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ネップ NEP

世界大百科事典 第2版の解説

ネップ【NEP】

Novaya ekonomicheskaya politikaの略称で,〈新経済政策〉と訳す。ソ連邦で1920年代にとられた経済政策の体系。より広くは,その時代の社会・政治制度全般を指す言葉としても使われる。 1918年から21年初めにとられていた戦時共産主義は,工業の急速な国有化と集権的管理,農業面における食糧割当徴発制を特徴としていたが,このような政策は工業管理機構における機能不全,農民層の深刻な不満と反乱にあって維持するのがむずかしくなっていた。

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大辞林 第三版の解説

ネップ【nep】

ふし。繊維が絡み合ってできた、糸の節。

ネップ【NEP】

ソ連において、戦時共産主義にかわり、低下した経済の回復を主眼として1921~27年に採用された経済政策。余剰農産物の自由販売や小商工業者の私営など、資本主義的要素を容認し、一応の成功をみた。新経済政策。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ネップ

新経済政策」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ネップ
ねっぷ
НЭП NEP

新経済政策Новая экономическая политика/Novaya ekonomicheskaya politika(ロシア語)の略称。ソビエト国家が1921年から実施した経済政策の体系で、先行する戦時共産主義との対比でこうよばれた。21年初めごろのソビエト・ロシアは、第一次世界大戦、1917年革命、国内戦と外国軍事干渉という打ち続く重圧、動揺、混乱によって、極度の荒廃と経済的疲弊を経験していた。戦前比で工業生産は約5分の1、農業生産はほぼ6割に低落し、国民の不満、とりわけ人口の7~8割にものぼる農民層における政府不信が増大していた。ロシア共産党と政府は、この危機的状況を打開するために経済政策の劇的な転換を余儀なくされた。
 まず、戦時共産主義の象徴とみられた食糧割当徴発制が廃止され、食糧現物税が導入された。納税後の余剰穀物の処分は、当初試みられた組織的商品交換の失敗後、農民の自由にゆだねられ、さらに現物税もしだいに貨幣納入に置き換えられた。こうして、都市と農村との関係は商品経済的結び付き(スムイチカ)が支配するようになり、小商品生産者としての農民の物質的関心の強化が促された。
 他方、国営工業はトラストに再編成されて商業計算制に移り、また一部の企業は再私有化され中小規模の私営商工業経営が合法化された。1925/26年には、工業生産中の私的セクターの比重が27.1%まで達したが、この間にも大工業、銀行、運輸、外国貿易、土地などの「管制高地」と称された重要な経済領域は、国家の掌中に握られていた。
 1923年の鋏(はさみ)状価格差恐慌の克服、翌年の貨幣改革の成功を経て、経済復興は全体として順調に進行した。その意味でネップは成功を収めた。だが、その後の工業固定資本の再建、農業経営の改造といった新しい困難な課題を前にして、ネップは試練に直面することとなった。
 ネップの終期については、それぞれのネップ観に基づく諸説がある。たとえば、ネップを社会主義への過渡期における正常な経済政策とする通説的見解では1930年代なかば過ぎ、経済復興のための退却と資本主義の復活とみる立場からは1926~27年、都市と農村の商品経済的結び付きをネップの根幹として重視する見地からは強制的な農業集団化の始まる30年ごろが、それぞれ終期とみなされている。[門脇 彰]
『中山弘正編著『ネップ経済の研究』(1980・御茶の水書房) ▽門脇彰・荒田洋編『過渡期経済の研究』(1975・日本評論社) ▽全集刊行委員会訳『レーニン全集 第32、第33巻』(1959・大月書店)』

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世界大百科事典内のネップの言及

【紡績】より

…(4)製条 ひも状の連続したスライバーを作る。(5)コーミングcombing(精梳綿) くしで髪をすくように針で繊維をくしけずって平行に伸ばし,短繊維,ネップnep(繊維の小さな塊),雑物を取り去る(図1)。スライバー中に短繊維が残っていると,後のドラフト工程でむらを生じやすく,ネップ,雑物の存在は糸の品質を低下させるからである。…

【ソビエト連邦】より

…しかし,1919年に生まれたコミンテルンを通じて,ヨーロッパとアジアの双方へ革命の影響は広まり,この国は〈全世界の被圧迫者の祖国〉と仰ぎみられるにいたった。
[ネップ期]
 レーニンは内戦時の農民の不満をなだめるために,1921年穀物の割当徴発制に代えて現物税制を採用し,ついには商業の自由を認めるネップ(新経済政策)体制に移行した。ネップのロシアは政治的には一元主義的であったが,社会・経済的には多元主義的な体制といえるだろう。…

【ロシア革命】より

…すなわち彼は21年3月の第10回党大会で,穀物の割当徴発制を廃止して現物税制を導入し,余剰穀物の販売を許すという新政策を採用した。これはこの年のうちに都市と農村の間の自由な商品経済関係を認めるネップ(新経済政策)体制に発展していった。 このようにして,21年3月のクロンシタット反乱の清算がなされた時点をもって,内戦の終了,大きくはロシア革命の時代の終りをみることができる。…

※「ネップ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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