コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

フェルメール フェルメールVermeer, Jan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フェルメール
Vermeer, Jan

[生]1632.10.31. 〈洗礼〉デルフト
[没]1675.12.16. 〈埋葬〉デルフト
オランダの画家。本名 Jan van der Meer van Delft。1653年生地デルフト聖ルカ画家組合に登録,終生同地で活躍。室内画風俗画と少数の風景画,寓意画などの 40点に満たない作品が確認されているほかは経歴不詳。その独自の宝石のような輝きと澄明な光と色に満ちた静謐な画面の真価が認められたのは 19世紀後半で,今日ではフランス・ハルスレンブラント・ファン・レインと並ぶ 17世紀オランダ絵画の巨匠とされている。代表作『ミルクを注ぐ召使』(1658~60頃,アムステルダム国立美術館),『画家アトリエ絵画芸術の寓意)』(1665頃,ウィーン美術史美術館),『恋文』(1666頃,アムステルダム国立美術館),『音楽のレッスン』(ウィンザー城王立美術コレクション)。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

フェルメール(Jan Vermeer van Delft)

[1632~1675]オランダの画家。精妙な光と材質感の表現にすぐれ、静謐(せいひつ)な室内画を残した。代表作「画家のアトリエ」「青いターバンの少女真珠の耳飾りの少女)」など。

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

フェルメール

オランダの画家。名はJohannesとも。デルフト生れ。生涯についてはほとんど不明。作品は,三十数点が知られるが,その多くは当時オランダで流行した室内画で,入念な構成,黄と青を主調とする調和的な色彩などに卓抜した手腕を示した。
→関連項目アムステルダム国立美術館デ・ホーホテルボルフ風俗画マウリッツハイス美術館メトロポリタン美術館

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

フェルメール【Jo(h)annes Vermeer】

1632‐75
オランダの画家。現在はしばしばヤン・フェルメールJan Vermeerと通称されているが,画家の自筆にはこの標記は見られない。粗野な農民の主題や陽気で喧噪な宴会の情景に代わって17世紀後半に台頭した静穏で落ち着いた雰囲気の室内風俗画の代表者。大胆な近接視点の設定と広角視野の導入によって狭いオランダ都市住宅の室内空間を臨場感豊かに再現し,遠近法の歴史にも新局面をひらいた。現存作品約35点という極端な寡作のためもあって死後まもなくまったく忘却されたが,1860年代フランスの批評家トレによって再発見されて以後は着実に評価が高まり,今日ではレンブラントと並ぶ17世紀オランダ絵画の最高峰とあまねく認められている。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

フェルメール【Jan Vermeer】

1632~1675) オランダの画家。市民の生活情景を描いた風俗画で知られる。「デルフトの眺望」「牛乳をつぐ女中」など。

出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フェルメール
ふぇるめーる
Jan Vermeer van Delft
(1632―1675)

17世紀オランダ風俗画を代表する画家。デルフトに生まれ、同地に没。生涯については詳しいことはほとんど知られておらず、またその評価も長い間埋もれていて、19世紀なかばになってようやく真価が認められるようになった。わずかな記録によれば、彼は画商の子として生まれ、1655年父の死後その業を受け継いだ。画家としてはカレル・ファブリティウスの影響を受けているが、2人の間に師弟関係があったかどうかは不明である。1653年デルフトの画家組合に登録され、同年カタリナ・ボルネスと結婚。62~63年、69~70年の再度にわたって画家組合の幹部の一人であったことは確かである。
 彼はきわめて遅筆であり、しかもほとんどが小品で、現存する作品は35点前後。1人ないし2人の人物の家庭内の生活を描いたものが大部分で、ほかに宗教的題材のものもある。また、わずか2点にすぎないが風景画もあり、とくにハーグ、マウリツホイス美術館の『デルフトの眺望』は名作として名高い。彼の絵は色調がみごとで、赤・青・黄などの精妙な対比によって描き出される室内情景は、あたかも晴れた日の北欧の朝の大気そのものを思わせ、明るく澄みきった柔らかい光と色の調和のなかに、しっとりとした情趣と静謐(せいひつ)感をあふれさせている。初期の明るい部分と暗い部分のくっきりした対比は、後年になるほど和らげられている。そのほか『手紙を読む女』(ドレスデン絵画館)、『牛乳をつぐ女中』(アムステルダム国立美術館)、『ターバンの少女』(マウリツホイス美術館)、『レースを編む女』(ルーブル美術館)、『画家のアトリエ(絵画芸術の寓意)』(ウィーン美術史博物館)などがとくに有名である。[嘉門安雄]
『美術出版社編・刊『フェルメール』(1970)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内のフェルメールの言及

【オランダ美術】より

…オランダ美術の特質と歴史展開を概観するにあたっては,この国の美術がもっぱらレンブラントとフェルメールを代表とする17世紀の絵画によって人々に知られ,評価されているという独特の事情についてまず最初に触れておかねばならない。こうした現状は決して日本に限られたものではなく,むしろオランダ美術に備わった二つの特殊な性格を端的な形で示している。…

【偽作】より


[美術]
 狭義には,収集者や鑑賞者を欺く目的で,意図的に偽造された美術作品を指す。たとえば,オランダのハンス・ファン・メーヘレンの偽造したフェルメールの《エマオの巡礼》(1937年ロッテルダムのボイマンス美術館に購入され,その判明は1945年)や,近年では,エルミール・ド・オルリによって偽造され,フェルナン・ルグロによって転売されたメドー・コレクションの大量の近代美術の作品などはこの例である。他方,画家たちが古典探究の目的でコピー(模倣)した作品,工房作(工房),あるいは他の画家の真正の作品などが,誤解もしくは故意によって,真作として流通する場合も少なくない。…

【デ・ホーホ】より

…ハールレムで風景画家ベルヘムNicolaes Berchemに師事したのちデルフトに移住し,1655年同市の画家組合に入会。最初は居酒屋や休息する兵士の情景から出発したが,やがて暖かい陽光に満たされた中流家庭の静謐な室内や中庭における母子や女中を主題とする新しい種類の上品な風俗画を,3歳年下のフェルメールと競合しつつ創始した。今日通例〈デルフト派〉と呼ばれる彼らの絵は,遠近法の巧みな駆使と光の効果的な描写によって以前の風俗画には見られない自然な室内空間を現出させている。…

※「フェルメール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

フェルメールの関連キーワードヴィルヘルム ハンマースホイフェルメール弦楽四重奏団トレイシー シュバリエヴァージナルの前の二人フリック・コレクション紳士とワインを飲む女リュートを調弦する女中断された音楽の稽古ワイングラスを持つ娘窓辺でギターを弾く女窓辺で水差しを持つ女窓辺で手紙を読む女ぶどう酒のグラス真珠の首飾りの女二人の紳士と婦人テルブリュッヘン水差しを持つ女レースを編む女デルフトの眺望士官と笑う娘

今日のキーワード

俳句甲子園

1998年から松山市で開かれる全国高等学校俳句選手権大会。高校生が5人1組で句の優劣をディベートで競い合う。チームでの勝敗とは別に、個人の最優秀句も選ぶ。今年は過去最多の41都道府県から121校、15...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

フェルメールの関連情報