翻訳|cement
元来は物と物とを結合あるいは接着させる性質のある物質を意味するが,慣用的には無機系の接着剤とくに量的に最も多いポルトランドセメントを指す。土木建築におけるように比較的大量に使われる無機系の接着剤には,セッコウ(石膏)のような気硬性のものと,ポルトランドセメントのような水硬性のものとがある。セメントの種類を表1に示す。
セメントの利用そのものは非常に古く,最も古いセメントはピラミッドの目地に使われた焼セッコウCaSO4・1/2H2Oと砂とを混ぜたモルタルである。石灰系のセメントは古代ギリシアの遺跡で見つかっている。ローマ時代には耐水性の向上のため火山灰を混ぜることが行われた。これらは気硬性セメントである。産業革命とともにセメントの研究が盛んになり,1756年,イギリスのスミートンJ.Smeatonは粘土を含む石灰を焼成して水硬性石灰を得た。97年には同じイギリスのパーカーJ.Parkerが粘土質石灰石(セメント岩)を焼成して水硬性石灰をつくることを発明し,これをローマンセメントroman cementと呼んだ。同様な天然岩石を焼成する方法はヨーロッパ各国に広まり,天然セメントが製造されたが,天然セメントは成分変動が大きいため信頼性に欠けた。1824年にイギリスのアスプディンJ.Aspdinにより粘土と石灰石を混合して焼成する方法が発明され,成分調製が可能な近代的セメントが誕生した。このセメントの硬化したものがイギリスのポートランド島から産出される石材の色とよく似ていたためポルトランドセメントportland cementと命名されたといわれる。その後,イギリスのジョンソンI.C.Johnsonの基礎研究などもあって,19世紀半ばには現在のポルトランドセメントの基礎ができた。1848年にはフランス,50年にはドイツ,71年にはアメリカで工業生産が始まった。製造技術では初め竪窯であったものがロータリーキルン(回転窯)に代わることにより生産性が飛躍的によくなった。日本では官営セメント工場が東京の深川につくられ,75年にポルトランドセメントの製造を開始し,81年には山口県小野田に民営セメント工場もできた。1939年には年産620万tに達するが第2次大戦のため低下しはじめ,終戦直後の46年には100万t以下になってしまった。しかし,現在では9047万t(1995)を生産し,中国に次ぐ世界第2位の生産国であり,サスペンションプレヒーター(SP)キルンから改良型サスペンションプレヒーター(NSP)キルンへと製造方式を進歩させ,セメント生産技術では先進国ともいえる地位にある。
現在採用されている普通ポルトランドセメントの製造工程は,原料工程,焼成工程,仕上工程の三つに分けて考えることができる。原料工程では,原料としての石灰石,粘土,鉄滓を乾燥したのち必要な化学組成比になるように調合,微粉砕する。焼成工程では,まずサスペンションプレヒーターで焼成を行う。焼成を完結させるためにはロータリーキルンを用いる。エネルギー消費量を抑制するためにサスペンションプレヒーターが開発された。燃料としては石炭→石油→石炭の転換が過去20年間くらいの間になされた。ロータリーキルン内では最高1450℃くらいまで加熱され,この結果,クリンカー(焼塊)として水硬性鉱物であるケイ酸カルシウムが得られる。仕上工程では粉砕が行われ,凝結速度制御用のセッコウと混合され,タンクに貯蔵し出荷に備える。
ポルトランドセメントのうち大量に生産されるのは,普通ポルトランドセメント,早強ポルトランドセメント,超早強ポルトランドセメント,中庸熱(あるいは低熱)ポルトランドセメントである。これらの化学成分,化合物(鉱物)組成,比表面積などの値を表2に示した。なお,セメント化学の慣例によって,CaOをC,Al2O3をA,SiO2をS,Fe2O3をF,H2OをHなどと略称にて表す。一般的に,酸化カルシウム分,ケイ酸三カルシウムC3S分の多いほど,比表面積の大きい,すなわち細かい粉であるほど,水和凝結速度が大きい。鉄およびアルミニウム分(C3AおよびC4AF)はケイ酸カルシウムの生成反応をなるべく低温化するために加えられている。しかし,これらの化合物(鉱物)の水和反応はケイ酸カルシウムより急速で,セメント硬化体の強度を低下させてしまうため,水和抑制剤としてセッコウが仕上工程で添加されている。早強ポルトランドセメントではC3Sの成分が普通ポルトランドセメントより多く,微粒子である。超早強ポルトランドセメントは微粉化の程度が著しい。早強セメント,超早強セメントは建築工期の短縮に有効であるが,ダムのような大型構造物では水和の際発生する熱により割れることがある。このような場合には水和反応の速度が抑制されたセメントを用いるほうがよい。このためのセメントが中庸熱(あるいは低熱)ポルトランドセメントである。建築の美しさを増すために白色度の高いセメントが用いられることがある。普通ポルトランドセメントの灰色の原因は不純物である酸化鉄,酸化マンガンが含まれるためであるので,極力これらの成分を取り除くように製造される。
高炉スラグ自身はポルトランドセメントのように水和凝固することはないが,ポルトランドセメントを刺激剤として添加すると水和が始まり十分な強度を示すようになる。これが高炉セメントである。省資源,省エネルギーの観点から品質向上,利用法の開発が推奨されている。ポルトランドセメントとの混入比によってA,B,Cの3種に分類する。A種は高炉スラグが30%以下,B種は30~60%,C種は60~70%以下である。高炉セメントは数日程度までは強度が小さいが,1ヵ月ほどの長期になると普通ポルトランドセメントより強度が大きくなる。また海水,地下水,鉱泉水に対しての耐久性も優れている。発熱量も小さいので中庸熱(低熱)ポルトランドセメントの代替として用いることができる。高炉セメントはこのような利点がある反面,寒冷時凝結開始が遅いこと,しばしば硫化水素のにおいが発生することなどの欠点がある。
フライアッシュセメントは,微粉炭燃焼ボイラーの煙道窯から集塵(しゆうじん)された灰(アッシュ)にポルトランドセメントを混合したセメントである。フライアッシュの混入量によってA種(10%以下),B種(10~20%),C種(20~30%)と分類されている。フライアッシュが球形の粒子であることから,流動性がよく施工が容易となる。また練る水が少なくてよいことから,乾燥収縮や発熱量が小さく,長期強度が大きい特徴もある。
特殊なセメントとしては,まずアルミナセメントをあげることができる。この組成はAl2O3≅40%,CaO≅40%,Fe2O3≅15%であり,水和母体となる鉱物は,アルミン酸カルシウムである。早強ポルトランドセメントより凝結強化速度が大きいため,寒冷時の施工,超緊急用工事に用いられている。オイルウェル(油井)セメントは,スラリーとして地下まで圧送する際,圧送が終了するまでは流動性を失わず,終了後は速やかに硬化しなければならない。地下深くなるほど温度が上昇するし,圧送時間がかかるため,深さによって用いられるセメントが異なる。
トンネル掘削時に湧出する水を止めるためには,数μm程度の超微粉末のセメントを用いる。微粒であるので地盤間隙への浸透力が大きく,凝結開始も1時間程度と早い。
執筆者:柳田 博明+清水 紀夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
モルタルまたはコンクリートをつくるために骨材を結合する材料。セメントということばは本来、固める、接合する、結合するという意味をもっているが、これが現在使われている普通名詞としての「セメント」として一般化したのは19世紀の初頭からである。
セメントには、消石灰(水酸化カルシウム)、石膏(せっこう)、マグネシアセメントなどのような気硬性のセメント(硬化したものは水中では使用できない)と、土木建築工事用や歯科用のような水硬性のセメント(硬化したものは水中でも使用できる)とがあるが、現在、普通にセメントといえば、土木建築工事用として使用される水硬性のセメントのことである。このセメントにはポルトランドセメントのほか、高炉セメント、シリカセメント、フライアッシュセメントのような混合セメント、およびアルミナセメント、超速硬セメント、コロイドセメント、油井セメント、地熱セメント、耐酸セメント、エコセメントなどのような特殊セメントがある。
[西岡思郎]
紀元前5000年ごろのエジプトの遺跡として有名なピラミッドの石材の目地に、焼き石膏が使われている。これが気硬性セメントとして使われた最初のものであり、古代ギリシアやローマ時代の遺跡からは、石灰石を焼いてつくった消石灰をセメントとして使った遺物の数々が発見されている。
ローマ時代から18世紀中葉までの約2000年間はセメントは消石灰の時代であり、なんらの進歩もみられなかったが、1756年に至り、イギリスの石造灯台エディストンEddystoneの建造に際して、機械・土木技術者スミートンが粘土分を含む石灰石を焼いたものをセメントとして使用し成功したのが、今日一般にセメントとよばれる水硬性セメントの最初であったといわれている。その後1796年にイギリスのパーカーJ. ParkerがローマンセメントRoman cement(粘土分を含む石灰石を石灰窯で焼いたのち粉砕してつくったセメント)を考案し、1818年にフランスのビカットL. J. Vicatが高級ローマンセメント(石灰石と粘土とを細かく粉砕して混ぜたものを高温度で焼成したのち粉砕してつくるセメント)を考案し、さらに1824年にイギリスのJ・アスプディンによって石灰石と粘土を主原料とした現在のポルトランドセメントの発明にとつながっている。このポルトランドセメントは1825年から工場で生産されるようになったが、当時ほかのセメント工場で生産されていた高級ローマンセメントと品質的には大差がなかった。ポルトランドセメントがローマンセメントを駆逐したのは1840年以後のことであり、1850年ころからポルトランドセメントの全盛時代が始まった。ポルトランドセメントは1848年にはフランス、1852年にはドイツ、1871年にはアメリカで次々と製造が開始され、ついにその技術が日本にも伝来し、1873年(明治6)東京・深川に官営のセメント工場が建設され(後に払い下げられ、浅野セメント=現在の太平洋セメントとなる)、1875年に初めてセメントが製造された。高炉セメントは1882年にドイツで、アルミナセメントは1908年にフランスでそれぞれ発明された。
[西岡思郎]
ポルトランドセメントの主原料は石灰石と粘土で、そのほかに成分調整のため珪石(けいせき)や酸化鉄原料(鉱滓(こうさい))が用いられる。
石灰石原料と粘土原料を重量比で4対1の割合で混合し、微粉砕し、約1400℃で焼成し、得られた灰黒色の粒状物がセメントクリンカーcement clinkerである。クリンカーを冷却したのち、重量で約3%程度の石膏を加え、同時に微粉砕してセメントが得られる。石膏を加えるのは、セメントと水との反応(水和)が、その初期に急激におこらないように凝結速度を調節するためである。
ポルトランドセメントの製造方式には乾式法と湿式法とがある。乾式法は、原料を乾燥して調合し、粉砕し、混合して焼成する方法であり、湿式法は、原料に水を加え、スラリーslurry(粉砕物の濃厚懸濁液)の状態で粉砕し、焼成する方法である。セメント製造の大部分が経済性に優れた乾式法によっている。
セメントの焼成には回転窯が用いられる。回転窯も現在ではサスペンションプレヒーターsuspension preheater付きキルンkiln(SPキルン)や、ニューサスペンションプレヒーター付きキルン(NSPキルン)などの効率的で経済的な最新式の回転窯が大勢を占めている。セメント焼成に使われる燃料は石油が主であるが、ときには石炭が使われる場合もある。セメントクリンカーを1トン製造するのに必要な熱量は約80万キロカロリーである。セメントクリンカーの粉砕にはボールミルball millやローラーミルroller millなどの仕上げミルを使用する。セメント粉砕に使用されるエネルギーは電力であり、セメントを1トン粉砕するのに約120キロワットの電力が消費される。混合セメントの場合、高炉セメントやシリカセメントは、ポルトランドセメントクリンカーと高炉水砕スラグslag(鉱滓)またはシリカ質混合材を同時に混合粉砕してつくられるが、フライアッシュセメントは、ポルトランドセメントに所定量のフライアッシュfly ash(燃焼によって生成される粉塵(ふんじん))を混合するだけで得られる。
[西岡思郎]
ポルトランドセメントに水が加えられると、セメント粒子は水と反応して水和が進む。水和の初期にはセメント粒子の表面に薄い水和物の膜ができ、一時的に水和が阻止されることになり、セメントペーストは流動性を保っている。時間の経過とともに、凝結調節に用いられている石膏がアルミン酸カルシウムに変化すると同時に、ケイ酸カルシウムの水和が活発となり、急速に水和が進む(アルミン酸カルシウムやケイ酸カルシウムはセメント中の化合物組成の一部である)。セメント粒子から析出した水和物によってセメント粒子が相互に結合し、外力を加えても粒子が互いに動きにくくなり、時間の経過とともにセメント粒子間が水和物で埋められて、硬化がさらに進んでいく。
普通ポルトランドセメントや中庸熱ポルトランドセメントは、長期に強度を発現するケイ酸二カルシウムを多く含み、反対に短期に強度を発現するケイ酸三カルシウムが少ない。セメントが水和すると水和熱を出すが、この水和熱はアルミン酸三カルシウムの多いものほど高くなるので、低発熱用セメントであるといわれている中庸熱セメントにはアルミン酸三カルシウムが少ない。また、早強および超早強ポルトランドセメントは短期に強度を発現させるセメントであり、ケイ酸三カルシウムが他のセメントに比べて多い。
[西岡思郎]
セメントの種類は多岐にわたっているが、セメントが使われる場所や目的に応じて、それに見合った特性をもつセメントを選んで用いるのが常である。
普通ポルトランドセメントは、コンクリート工事に用いられるもっとも一般的なセメントである。早強ポルトランドセメントは、早期に高強度を発現できる特性を生かして、冬期工事、工期短縮を必要とする工事をはじめ、蒸気養生することにより、さらに早期に強度発現できる特性を生かし、コンクリート二次製品の製造に用いられる。超早強ポルトランドセメントは、早強ポルトランドセメントよりもさらに早期に強度発現を要求される工事や、セメント粒子の細かさを利用したグラウトgrouting(膠泥(こうでい)物を空隙(くうげき)に注入すること)用セメント、通年施工用のセメント、蒸気養生なしでコンクリート二次製品をつくるセメントなどに用いられる。中庸熱ポルトランドセメントは、水和熱の小さい特性を利用して、ダムや原子力発電所などの大断面構造物や舗装用のセメントとして用いられる。耐硫酸塩ポルトランドセメントは、化学抵抗性に優れているので、海洋構造物、地中埋設構造物、工場排水施設などのコンクリート用セメントとして用いられる。
その他のセメントとして、白色ポルトランドセメントは着色セメント用、コンクリート二次製品用に、アルミナセメントは緊急工事、耐火物用に、コロイドセメントは岩盤グラウト用に、油井セメントや地熱セメントは高温高圧下で使用できるセメントとして、それぞれ用いられる。また、エコセメントは廃棄物処理を目的とした社会ニーズに基づいて開発されたセメントで、都市ゴミ焼却灰や下水汚泥を主原料としてつくられ、主として無筋コンクリート構造物に使われる。2002年(平成14)にはJIS規格(JIS R 5214)に規定された。
[西岡思郎]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
結合材または接着材.材質により無機,有機,金属,およびこれらの組合せからなるものがある.高分子系のセメントの例として,エポキシ樹脂は接着力がすぐれ,航空機から歯科用,土木建築に至るまで広い範囲で利用され,また,アクリル系樹脂が防水セメント,あるいはソイルセメントとして使用されており,フラン樹脂は耐酸性セメントとして商品化されている.金属系のセメントの例としては,金属粉末と水銀とからなるアマルガム,鉄粉と硫黄,あるいは鉄粉と各種酸化剤とからなるものなどがある.狭義のセメントは,無機質のセメント,とくにポルトランドセメントをさす.無機質のセメントは種類が非常に多く,その硬化機構によって分類することができる.
(1)水硬性セメント:水と反応して難溶性の水和物をつくり硬化するもので,ポルトランドセメント,アルミナセメント,焼きセッコウなどがある.
(2)潜在水硬性セメント:反応を起こすのに適当な刺激剤を必要とする物質を主体としたセメントで,高炉セメント,高硫酸塩スラグセメント,石灰セメント,キーンセメントなどがある.
(3)混合セメント:単一物質としては反応性を有しないが,2種類以上を組み合わせた場合,反応して硬化するもので,シリカセメント,フライアッシュセメント,石灰シリカセメント,ケイ酸アルカリ,オキシクロライドセメント,リン酸セメントフッ化物処理などがある.
(4)気硬性セメント:水和物の溶解度はやや大きく,炭酸化して耐水性の硬化体が得られるもので,石灰,ドロマイトブラスター,マグネシアなどがある.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…革命と国内戦では赤軍に参加,20年《赤い黒海》紙の編集長をつとめ,翌21年からモスクワに移り文筆活動に専念する。初期の作品には見るべきものがなく,《セメント》(1925)で文名を確立した。国内戦で破壊された工場の復興のたたかいを描いたこの小説は,社会主義小説の典型であるが,芸術的には未熟なところが多い。…
…日本で最も歴史の古い有数のセメント・メーカー。本社は山口県小野田市。…
…セメント工業は,日本の産業のなかでは珍しく,原料(石灰石)の自給が可能な産業である。製品の付加価値が低い装置産業であるため,需要の増減によってメーカーの経営は大きく左右される。…
※「セメント」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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