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バゴー Bago

デジタル大辞泉の解説

バゴー(Bago)

ミャンマー南部の都市。旧首都ヤンゴンの北東約70キロメートル、バゴー川沿いに位置する。交通の要地。9世紀にモン人が建設、ペグー朝・トゥングー朝の都となった。全長55メートルの巨大な寝釈迦仏で知られるシュエターリャウンパゴダや、高さ114メートルの仏塔シュエモードーパゴダがある。バゴ。ペグー。

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百科事典マイペディアの解説

バゴー

ミャンマー南部,ヤンゴンの北東方,バゴー川にのぞむ古都。旧称ペグーPegu。漢字では白古。米作の中心地で鉄道の要地。シュウェモードーの大仏塔や臥身大仏像など仏教遺跡が多く,仏教徒の巡礼地。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バゴー
Bago

ミャンマー南部,バゴー管区の行政中心地。ペグー Peguとも呼ばれる。ヤンゴン北東 70km,エイヤーワディ川デルタ(→三角州)東部にあり,バゴー川両岸にまたがる。古くからモン族の中心地で,ペグー朝(ハンターワディ王国)が盛衰。東南アジアの諸王国やインドとの交易が盛んで,仏教などインド文化の渡来地の一つでもあった。17世紀には土砂の堆積により外航船の入港が困難となり,1757年にはビルマ人コンバウン朝に破壊され,人口が激減。その後再建されたが,1852年の第2次ビルマ戦争(→ビルマ戦争)によりイギリス領となった。鉄道のヤンゴン-マンダレー線が通る。小船による沿岸交易の中心地で,米,木材を積み出す。高さ 88mのシュエモードー・パゴダ(→パゴダ),全長 55mの寝釈迦像など仏教文化遺産が残り,仏教の聖地の一つでもある。人口 20万900(2004推計)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バゴー
ばごー
Bago

ミャンマー(ビルマ)南部、バゴー管区の中心都市。旧名ペグーPegu。ペグー山地に発しヤンゴン川に合流するペグー川東岸にある。人口19万8400(2003推計)。交通の要衝で、ミャンマー第一の都市ヤンゴン(ラングーン)から、北のマンダレー、南東のモールメインに至る鉄道、道路の分岐点である。東方のシッタン川河口との間に運河が通じ、シッタン渓谷の物産を舟運でヤンゴンへ送る。仏像や陶磁器の製造など伝統工業が行われる。町の歴史はきわめて古く、9世紀前期にモン人によって創建され、14世紀後期から16世紀前期まではペグー王朝の都であった。その後、ビルマ民族が建てたトーングー王朝の都となり、17世紀前期までその座にあったが、以後、モン人とビルマ人の間で争奪が繰り返された。1852年の第二次ビルマ戦争後はイギリス領に帰属した。高さ113メートルのシュウェモーダー・パゴダや、身長55メートルの巨大な涅槃(ねはん)像で知られるシュウェタリャウン寺院など歴史的建造物が多い。[酒井敏明]

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