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バレリー バレリー Valéry, (Ambroise) Paul (Toussaint Jules)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バレリー
バレリー
Valéry, (Ambroise) Paul (Toussaint Jules)

[生]1871.10.30. エローセート
[没]1945.7.20. パリ
フランスの詩人,批評家。厳密な知性の操作による人間の可能性を『レオナルドダ・ビンチの方法への序説』 Introduction à la méthode de Léonard de Vinci (1895) ,『テスト氏との一夜』 La Soirée avec Monsieur Teste (96) などで追究した。

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デジタル大辞泉の解説

バレリー(Paul Valéry)

[1871~1945]フランスの詩人・批評家。マラルメに師事し、純粋詩の理論を確立。詩「若きパルク」、評論「レオナルド=ダ=ビンチの方法序説」「バリエテ」など。

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百科事典マイペディアの解説

バレリー

フランスの詩人,評論家,思想家地中海の港町セート生れ。マラルメの門下に入る。創作の意識的方法論を述べた評論《レオナルド・ダ・ビンチの方法への序説》と小説《テスト氏との一夜》(1896年)を発表後,突然筆を捨て深い思索生活に沈潜する。
→関連項目ウィットNRFガリマール[会社]ジッドティボーデ吉田健一ルイ

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世界大百科事典 第2版の解説

バレリー【Paul Valéry】

1871‐1945
フランスの詩人,批評家,思想家。南フランスの港町セートに生まれる。詩を書く早熟多感な少年だったが,18~19歳のころマラルメランボーの詩からうけた絶望的衝撃と,ある年上の女性に対する一方的恋情の結果,内的危機に陥る。恋愛すら心的現象と見なしそのいっさいを数学的に管理することで自己を透明で剛直な存在へと仕立てあげ危機から脱出しようと決意。1894年以後パリに定住し心的現象の観察と分析のため覚書を取り始める(これは生涯つづけられ,彼の最高の作品とも見なしうる3万ページもの《カイエCahiers》となる)。

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大辞林 第三版の解説

バレリー【Paul Valéry】

1871~1945) フランスの詩人・批評家・思想家。人間精神の極限の厳密な探究を試みた。詩は豊かな音楽性により純粋詩の模範とされる。詩集「若きパルク」「魅惑」、評論「レオナルド=ダ=ビンチの方法序説」「テスト氏」「バリエテ」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バレリー
ばれりー
Paul Valry
(1871―1945)

フランスの詩人、批評家、思想家。10月30日、南仏の港町セートの税関検査官次男として生まれる。母はイタリア人。早熟多感な文学少年で、ユゴー、ボードレール、高踏派などの影響下に13歳のころから詩を書き始める。18、9歳のころマラルメとランボーの詩業を知って衝撃を受け、同じころ街角でみかけた年上の女性への恋情と入り混じり、詩作活動への絶望感と空転する感情が増幅しあい、1892年ごろ内的危機に陥る。「内部の弱さ」「跳梁(ちょうりょう)する情動」「倨傲(きょごう)に構える意識」の三つどもえの戦いに対し、自分を苦しめる想念も衝動も同等の心的現象とみなし、そのメカニスムを解明して、自己を透明で剛直な存在に仕立てあげることで危機からの脱出を図る。さらにいっさいが可能で創造の行為を必要としない境地を目ざすに至る。[清水 徹]

『カイエ』から『若きパルク』へ

この「知的クーデター」ののち、1894年パリに定住してから、自己の心的現象を数学的方法で分類し解明する目的で覚え書きをつけ始める。これが生涯書き続けられた『カイエ』(全261冊、約3万ページ)である。また、自ら設定した理想像をめぐり『レオナルド・ダ・ビンチの方法への序説』(1895)、小説『テスト氏との一夜』(1896)を書く。生活の必要から陸軍省に勤め、マラルメらと親交をもつが、文学制作からは遠のく。1900年結婚後は個人秘書として生計をたて、思索に専念した。この時期『カイエ』の主題は「心的なもの」と「身体的なもの」の相互関係測定に絞られ、1910年には「ある成熟に達した」と書かれる。たまたま旧友ジッドから旧詩の刊行を求められ、それを契機として詩をふたたび書き出す。第一次世界大戦と終末の予感への内的抵抗として制作と推敲(すいこう)が続けられ、長詩『若きパルク』(1917)に結晶する。この作で一躍注目を浴び、その後、ラシーヌからマラルメに至る古典から近代の作詩法を縦横に操るいわばマニエリスト的姿勢で多くの詩作を発表、これらは詩集『魅惑』(1922)に集成され、大詩人の名声を確立した。
 1920年、11歳年下の才女カトリーヌ・ポッジィCatherine Pozzi(1882―1934)と知り合い、たちまち陶酔的性愛の関係を結ぶ。青春期に抑圧されたエロス的要素が、思索の成熟と詩的言語創造の過程を経て回帰しつつあったこの時期の愛の経験は、精神とエロスの全的交流、融合という至高の状態を彼にかいまみさせた。この愛は、たちまち、知的・官能的熱中に不安や苦悩が交互する形に変わり、二人を苦しめつつ8年ほど続いた。このときの感情の激動と苦悶(くもん)への抵抗として対話編『エウパリノス』(1921)、『魂と舞踏』(1922)が書かれる。こうして、危機を自己分析と作品制作によって乗り越えながら、身体性を基盤とする精神とエロスの一体化を愛の経験で掘り下げ、自己の全的完成を図る方法論が設定された。以後、内的危機とその乗り超えの主題は、1931~1932年のルネ・ボーチエRene Vautier(1898―1991)、1938~1944年のジャンヌ・ロビトンJeanne Loviton(1903―1996)との愛と挫折(ざせつ)を通じて深められ、対話編『固定観念』(1932)などが生まれる。[清水 徹]

栄光の後半生

1922年以後文筆生活に専心したバレリーは、注文に応じて文学、芸術、哲学、政治など諸分野の批評活動を展開。分析的で、ややペダンチックな文体による明晰(めいせき)な評論は高く評価され、その業績は『バリエテ』全5巻(1924~1944)、『芸術論集』(1931)、『現代世界の考察』(1931、増補版1945)などにまとめられている。1925年アカデミー・フランセーズ会員に選ばれ、フランスの英知を代表してヨーロッパ各地で講演活動を行う。さまざまな文化団体を主宰し、1933~1937年国際連盟の国際知的協力委員会の中心人物として活躍。1937年にコレージュ・ド・フランス教授に選ばれ、詩学講座を没年まで担当した。第二次世界大戦勃発(ぼっぱつ)とほぼ同じ時期のジャンヌ・ロビトンとの愛は『わがファウスト』制作を計画させたが、失恋と病のため未完に終わり、「魂の未知の神秘の部屋」を語る試みは多くの断章として残された。1945年7月20日パリで死去。国葬をもって遇せられ、故郷セートの「海辺の墓地」に葬られた。ここには市立のバレリー博物館がある。[清水 徹]
『佐藤正彰他訳『ヴァレリー全集』14巻『カイエ編』九巻(1967~1983・筑摩書房) ▽マルセル・レイモン著、佐々木明訳『ポール・ヴァレリー・精神の誘惑』(1976・筑摩書房)』

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世界大百科事典内のバレリーの言及

【象徴主義】より

…命名者のモレアスも,〈象徴詩は感知できる形態を“観念(イデー)”にまとわせようと努める〉と述べたが,詩人たちの共通の特質を要約するとなったら,そういう漠然とした言い方しかできなかったのも,当時としては無理からぬところもあったろう。のちにバレリーは,マラルメの言葉を援用して,〈象徴主義とは音楽から富を奪還する試み〉と定義したが,たしかに聴く者の内面にさまざまな想像を喚起する音楽と競って,詩句の音楽性を重視しようとする考え方は,この詩人たちに共通している。 象徴主義という名称が,フランス文学の世界で市民権を認められ始めた頃,さまざまな傾向が混在するなかで,とくに若い詩人たちから代表的な存在とみなされていたのはマラルメである。…

【ファウスト】より

…悪魔は彼に魔術の世界を開く鍵を伝授し,数々の奇跡を実行する能力を彼に授けたのである。これに続いてまずイギリスのC.マーロー(1588)が,ドイツではレッシング(断片),ゲーテ,F.M.クリンガー(1791),N.レーナウ(1836),ハイネ(1851,バレエ台本),20世紀に入って,トーマス・マンの《ファウスト博士》(1947),バレリーの《モン・フォースト》(1946)がこのテーマを扱い,ファウスト伝説を豊富にした。ファウスト〈テーマ〉は救済型と破滅型に分かれるが,ゲーテのファウストのみが救済され,他はそれぞれの時代思潮からとられたテーマに従って一般に破滅型である。…

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