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ヒマラヤ[山脈](読み)ヒマラヤ

百科事典マイペディアの解説

ヒマラヤ[山脈]【ヒマラヤ】

中国のチベット高原とインド亜大陸を分け,ほぼ東西に走る世界最高の山脈。名はサンスクリットで〈雪の家〉〈雪の山〉の意。西方はインダス川でカラコルム山脈と画され,東方はブラマプトラ川がチベットからインド領に入る地点付近にまで至る。東西約2400km,幅約200〜300km。広義ではカラコルム山脈,カイラス山脈,ニエンチェン・タンラ山脈を含めることもある。第三紀アルプス造山運動で褶曲(しゅうきよく)・隆起した山脈で,地形的には東西に並行する三つの山系に分けられる。最も南側にあり,ヒンドスタン平原に近いのがシワリク丘陵(サブ・ヒマラヤ)で,標高1000m以下。その北方に標高1000〜4000mの小ヒマラヤがある。さらに北方は大ヒマラヤ(グレート・ヒマラヤ)と呼ばれ,ヒマラヤ山脈の本体をなす。大ヒマラヤの中心はネパール・中国国境のネパール・ヒマラヤで,ここにチョモランマ(エベレスト)山をはじめヒマラヤの標高8000m級14峰の半数以上が集中している。 地質構造的には北からチベット帯(北帯),ヒマラヤ帯(小ヒマラヤの大部分と大ヒマラヤ),外帯(シワリク丘陵)に区分される。ヒマラヤ帯には先カンブリア界,古生界などを原岩とする変成岩が多く,褶曲と断層で複雑な構造をもち,100km以上の水平変位量をもつデッケン構造が発達。チベット帯には古生代から始新世までのヒマラヤ地向斜堆積物が分布,変形は比較的少ない。シワリク層は第三紀のモラッセ層で哺乳(ほにゅう)動物化石を含み,西端の屈曲部南縁は古生界の化石が多いので有名。森林限界は3800m。雪線は北側斜面5500m,南側斜面4800m。夏の南西季節風をさえぎり,南側東部は世界最多雨地帯となっている。古来南北交通の障壁をなし,主要通路は東部ではシリグリ(インド)〜ギャンツェ(中国)間のチュンビ谷(亜東),北西部ではスリナガル〜ギルギット間のブルジル峠,スリナガル〜レー間のゾジラ峠だけであったが,1967年ネパール側の国境の町コダリと中国側の国境の町ザンムー(樟木)を経由するカトマンズ〜ラサ間の中国ネパール友好道路が完成した。 19世紀末から欧米各国の遠征隊によってヒマラヤ登山が試みられるようになり,1922年には英国の最初のエベレスト登山隊が派遣された。1950年フランス隊がアンナプルナ第1峰登頂に成功(人類最初の8000m峰登頂),1953年英国隊がエベレストを征服した。日本では1936年最初のヒマラヤ遠征隊がナンダ・コット登頂に成功,1956年にはマナスル登頂に成功した。現在は中国側からの登山も許可されるようになり,毎年各国から多くの登山隊が遠征する。
→関連項目ガネーシュ・ヒマール[山]カブルー[山]カメート[山]ガルヤルサカンチェンジュンガ[山]チベットナンガ・パルバット[山]ナンダ・デビ[山]ネパールヒマル・チュリ[山]ヒンドスタン平原南アジア

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世界大百科事典 第2版の解説

ヒマラヤ[山脈]【Himalayas】

チベット高原を縁取り,インド亜大陸の北を限る大山脈。またその主嶺に沿って東西に連なる地方をヒマラヤとも呼ぶ。 そこには標高200mの山ろくから,8848mの世界最高峰エベレストまでの高低起伏がある。山ろくは亜熱帯であるが,低い山地や盆地や谷は温帯,さらに高山(寒)帯を経て,氷雪の地帯まで連なる。そのうえヒマラヤは,インド亜大陸とユーラシア中央部との境に位置し,モンスーン(季節風)の障壁となり,さらに東アジアの気候に影響する気団の形成を促す。

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世界大百科事典内のヒマラヤ[山脈]の言及

【アルプス・ヒマラヤ地帯】より

…アルプス山脈付近から西アジアを経て,ヒマラヤ,インドネシアに続く地球上最大の山脈系の一つ。その西端はスペイン・フランス国境のピレネー山脈や北アフリカのアトラス山脈で,これからアペニノ山脈,アルプス山脈,カルパチ山脈,ディナル・アルプス山脈,小アジア半島,カフカス山脈,ザーグロス山脈,ヒンドゥークシュ山脈と続いて,ヒマラヤ山脈に至る。…

【インド】より

…西はトバカカール山脈,北はカラコルム,ヒマラヤ両山脈,東はアラカン山脈によって画され,南はインド洋に大きく逆三角形状に突出する一大半島部は,アジア大陸の一部ではあるが,亜大陸とよぶにふさわしい規模と相対的独立性とをもち,インド亜大陸とよばれる。そこは南アジアともよばれ,インド(バーラト),パキスタン・イスラム共和国,バングラデシュ人民共和国,ネパール王国,ブータンスリランカ民主社会主義共和国およびインド洋上のモルジブ共和国の7ヵ国からなる(現代の各国についてはそれぞれの項を参照)。…

【登山】より

…19世紀の終りに活躍したイギリスの登山家A.F.ママリーはより困難なルートからの登山を提唱し,スポーツ登山はその困難さの中に喜びを見いだすと説き,これはママリズムとして近代のアルピニズムのおもな思想となった。 ヒマラヤは,18世紀ごろからキリスト教の宣教師やインドの測量局員などが足を踏み入れていたが,純粋な登山を目的にヒマラヤを訪れたのはイギリスのW.W.グレアムで,1883年ガルワールおよびシッキムの7000m近い数峰を登り,95年にはママリーがナンガ・パルバット(8125m)で消息を絶った。92年イギリスのM.コンウェーのカラコルム遠征隊は,パイオニア・ピーク(6888m)に登り,99年イギリスのD.W.フレッシュフィールドはカンチェンジュンガの山麓を一周した。…

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