ダミッシュ(読み)だみっしゅ(英語表記)Hubert Damisch

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ダミッシュ
だみっしゅ
Hubert Damisch
(1928― )

フランスの美術史家、哲学者。ソルボンヌで哲学を学び、モーリス・メルロ・ポンティの下で専門研究課程修了証書を取得。そのかたわら、ユネスコで働きながら、なかば職業的なジャズ・ミュージシャンとして活動する。メルロ・ポンティの勧めもあって、パリの社会科学高等研究院の前身である、高等教育院第4セクションで美術史家ピエール・フランカステルPierre Francastel(1900―70)が開いていたセミナーに参加するようになる。1967年にエコール・ノルマル・シュペリュール(高等師範学校)の講師となり、美術の歴史/理論サークルを設立する。この活動は後に場所を社会科学高等研究院に移し、美術の歴史・理論センターへと発展する。75年に社会科学高等研究院の研究指導教授となり、96年に退官。63年よりアメリカのエール大学、コーネル大学、ジョンズ・ホプキンズ大学、カリフォルニア大学バークリー校などで講義をする。美術史家メイヤー・シャピロと長く親交を結び、コロンビア大学でも教えた。シカゴ大学名誉博士、イタリア、ウルビーノのラファエッロ・アカデミー会員。ジャン・デュビュッフェとの親交は、ダミッシュがその著作集の編者であることからもよく知られているが、ほかにも美術家フランソワ・ルーアンFrancois Rouan(1943― )、建築家レム・コールハースなど、多くの芸術家、建築家と親しい。
 最初の大著『雲の理論――絵画史のために』Thorie du Nuage; Pour une Histoire de la Peinture(1972)で、ダミッシュは絵画の意味作用を徹底的に見直した。すなわち絵画の記号的な要素を、図像学の対象となっていた形象の次元から、色彩、線、そして空間表現の重要な要素である遠近法にまで拡げ、主にルネサンス期の絵画をめぐる言説を参照しながら論じた。その際にダミッシュが注目したのは、ルネサンスの発見とされる線遠近法の厳密さが必ずしも視覚体験のすべてを覆いつくせないということで、弁証法的に働きかける対立項として雲の形象を必要としたことである。遠近法を用いた最初の絵画であると同時に遠近法の正しさを証明する装置でもある、ブルネレスキによる遠近法の実験は、文献によってしか知ることのできない神話的なものだが、フィレンツェのサン・ジョバンニ洗礼堂を克明に描いたパネルを鏡に映し、パネルにあけた小さな穴の裏側からのぞくというものであった。パネル画の空の部分には銀箔が貼られ、これをある定められた位置から見ると、鏡のなかの像はあたかも本物がそこに存在するかのように見えたという。このとき、遠近法で描かれた建築物の背景となる空は鏡によって代行され、雲はそこに映る像であった。
 またパルマの大聖堂天井に描かれたコレッジョの手になる蒸気の帯は、鑑賞者と天上世界の眺めとを仲介する。雲は、線による遠近法が再現可能な対象でない一方で、遠近法と相互に干渉しあいながら、絵画世界の意味作用を助ける記号論的な操作子として機能していた。さらに、それは雲をめぐるさまざまな現象を理論、絵画実践の両面において見直したターナーやラスキンといった19世紀の芸術家たちにとって、風景画の単なる一要素ではなく、新たな絵画空間を構築するための材料ともなった。
 このように雲という形象を手がかりに絵画史を読み替えていくダミッシュの方法は、従来の図像学の範疇にはとどまらず、ソシュールの記号論、あるいはレビ・ストロースや言語学者エミール・バンブニストの構造主義を再検討するための実験である。ここで提示された問題は、フーコー、デリダ、ラカンなど構造主義以降の知を総動員して、エルビン・パノフスキーの『象徴形式としての遠近法』Die Perspektive als “Symbolische Form”(1924)やフランカステルの『絵画と社会』Peinture et Socit(1951)が提示した遠近法と哲学的な知との関係という問題に答えていた。またその問題は、絵画における遠近法の誕生およびその機能の重層性を具体的に一つ一つ解きほぐしていこうという、きわめて野心的な2冊目の大著『遠近法の起源』L'origine de la Perspective(1987)にも受け継がれた。
 3冊目の大著『パリスの審判』Le Jugement de Paris(1997)は、ダミッシュのもう一つの関心事であるフロイトの精神分析と絵画の問題を扱っている。そこでもダミッシュは、フロイトの精神分析を絵画に当てはめて、作品の「無意識的な意味」を明らかにしようという、いわゆる応用精神分析的な試みとはまったく異なり、むしろこの精神分析という理論が抱え込んだ不首尾、未回答の問い、さらには提出されざる問いまでも、新たな探求の場を切り拓くものとして積極的に認めていこうとする。そしてフロイト自身が認めている「美について精神分析が語りえないこと」を西欧の知が無意識に抑圧していってしまったものとして、古代から現代に至る文学、美術作品の中にその痕跡をたどってゆく。
 これら3冊の大部の書物に加えて、モンドリアンの重要性をフランスで初めてきわめて理論的に論じた論文や、バルザックの『知られざる傑作』Le Chef-d'uvre Inconnu(1831)の理論的な現代性を明らかにした論文などを収めた『カドミウム色の窓』Fentre Jaune Cadmium, ou les Dessous de la Peinture(1984)、さらには建築、あるいは都市が提示する様々な概念を論じた『スカイライン』Skyline; la Ville Narcisse(1996)などの論集に共通しているダミッシュの姿勢を要約するならば、その広範な知を用いて作品について考えるのではなく、作品とそうした知を同列において、作品と「ともに」考えることにあったといえる。[松岡新一郎]
『石井朗・松岡新一郎訳『パリスの審判――美と欲望のアルケオロジー』(1998・ありな書房) ▽松岡新一郎訳『スカイライン――舞台としての都市』(1998・青土社) ▽Thorie du Nuage; Pour une Histoire de la Peinture (1972, Seuil, Paris) ▽L'origine de la Perspective (1987, Flammarion, Paris) ▽Fentre Jaue Cadmium, ou les Dessous de la Peinture (1984, Seuil, Paris)』

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