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タバコ・ボイコット運動 タバコ・ボイコットうんどうTaḥrīm-i Tanbākū

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

タバコ・ボイコット運動
タバコ・ボイコットうんどう
Taḥrīm-i Tanbākū

1891~92年に展開されたイラン最初の民族運動。 19世紀後半イランのカージャール朝の財政は困窮し,このためにイランの富の開発権を利権として外国人資本家に譲渡した。その結果,王朝はイギリスとロシアの利権屋に囲まれた。それまでイランのたばこ (主として水たばこ) の栽培,加工,販売,輸出はイラン人商人が握っていたが,王朝はこれを専売制にして,その利権を 90年3月イギリス人 G.トルボトに譲渡した。この利権契約を知ったイランのたばこ商人はこれに反対し,全商人も同調し,これを受けたウラマー (イスラム聖職者) が反対運動に立上がった。このためアゼルバイジャンでは専売公社は支店を開くことさえできず,生産地をもつシーラーズでは知事と衝突した。テヘランではアーシティヤーニーが先頭に立ち,反対運動を組織した。教界の最高権威シーラージーはこれをイスラムの危機と受止めて,禁煙の教令を発した。この教令はイラン全国で守られて,利権破棄まで喫煙する者はいなかった。このボイコット運動は勝利して王朝はこの利権を破棄した。

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百科事典マイペディアの解説

タバコ・ボイコット運動【タバコボイコットうんどう】

1891年―1892年イランで起こった大衆運動。1870年以降,カージャール朝イランは列強の進出に圧されて多くの利権を譲渡した。英国の投機家タルボットがイラン全土でのタバコ原料の買い付け,加工,運搬,販売,輸出に関する独占的利権を獲得すると,商人を中心に反対運動を展開。宗教界も最高権威シーラージーがタバコ禁忌令を出すなどして協力し,タバコ利権の完全廃棄を勝ち取った。イランにおける民族運動の起点とされる。
→関連項目アジアアフガーニー

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