フッ素(読み)ふっそ(その他表記)fluorine

翻訳|fluorine

改訂新版 世界大百科事典 「フッ素」の意味・わかりやすい解説

フッ(弗)素 (ふっそ)
fluorine

周期表第ⅦB族に属するハロゲン元素の一つ。強い反応性のため単体としては天然に産出せず,蛍石CaF2,氷晶石Na3AlF6などの鉱物として産する。蛍石は古くから冶金や窯業において,溶融物やスラグに流動性を与えるためのフラックス(融剤)として用いられ,ラテン語の〈流れるfluo〉にちなんでfluoriteと呼ばれている。1886年,F.F.H.モアッサンは無水の液状フッ化水素にフッ化カリウムを溶かし,電気分解してフッ素を単離したが,同様にfluoをもとにfluorineと命名した。工業的には融解したフッ化水素カリウムKF・nHFを電気分解してつくられる。

常温ではF2として存在し,F-F原子間距離は1.418Å。黄緑色の特異臭のある気体。電子親和力344kJ/mol,イオン化ポテンシャル17.43V,標準電極電位2.85V。電気陰性度はあらゆる元素中最大で,ヘリウムアルゴンを除く希ガスを含め,ほとんどすべての元素と反応し,フッ化物をつくる。キセノンとは混合して加熱または紫外線照射によりXeF2が常温で無色の固体として得られる。またフッ素過剰の混合物を400℃で1時間加熱し急冷するとXeF2,XeF4,XeF6などが生成する。クリプトンとの混合物を紫外線あるいは日光で照射することによりKrF2が生ずる。H2とは高温で激しく反応しHFを生ずる。1:1混合気体を燃焼させると4000℃にも達する。NaOH水溶液にF2を通ずるとOF2が生成する。また放電により酸素と反応してO2F2を生じ,液体酸素との混合物に紫外線を照射すると暗褐色のO3F2が得られる。ハロゲンと反応し,ClF,ClF3,BrF,BrF3,BrF5,IF5,IF7などのハロゲン間化合物を生成する。硫黄,セレン,テルルとも反応し,それぞれSF6,SeF6,TeF6を生成する。窒素とは直接反応しないが,アンモニアと反応させると三フッ化窒素NF3を生ずる。木炭などはフッ素中で燃焼し,CF4を生成する。金と白金は500℃以上でないと反応しないが,他の金属は室温ないしやや温度の高い状態でフッ素と直接反応する。ニッケルアルミニウム,銅,鉛などは表面にフッ化物の皮膜ができ,比較的内部まで反応が進行しにくい。

フッ化ウランUF6などのフッ化物の製造に用いられるが,通常はむしろ,蛍石を原料として得られるフッ化水素酸を用いて各種のフッ化物やフッ素化合物を製造する場合が多い。氷晶石はボーキサイトと混合してアルミニウムの電解製錬に用いられる。またフッ化水素酸はめっき,防食,冶金融剤,光学ガラスなどのガラス工業やガラス加工用に,またフロンなどの冷却剤やフッ素樹脂などの有機フッ素化合物製造の原料に用いられる。
執筆者:

虫歯の集団予防のため,水道水への適量のフッ素添加が世界的に普及している。井戸水などフッ化物を過量に含んだ水を歯の形成期(8歳ころ)までに長期間飲用すると斑状歯(歯のエナメル質に白い斑点を生ずる)が発症する。この年齢以後のフッ素の過量摂取は骨軟化症をきたす。アルミニウム精錬工場,窯業,リン肥料製造業などはフッ素の主要な発生源であり,周辺大気を汚染する。大気中のフッ素は植物,農作物の葉面から吸収され,蓄積される。フッ素による大気汚染地区の家畜が飼料を介して慢性フッ素中毒症を起こした事例がある。大気汚染防止法によるフッ素の排出基準は1~20mg/m3水質汚濁防止法による排出基準は15mg/l以下と定められている。
執筆者:


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化学辞典 第2版 「フッ素」の解説

フッ素
フッソ
fluorine

F.原子番号9の元素.電子配置[He]2s22p5の周期表17族非金属元素.原子量18.9984032(5).ハロゲン元素の一つ.安定核種が質量数19の同位体のみの単核種元素.質量数14~31の放射性同位体がある.中世から冶金に使われる融剤として知られていた蛍石fluorspar(ドイツ語名Flußspat)から,C.F. Sheele(シェーレ)が1771年に酸を得て,Flußspatsäure(fluorspar酸)とよび,成分にフッ素元素を認めた.1886年フランスのF-F-H. Moissan(モアッサン)がフッ化カリウム-フッ化水素酸溶液の電気分解によってはじめて分離に成功した.その間,J.L. Gay-Lussac(ゲイ-リュサック),A.L. Lavoisier(ラボアジエ),H. Davy(デイビー)ほか,多くの化学者が分離を試み,フッ素傷害で寿命を縮めたケースも多い.元素名は,ラテン語の“流れる”fluereからついた蛍石のラテン語名fluoresをもとにDavyが提案した.宇田川榕菴は天保8年(1837年)に出版した「舎密開宗」で,弗律亜里涅(フリュヲリネ)としている.
鉱物蛍石CaF2,氷晶石Na3AlF6などが資源である.工業的にはHFとKFとの混合融解液の電解により製造.常温では二分子原子 F2 の淡黄色,特異臭のある気体.密度1.696 g dm-3(気体,0 ℃).融点-219.62 ℃,沸点-188.14 ℃.臨界温度144.3 K(-128.85 ℃).臨界圧力5.215 MPa.第一イオン化エネルギー17.422 eV.気体分子のF-F0.1418 nm.電気陰性度4.0ですべての元素中最大.ほかのハロゲンとは異なり,-1以外の酸化数はとらない.Fイオン半径は0.133 nm で,もっとも小さい陰イオンである.また F を含む化合物は水素結合をつくりやすい.フッ素はもっとも反応性に富む元素で,知られている酸化剤のなかでもっとも強い酸化力をもつ.純粋なフッ素は水素とほとんど反応しないが,不純物があったり,高温になると爆発的に反応し,1:1のH2-F2炎では4000 ℃ になる.無定形二酸化ケイ素には火を発して作用して,四フッ化ケイ素と酸素を生じ,水に作用するとフッ化水素,オゾン,酸素,過酸化水素,および二フッ化酸素を生じる.化学作用はきわめて強く,ほとんどの元素と反応する.一般に,金属とは常温または少し温度を上げると反応し,金および白金とも500 ℃ 以上では反応する.Ni,Al,Cuとは表面にフッ化物の膜をつくって侵されにくい.多くの金属や非金属と高原子価のフッ化物をつくる(例:MoF6,WF6,UF6).高原子価の遷移元素のフッ化物は分子性で揮発しやすい.ほかのハロゲン化物と異なりAgFやTlFは水に可溶,Li,アルカリ土類金属,ランタノイド,アクチノイドのフッ化物は水に不溶.希ガスKr,Xe,Rnとも化合物をつくる(例:KrF2,XeF2,XeF6,RnF2).
核燃料製造用の六フッ化ウランの製造,また絶縁体としての六フッ化硫黄の製造に多く用いられ,フッ素化剤として各種フッ化物ClF3,BrF3,IF6の製造に用いられる.フッ素樹脂,防腐剤,殺虫剤,冷媒,ガラスの加工など多方面に用いられる.HFは有毒で取り扱いには注意が必要である.「弗素,弗化水素及び弗化珪素」は大気汚染防止法有害物質.「フッ化水素及びその化合物」は水道法水質基準0.8 mg/L 以下.水質汚濁防止法排水基準0.8 mg/L 以下.土壌汚染対策法第二種特定有害物質で土壌含有量基準4 g/kg 以下.「弗素及びその水溶性無機化合物」は労働安全衛生法の名称等を通知すべき危険物及び有害物質指定.フッ素は水道法上,0.8 ppm 以下であれば含まれていても差し支えないとされている.[CAS 7782-41-4]

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「フッ素」の意味・わかりやすい解説

フッ素
ふっそ
fluorine

周期表第17族に属し、ハロゲン族元素の一つ。1886年フランスのモアッサンにより、無水の液状フッ化水素に溶かしたフッ化カリウムの希薄溶液を、白金電極を用いて低温で電気分解して、初めて単体として遊離された。他のハロゲンに比べ単離が遅れたのは、その反応性がきわめて高いことによる。fluoはギリシア語の「流れる」という意味で、蛍石(ほたるいし)CaF2を他の物質に加えると融点が下がって液化しやすくなるため古くから冶金(やきん)用融剤として用いられており、英・独・仏名ともこれに由来している。日本名はその音訳である。蛍石、氷晶石Na3AlF6、燐灰(りんかい)石Ca5(F,Cl)(PO4)3などの鉱物として広く分布する。フッ素の活性の強さから取扱いが面倒で、多くの発展をみなかったが、第二次世界大戦でフッ化ウランによるウランの同位体の分離が行われたことと、耐フッ素性の合成フッ素樹脂やフロン類の生産が開始されたことで、それ以降大きく発展することとなった。

[守永健一・中原勝儼]

製法

工業的には電解法によって製造される。電解浴のKF:HFの組成比により、高温法(1:1、約250℃)と中温法(1:2、約100℃)がある。電解槽(陰極となる)、隔膜に銅、モネル合金または鋼、陽極に炭素材料が用いられる。

[守永健一・中原勝儼]

性質

常温で二原子分子F2からなる淡黄色の気体。刺激臭が強く有毒である。液体フッ素はきわめて反応性が強く皮膚、粘膜などを侵す猛毒である。F-F結合間隔は1.418Å、解離エネルギーは155キロジュール/モル。液体は淡黄色で、低温になるにつれ無色に近づく。酸素、窒素以外のほとんどすべての元素と直接化合する。水素とは暗所でも爆発的に化合してフッ化水素をつくる。金、白金とも高温で反応して高級酸化数のフッ化物をつくる。銅は表面にフッ化物の膜を生じ、内部は侵されない。水と激しく反応して酸素、フッ化水素のほかにオゾン、過酸化水素、二フッ化酸素を生じる。

 核燃料製造用の六フッ化ウランの合成、また絶縁体としての六フッ化硫黄の製造に多く用いられる。またフッ素化剤として直接用いることもあるが、普通はフッ化水素酸から種々のフッ化物、フルオロケイ酸などとし、金属工業や窯業などの分野に広い用途がある。すなわち、鉄鋼などの表面処理、アルミニウムの精錬に、ガラス・陶磁器の乳白剤、うわぐすりなどに用いられる。さらに、有機フッ素化合物(フロン、フッ素樹脂など)の製造原料や有機合成触媒となるほか、防腐剤、殺虫剤などの用途がある。毒性が強い。

[守永健一・中原勝儼]



フッ素(データノート)
ふっそでーたのーと

フッ素
 元素記号  F
 原子番号  9
 原子量   18.998403
 融点    -219.62℃
 沸点    -188.14℃
 密度    1.696g/dm3
       (0℃,1気圧)
 比重    液体 1.502(測定温度-188℃)
 結晶系   α(<45.6K);単斜
       β;立方
 元素存在度 宇宙  (Si 106個当りの原子数)
           3630(第19位)
       地殻  625ppm(第12位)
       海水  1.3mg/dm3
 臨界圧   55気圧
 臨界温度  144K

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百科事典マイペディア 「フッ素」の意味・わかりやすい解説

フッ(弗)素【ふっそ】

元素記号はF。原子番号9,原子量は18.998403163。融点−219.62℃,沸点−188.14℃。ハロゲン元素の一つ。16世紀ころから存在は推定されていたが,1886年F.F.H.モアッサンが初めて分離。特異な刺激臭のある淡黄緑色の気体。化学作用きわめて激しく,希ガス元素,窒素,酸素以外の元素と直接反応し,特に水素とは液体水素の沸点でもすみやかに化合する。水に溶けてフッ化水素を生じ,酸素を発生する。各種化合物が,めっき,冶金(特にアルミニウムの融解塩電解精錬),鉄鋼,ガラス,歯科用セメント,ガラス加工,接着剤,防腐剤,殺虫剤,冷媒(フロン),フッ化樹脂などに広く用いられる。第2次大戦で原子爆弾用のウランをフッ化物として分離したためフッ素の技術が進んだことは有名。天然にはホタル石,氷晶石などとして産し,工業的にはフッ化水素カリウムKHF2の融解塩電解によってつくる。
→関連項目プラークコントロール虫歯

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「フッ素」の意味・わかりやすい解説

フッ素
フッそ
fluorine

元素記号F,原子番号9,原子量 18.9984032。安定同位体はフッ素 19のみである。周期表 17族,ハロゲンの1つ。天然には蛍石,氷晶石などとして産出する。地殻における存在量 625ppm,海水中の平均濃度 1.3 mg/l 。フッ素の存在は 16世紀頃から知られていたが,単体の形で得たのは H.モアッサンである (1886) 。単体は二原子分子 F2 で,常温では黄緑色の特異臭ある気体である。沸点-188℃。化学作用は劇甚で,希ガスの一部を除くすべての元素と直接反応する。銅およびニッケルはフッ化物の薄膜を生じ,内部はおかされないので,反応容器などに使用される。第2次世界大戦中に工業的規模での生産がアメリカで開始された。冷媒,フッ素樹脂,防腐剤,殺虫剤など広範な用途をもっている。

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栄養・生化学辞典 「フッ素」の解説

フッ素

 原子番号9,原子量18.9984032,元素記号F,17族(旧VIIa族)の元素.ハロゲンの一つ.むし歯の予防に使われる.骨の形成を促進するとされ,米国のDRI (1997) では必須元素として扱っている.

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