト,銅,石炭,クロム,ニッケルなどを産出。タバコ,トウモロコシ,サトウキビ,チャ(茶),ワタなどの栽培が盛んなほか,食品,繊維などの工業も発達。独立以来長期政権の座にあるロバート・ムガベ大統領は 1990年代から白人が所有する農地の接収を進め,経済の混乱を引き起こした。住民の約 9割がショナ族ンデベレ族などのバンツー語系(→バンツー語系諸族)で,宗教は民族固有の原始宗教,キリスト教など。公用語は英語のほか,諸部族の言語など 16言語が指定されている。

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