知恵蔵 「ナショナルミニマム」の解説
ナショナルミニマム
英国では産業革命以降、多数の賃金労働者が過酷な搾取と劣悪な労働環境におかれるようになり、19世紀後半にはその矛盾が先鋭化していた。こうした中で、改良主義的な社会改革を目指すフェビアン協会が創立された。これに関わった社会主義活動家のウェッブ夫妻が提唱したのがナショナルミニマムの概念だ。ナショナルミニマムの論旨は、労働者の労働条件や生活条件が資本家の思うままに放置されれば、国民経済発展にとって好ましくない結果を招き、これを国家が規制すべきであるというもの。その具体的な内容として、最低賃金制度や、労働時間や環境衛生・労働安全などの基準、人権上の社会権、殊に生存権を巡る権利の国家による法制度的な保障が挙げられる。
ナショナルミニマムの概念の出発点は、「できたての粗野な資本主義」にあるが、時代を経て「洗練された高度な資本主義」にあっても、所得の再分配や新自由主義による格差の是正などの観点から、その重要性が問われている。2009年には厚生労働省に「ナショナルミニマム研究会」が設置され、雇用形態の変化や少子高齢化、国及び地方自治体のシビルミニマムとの関係などについて報告がなされた。これによれば、狭義のナショナルミニマムとしての所得保障にとどまらず、社会サービスや社会関係を含めたセーフティネットの構築を促すこと、社会保障を「コスト」ではなく「未来への投資」と位置付けることなどを求めている。消費増税や医療制度改革のはざまで困窮する層が増加したり、最低賃金や年金が生活保護基準を下回ったりという実態や、都市と地方の格差、生活扶助の支給方法などを巡り、様々な論議がなされている。
(金谷俊秀 ライター/2015年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報