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チャシ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

チャシ

アイヌの城塞アイヌ語で囲い,砦 (とりで) ,山城聖地などを意味する。多くの場合,海や川にのぞむ要害堅固な台地端に位置し,自然地形を利用し,堀や土塁をもって構築されている。北海道および千島サハリンの一部に分布がみられ,アイヌの伝承のなかにしばしば現れる。その出土品火山灰との対比からみて近世のものが多い。

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デジタル大辞泉の解説

チャシ

《アイヌ語》自然の地形を利用した原始的なとりで。丘陵突端などに空堀をめぐらしたもの、また、土塁を築いたものなどがある。北海道・東北地方・サハリン(樺太)に遺構として残っている。

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百科事典マイペディアの解説

チャシ

チャシ(casi)はアイヌ語で家(チセ。cise)や集落(コタン)の周りに築いた柵,囲い,垣根,砦などを意味し,口承文芸のなかでは家をさす場合もある。立地的には,突出した台地の先端部(丘先式),川や海に面した崖上(面崖式),山や尾根の頂部(丘頂式),平坦地のなかの独立丘(孤島式)などを利用しており,それらの後背地側などに空堀をもつことが多い。
→関連項目二風谷遺跡

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世界大百科事典 第2版の解説

チャシ

砦,,柵,柵囲いを意味するアイヌ語であるが,アイヌ神謡や祈詞のなかでは家を意味することもある。ふつうは,河川,海,湖沼に臨む丘陵の先端部や頂部に,円形,半円形方形などの空壕で画された遺構をさす。北海道には,現在,約400基が確認されている。東北地方北部,サハリン,千島列島にも分布が知られている。一般的には,幅4~5m,深さ2~3mの1条の壕に囲まれた数百m2から1000m2ほどの広さのものが多いが,複数の壕をもつものも少なくなく,また数千m2を超える広さのものもある。

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大辞林 第三版の解説

チャシ

〔アイヌ語。砦とりで、館、柵の意〕
川・湖・海などに面する丘陵の先端部や頂部を利用して土塁や空壕で区切られた遺構。北海道に多く、東北地方・サハリン(樺太)などに分布。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

チャシ
ちゃし

アイヌ語で「柵(さく)」「囲い」「砦(とりで)」といった意味をもつ。北海道全道にわたって分布し、海岸や湖沼、河川に沿って、要害な地があれば、そのほとんどがチャシとよばれ、そこには人工の堀や土塁がみられるし、また伝承を伴うこともある。チャシの多くはこのように自然の地形を巧みに利用し、人工を加えた城砦(じょうさい)といえよう。
 釧路(くしろ)市内にあるモシリヤのチャシは、自然の独立丘陵の中腹に堀を巡らし、お供え餅(もち)のような形状をしている。松浦武四郎『久摺(くすり)日誌』(1858)には、オニシトムシという者が天から下ってきてアイヌの娘を妻とし、このチャシに住んだという伝承が記載されている。また、このチャシは難攻不落であって、幾度も敵に攻められたが一度も敗れたことがなかったという伝承もこの地方に残っている。
 日高の沙流(さる)川流域には、十数か所のチャシが分布している。平取(びらとり)町アベツのチャシは、急峻(きゅうしゅん)な山の頂上近くのわずかな面積の部分にあって、アイヌの宝物を埋めたという伝承がある。事実、鎧(よろい)の一部、柱穴、石畳などがみつかっている。その地形から城砦とは思えない。板倉源次郎『蝦夷(えぞ)随筆』(1739)に、アイヌが山中に器物、兵具、鐔(つば)などを隠し置くという記事があることから、このチャシは一種の埋納場所、聖域といった意味をもつ場所であろう。沙流川の支流の額平(ぬかびら)川に突き出した独立丘陵にニオイチャシがある。長さ100メートル、幅50メートル、川からの高さ40メートルほどで、三面は急な崖(がけ)になり、頂上は上幅2メートル、深さ2メートルの堀によって二つの平坦(へいたん)面に区画されている。昔、十勝アイヌが侵入してきて、このチャシに火をかけ、戦闘が行われたという伝承がある。発掘調査の結果、伝承にあるように、平坦部分一面の火災の跡とともに、刀や鏃(やじり)が散乱した状態で発見された。また、崖ぎわに沿って柵列の跡がみいだされた。ユーカラ『虎杖丸(こじょうまる)』に、チャシの木柵列を美しく表現しているくだりがあるが、この柵列跡はまさにそのものである。ユーカラが文学作品としてだけではなく、歴史史料としても価値の高いものであることを示している。このチャシの年代は、チャシが樽前(たるまえ)岳の1667年(寛文7)噴火の火山灰で直接覆われていること、また、鉄器、陶磁器などの出土品の年代からして17世紀ごろと推定される。全道的にみてもチャシの年代はそれほど古くさかのぼらないと思われるが、アイヌ史あるいはわが国北方史にとって重要な遺跡である。[櫻井清彦]

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世界大百科事典内のチャシの言及

【館】より

…1180年(治承4)に源頼朝が挙兵して襲撃した伊豆山木館の戦などは本格的な居館に対する攻城戦で,以後は居館と城郭がしばしば同義語として頻出する。 なお奥羽北部以北では,丘陵突端部に造築された砦を指す場合が多く,北海道ではアイヌ語でこれをチャシと呼んだ。城塞または土塁の意であって,古代朝鮮語のサシ(城)との関連が考えられるが,〈館〉との関係は未詳とされている。…

※「チャシ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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