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アメリカの哲学者,教育学者,社会心理学者,社会・教育改良家。哲学ではプラグマティズムを大成して,プラグマティズム運動(20世紀前半のアメリカの哲学および思想一般を風靡した哲学運動)の中心的指導者となり,その影響を世界に広めた。教育においてはプラグマティズムに基づいた新しい教育哲学を確立し,アメリカにおける新教育運動,いわゆる〈進歩主義教育〉運動を指導しつつ,広く世界の教育改革に寄与した。心理学では機能主義心理学の創設者のひとりで,社会心理学,教育心理学の発展にも多大の貢献をしている。
バーモント州のバーリントンに生まれ,1879年にバーモント大学を卒業,3年間高校の教職に就いたのち,82年にジョンズ・ホプキンズ大学大学院に進み,2年後に博士課程を終えて学位を取得した。84-94年ミシガン大学で教え(ただし,88-89年はミネソタ大学の招聘教授),94年にシカゴ大学に招かれて哲学,心理学,教育学科の主任教授,1904年にコロンビア大学に転任,30年に退職するまでそこにとどまった。デューイはシカゴ大学在任中に二つの画期的な仕事をした。その一つは,アメリカにおける進歩主義教育運動の原点となった〈実験学校Laboratory school〉をシカゴ大学に設置したこと(1896。その教育原理を《学校と社会》(1899)として刊行),もう一つは,1903年にデューイと彼の同僚たちによる共同研究《論理学的理論の研究》が出版され,そこにプラグマティズムの新しい一派,いわゆる〈シカゴ学派〉が形成されたことである。デューイのこれらの仕事はコロンビア大学に移って大きく開花し,全国的な教育改革運動,プラグマティズム運動に発展した。
デューイの哲学および教育思想の核心を成しているのは彼の〈経験〉の概念である。経験をもっぱら知識論の問題として,つまり認識論的概念として取り扱ってきた伝統的哲学の主知主義的偏向を排して,デューイはそれをわれわれの日常的生活そのものとして,人間の生活全体の事柄として--生活すなわち経験,経験すなわち生活として--とらえる。彼はまた,自然と経験,生物学的なものと文化的・知的なもの,物質と精神,存在と本質などの隔絶を説くいっさいの二元論を否定し,それらの連続性を主張し強調する。人間は〈生活体〉であり,そして生活体としての人間はまず自然的・生物学的基盤の上に存在している。人間の本性は,もとより人間の社会的・文化的・精神的営為にあるが,しかしその人間の本性は決して自然的・生物学的なものとの断絶によってではなく,それとの連続性の上に成り立っているのである。このデューイの連続主義は人間の経験すなわち生活が自然的・生物学的なものから発し,さらに世代から世代への伝達によって連続的に発展することを説くもので,人間性を自然的・生物学的なものに単純に還元解消するいわれのない還元主義ではない。生活のもう一つの基本原理は,生活は空虚のなかで営まれるものではなく,生活体とその環境(生活体の生活を支えかつ条件づけるいっさいの外的要因)との不断の相互作用の過程であるということである。そしてこの原理によれば,思考とか認識とか,その他人間のあらゆる意識活動は,その相互作用の過程の中で,そこに起こる生活上の諸困難,諸問題を解決するために,道具的・機能的に発生し発展する。
デューイは人間経験の本質をいま述べた生活の二つの基本原理--連続性と相互作用の原理--に求める。そしてこの二つの原理から,デューイのあらゆる思想--知識道具主義,精神機能論,探究の理論としての論理学説,自然と人間経験の世界を連繫する〈自然の橋〉としての〈言語〉の概念,自由な社会的相互交渉と連続的発展を基本的特色とする生活様式としての〈民主主義〉の概念,生活経験主義的教育原理など--が導かれる。デューイは多作家で,M.H.トマスが作成した著作目録は150ページに及ぶ膨大なものである。その中から主著として,《民主主義と教育》(1916),《哲学の改造》(1920),《人間性と行為》(1922),《経験と自然》(1925),《論理学--探究の理論》(1938)などを挙げることができよう。なお彼は,著作活動だけにとどまらない行動する思想家であり,中国,トルコ,ソ連などへの教育視察・指導旅行,サッコ=バンゼッティ事件での被告弁護活動などは特によく知られている。
→プラグマティズム
執筆者:米盛 裕二
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1859~1952
アメリカの哲学者。プラグマティズムの大成者。日常経験を哲学の基本とし,実験的方法を重視して概念道具説を主張。知識の注入よりも具体的問題解決能力の訓練を重視する彼の教育理念は,全世界の進歩的教育に大きな影響を与えた。主著『学校と社会』(1899年)など。
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…具体的な研究領域としては,(1)子ども,青年の発達に対する家族集団,同輩集団,マスコミ,子ども文化,青年文化の影響を分析・研究する発達社会学,(2)学校教育という一つの社会機構を通じて行われる社会的選抜過程とその社会階層の再生産もしくは社会移動に与える影響の分析,学校教育が伝達しようと試みる支配的価値観と子ども,青年がそれに対抗して作り出す下位文化との価値葛藤,などを問題とする学校社会学,(3)一つの社会の経済構造に対して一定の知識,技術,価値観をもった労働力を供給している教育制度とその社会の経済構造との相互関係を分析研究する教育の巨視社会学,などをあげることができる。 教育社会学educational sociologyという名称は,1908年スザロH.Suzzalloがコロンビア大学での講義題名に用いたのが最初といわれているが,それ以前に,ドイツのナトルプ《社会的教育学》(1898),アメリカのデューイ《学校と社会》(1899)などがすでに出版されていた。フランスではデュルケームが教育を社会的事実としてとらえ,そこに内在する法則を実証的にとらえようとする〈教育の科学science de l’éducation〉の必要を説いた。…
…少年期に厳復,梁啓超の著述,とくに《天演論》《新民説》に感激し,新思想の洗礼を受けた。1910年(宣統2),アメリカに留学,最初コーネル大学,ついでコロンビア大学に学び,デューイ哲学から深い影響を受け,《古代中国における論理学的方法の発展》(英文,1917,その漢訳《先秦名学史》を出版)で哲学博士を得た。1917年帰国し北京大学哲学科教授となる。…
…初代総長W.R.ハーパーは,カレッジ教育,大学院教育,専門職業教育,地域社会へのサービス,出版活動などをとり入れ,研究重視の新しい総合大学の創造に尽くした。94年には教育哲学者J.デューイが赴任し,96年教育実験学校を設置,1919年にはオリエント研究所が設けられた。20年代にはシカゴ学派と呼ばれる都市社会学の研究者が輩出し,29年に30歳で学長になったR.M.ハッチンズは古典による一般教育カリキュラムを導入,大学の名を高からしめた。…
…一般的には,それまでの教育の古さを批判し革新する教育,というように理解されているが,より限定した意味では,19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパ,アメリカの教育界を中心におこった児童中心主義的な教育思潮とそれにもとづく教育改革の試みをいう。1898年にフランスの教育改革者ドモランJ.E.Demolins(1852‐1907)が《新教育L’éducation nouvelle》と題する著作で,中等教育のカリキュラムの改革と生徒の自主的活動を重視すべきことを強調し,さらにほぼ同時期にイギリスのC.レディ,ドイツのH.リーツ,アメリカのJ.デューイらによって新しい理論や実践がなされたことで,新教育は一つの運動となった。1921年には国際的な新教育運動のための組織として国際新教育連盟Ligue Internationale pour l’Éducation nouvelle(International New Education Fellowship)も結成されるにいたった。…
…〈生活教育〉の名によって主張された教育は,そうした教育に対する批判や抵抗としての教育でもあった。たとえば,アメリカのJ.デューイは19世紀の終りから20世紀の初頭にかけて,学校が生活遊離的になっている現実を批判し,みずからシカゴ大学に実験小学校を創設して,学習と生活との統一をめざす学校改革論を展開した。ヨーロッパでも〈生活による生活にまでの教育〉という主張が多くの教育者の共鳴するところとなり,〈生活学校〉の建設をめざす運動が展開された。…
…その源流に位置するのが,道徳的善はある単純な定義できない性質だとするG.E.ムーアの主張である。デューイも,その形而上学的考察,特に人間の経験に関するその見解から,善についてのいっさいの経験に共通の性質としての究極的な自体的善の探究は失敗すべく運命づけられているという,分析哲学の場合と同様な結論に達した。【吉沢 伝三郎】
[中国]
儒教では具体的な徳目が論ぜられることが多く,善の定義(孟子の〈欲す可きを善という〉などは恰好の定義であったと思える)をめぐって議論が展開することはなかった。…
…プラグマティズムは哲学へのアメリカの最も大きな貢献であり,実存主義,マルクス主義,分析哲学などと並んで現代哲学の主流の一つである。プラグマティズムを代表する思想家にはC.S.パース,W.ジェームズ,J.デューイ,G.H.ミード,F.C.S.シラー,C.I.ルイス,C.W.モリスらがいる。プラグマティズム運動は〈アメリカ哲学の黄金時代〉(1870年代~1930年代)の主導的哲学運動で,特に20世紀の最初の4分の1世紀間は全盛をきわめ,アメリカの思想界全体を風靡(ふうび)するとともに,広く世界の哲学思想に大きな影響を与えた。…
※「デューイ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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