ナッシュ(英語表記)John Nash

デジタル大辞泉 「ナッシュ」の意味・読み・例文・類語

ナッシュ(John Forbes Nash, Jr)

[1928~2015]米国の数学者ゲームの理論に関する功績によりノーベル経済学賞受賞。「ナッシュ均衡」の概念で知られる。統合失調症を長く患いながら、数学者としての研究を続けた。

ナッシュ(Paul Nash)

[1889~1946]英国の画家。第一次大戦に従軍して、戦争のなかで荒廃した自然を描く。戦争後は英国のシュールレアリスム運動を推進、幻想的な風景画静物画を描いた。作「月下の柱」など。

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精選版 日本国語大辞典 「ナッシュ」の意味・読み・例文・類語

ナッシュ

  1. [ 一 ] ( Thomas Nashe トーマス━ ) イギリス小説家。論争と風刺を好み、口語体の発剌とした文体で数奇な物語を書いた。代表作「不幸な旅人」。(一五六七‐一六〇一
  2. [ 二 ] ( Paul Nash ポール━ ) イギリスの画家。第一次・第二次世界大戦の戦争記録画家として活躍。写実的記録と超現実的表現とを結合した特異な戦争画で知られる。(一八八九‐一九四六

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改訂新版 世界大百科事典 「ナッシュ」の意味・わかりやすい解説

ナッシュ
John Nash
生没年:1752-1835

19世紀のロンドン都市計画に貢献したイギリスの建築家。ロンドンに生まれ,建築家R.テーラーのもとで修業。住宅の投機事業に乗り出し失敗する。その後ウェールズに退き活動中,R.P.ナイトらの,不規則性や意外さを美的価値とするピクチュアレスク理論に触発されて新しい設計手法を開拓。風景式庭園を完成させたL.ブラウンの後継者レプトンHumphry Repton(1752-1818)と協同で,ラスクーム(デボンシャー,1804)などの別荘建築を設計し好評を博す。ロンドンのリージェンツ・パーク(1828)よりリージェント・ストリート(1833)を経てカールトン・ハウス・テラス(1814)を結ぶ計画では,各建物は古典主義的ではあるが,街路構成や配置に都市で初めてピクチュアレスクの設計理念を実現した。バッキンガム宮殿(1830)では古典様式を,ローヤル・パビリオンブライトン,1821)ではインド風を取り入れるなど,多彩な様式や新材料を巧みに利用し,時代の寵児となった。しかし,パトロンのジョージ4世の死(1830)後,間もなく失脚した。
執筆者:


ナッシュ
Thomas Nashe
生没年:1567-1601

イギリスの物語作家,劇作家,雑文家。ケンブリッジ大学を卒業し,1588年ごろからロンドンに住んで文筆生活に入る。風刺家的資質の持主で,《愚行の解剖》(1589)を皮切りに,同時代の作家の作品の欠点をあげつらったり,世の愚かしい風習や悪弊を揶揄(やゆ)したりするパンフレットを数多く書いた。なかでも匿名でピューリタンを攻撃した一連のパンフレットと,G.ハーベーとの激しい論争にまつわるものが有名であるが,とくに後者に属するものの一つ《文なしピアースの悪魔への嘆願》(1592)は,当時の拝金思想とその風俗を徹底的に風刺するものとして人気を博した。彼の代表作《不運な旅人》(1594)はスペイン風〈悪者小説ピカレスク小説)〉の部類に属するイギリス最初の作品として文学史上重要視されている。劇作家としては,C.マーローと共作して《カルタゴの女王ダイドー》(1587ごろ)を,B.ジョンソンと共作して《犬どもの島》(1597)を書いたことが知られているほか,彼単独の戯曲として仮面劇風の喜劇《夏の残した遺言書》(1592)が現存している。
執筆者:


ナッシュ
Paul Nash
生没年:1889-1946

イギリスの画家。ロンドンに生まれ,スレード・スクールに学ぶ。1912年〈新イギリス美術クラブ〉に加わり,第1次大戦に際し従軍画家に任命され,破壊された自然を抽象化して描き注目される。33年前衛美術家・建築家の集団〈ユニット・ワンUnit One〉を結成し,36年国際シュルレアリスム展にも出品したが,彼の本質はケルト美術にもつながる幻想的象徴主義にある。第2次大戦中はふたたび空軍の従軍画家として,月下の北海に漂う撃墜機の破片などを描いた。著作集(1949)と写真集《豊饒なイメージ》(1951)が没後刊行された。
執筆者:


ナッシュ
Ogden Nash
生没年:1902-71

アメリカの詩人。とくに,軽くユーモラスで皮肉な詩では第一人者。ニューヨーク州に生まれ,ハーバード大学などに学んだのち,しばらく実業界に入るが,30代で《ニューヨーカー》誌の常任寄稿者となり,以後巧みな掛けことばと脚韻による機知で,多くの読者を引きつけた。詩集には《ぼくもここでは見知らぬ人》(1938),《老犬は後ろ向きにほえる》(1972)などがある。
執筆者:

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百科事典マイペディア 「ナッシュ」の意味・わかりやすい解説

ナッシュ

英国の作家。ケンブリッジ大卒。風刺を好み論争も多くした。小説《不幸な旅人,ジャック・ウィルトンの生涯》(1594年)はデフォーに先行する英国最初の悪者小説(ピカレスク小説)の例として有名。

ナッシュ

英国の画家。ロンドン生れ。第1次大戦に従軍して描いた戦争画で名声を博し,1933年前衛美術家・建築家の団体〈ユニット・ワンUnit One〉の結成に参加。幻想的で無気味な詩的雰囲気を漂わせる風景画,静物画を描き,英国におけるシュルレアリスム運動の推進者となった。

ナッシュ

米国の詩人。第一詩集《自由な回転》(1931年)以来,皮肉とユーモアを効かせた大量の作品を書き,喜劇詩人としての地位を確立した。作曲家K.ワイルと組んだミュージカル《ビーナスの一触》(1943年)も有名。

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世界大百科事典(旧版)内のナッシュの言及

【住居】より

…これは3~4階の住戸を横に連続させたもので,各戸はそれぞれ街路に向かって入口をもつ。アパルトマンやテラス・ハウスは,建物全体としてまとまりある意匠とされる例が多く,ウッド(子)がバースに建設したローヤル・クレセント(1754‐75),J.ナッシュがロンドン北部のリージェンツ・パークに建てたカンバーランド・テラス(1826‐27)は,共同住宅を全体として宮殿のような意匠にまとめ上げている。同時にこれらの住宅は,共同住宅のレイアウトを都市計画的視野に立って計画した例として知られる。…

【スタッコ】より

…とくに18世紀のドイツ,オーストリアのバロック建築ではスタッコ技法の活用が目だち,一村のほとんどがスタッコ職を業とするという村さえあった。19世紀のイギリスでは,J.ナッシュが,煉瓦造スタッコ仕上げの外壁にさらにペイントを塗った建築を普及させ,〈リージェンシー・スタッコregency stucco〉という名で知られている。また,いわゆるコロニアル・スタイルの建築では,木造建築をスタッコ仕上げによって煉瓦造や石造に見せかけることもしばしば行われた。…

【リージェンシー様式】より

…年代的にはジョージアンの最終的局面と重なるが,様式的にはその直前のクラシック・リバイバルの第2段階をなすものであり,フランスのディレクトアール様式からアンピール様式に至る様式変遷と並行する。すでにギリシア,ローマ,エジプト,中近東,中国などの文化・風俗への関心は高まっていたが,自由奔放な皇太子として知られたジョージ4世は,独創的な建築家J.ナッシュを起用し,この異国趣味を推進した。ナッシュはブライトンの離宮の改築(1815‐23)にあたって前代未聞の構想を実現した。…

※「ナッシュ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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