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ブルガリア文学 ブルガリアぶんがく Bulgarian literature

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブルガリア文学
ブルガリアぶんがく
Bulgarian literature

ブルガリア語で書かれた文学作品の総称。ブルガリア文学の誕生は,870年に皇帝ボリス1世ミハイルが国教としてギリシア正教を選び,キリスト教スラブ人の間に広まったことに始まる。改宗後まもなく言語学者キュリロスとメトディオスの弟子たちがスラブ語典礼書の普及を目的とする学校を設立し,これが古代ブルガリア文学として知られるキリスト教文献全集の成立に主要な役割を果たした。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブルガリア文学
ぶるがりあぶんがく

ブルガリアでは、9世紀にキリスト教布教を目的として文字がつくられたため、中世までの記録文学は、詩編、聖者伝など教会と結び付いていた。それに対し、新しい教義をたてたボゴミル派は、口承や被支配層の生活を反映させた民間文学を生み、ビザンティン側の弾圧を受けながらも、その精神をスラブ諸国や西ヨーロッパにまで伝えた。ブルガリアの政治・経済は、14世紀より5世紀に及ぶトルコの支配下にあって立ち後れたが、民間の伝承は、民族運動をたたえる叙事詩に生かされ、19世紀文学にも受け継がれた。
 18世紀、長い沈滞ののち、修道僧パイシイが『スラブ・ブルガリア史』(1762)を著し、過去のブルガリアの栄光を謳(うた)って民族の自覚を促した。その影響で、19世紀には国語教育が盛んになり、また、叙情詩人P・R・スラベイコフは自由主義思想を鼓吹して近代詩の礎(いしずえ)を築き、ロシアのリアリズム文学に触れたラコフスキ、カラベーロフ、ボテフらは革命運動と文学活動を融合させ、社会問題を盛り込んだ詩を発表した。
 19世紀80年代からは、バーゾフが長編『軛(くびき)の下で』(1888)をはじめ短編や詩を出してブルガリア文学を世界的水準にまで高めた。20世紀に入ると、象徴主義の兆(きざ)しもみえたが、ロシア革命の影響で、資本主義社会の矛盾をついた批判的リアリズム文学が主流となった。貧しい農村の現実を描いた短編作家エリン・ペリンЕлин Пелинはブルガリアのツルゲーネフともいえる。20~40年代始めには、ゲオ・ミレフ、バプツァロフら多くの文人がファシスト政権に弾圧されて斃(たお)れた。1944年、祖国戦線派がファシスト政権を倒して対独戦に入り、文学者も戦列に加わった。46年の人民共和国成立後は、作家協会やディミトロフ賞が創設され、作家は政治的・社会的使命をおびて、レジスタンス運動、民族問題、資本主義批判をテーマとしたものや記録文学を多く書くようになった。50年代以後はスターリン批判の影響もあり、体制路線から脱却しようとする動きが出て、教条主義を指弾したカルチェフの中編『新しい町での二人(邦訳『愛の終り』)』(1964)、名誉を重んずるブルガリア人魂や自然保護を訴えたハイトフの短編集『あらくれ物語』(1967)、官僚主義を嗤(わら)うストラチエフの風刺戯曲『スエードのジャケット』(1975)などが現れた。ブルガリアでは、時のジフコフ首相により、社会主義政策の遂行上妨げとなるものへの批判や意見は歓迎されたので、ソ連に比べると自由に表現できた。三人ともディミトロフ賞を受賞している。また、早くもクローン人間づくりに警告を発したディモフの『二重星』(1977)などSF小説もよく書かれるようになった。
 1989年のソ連・東欧の変革により、全体主義に先導されてきた文化は昏迷状態に陥り、出版界も外国のポルノ小説を扱うところが多くなった。政府は国文学の保護政策を打ち出したが、出版事情は厳しい。そのようななかで、ズラトエフの長編『修道院の夢』(1992)、パスコの長編『ドイツ――その醜い物語』(1994)、パブロフの詩集『快い断末魔の苦しみ』(1996)、ストラチエフの戯曲『裏側』(1993)、短編集『グレコ』(1997)そのほか力作が出ている。『裏側』はBBCラジオ劇賞を受けた。
 なお、児童文学者ラン・ボシーレクの『やんちゃ王国』(1939)はいまでも人気がある。人形劇『白いお話』(1973)のペトロフなど、バーゾフ以来、伝統的に、著名な作家の大多数が児童・少年のための本を書いているのは注目すべきことであろう。[真木三三子]
『直野敦他著『世界の文学史7 北欧・東欧の文学』(1967・明治書院) ▽今岡十一郎著『ブルガリア』(1962・新紀元社) ▽ヤーボロフ著、八百坂洋子訳『二つの情念』(1976・新読書社) ▽八百坂洋子訳『民話 吸血鬼の花よめ』(1996・福音館) ▽ペトロフ著、松永緑彌訳『ノンカの愛』(1971・恒文社) ▽バーゾフ著、松永緑彌訳『軛(くびき)の下で』(1976・恒文社) ▽ディモフ著、松永緑彌訳『タバコ』(1976・恒文社) ▽バーゾフ他著、真木三三子訳『帰ってきますか』(1978・新日本出版社、『世界短編名作選』所収) ▽松永緑彌訳注『エリン・ペリン短編集』(1983・大学書林) ▽タレフ著、松永緑彌訳『鉄の灯台』(1981・恒文社) ▽ドンチェフ著、松永緑彌訳『別れの時』(1988・恒文社) ▽ベージノフ著、松永緑彌訳『消えたドロテア』(1997・恒文社) ▽ディロフ著、松永緑彌訳『緑色の耳』(1997・恒文社) ▽エリン・ペリン著、志村三三子訳『イヴァン君の指たち』(1958・創元社、『世界少年少女文学全集』所収) ▽エリン・ペリン著、真木三三子訳『夏の日』(1965・筑摩書房、『世界文学体系93近代小説集』所収) ▽エリン・ペリン著、真木三三子訳『二人の釣り師』(1963・集英社、『世界短編文学全集』所収) ▽バーゾフ著、真木三三子訳『ヨッツォじいさん』(1966・小峰書店、『名作にまなぶ私たちの生き方9』所収) ▽真木三三子訳『フリスト・ボテフ詩集』(1976・恒文社) ▽真木三三子訳『13人短編集 露に濡れた石橋』(1977・恒文社) ▽真木三三子訳『ブルガリアの民話』(1978・恒文社) ▽ハイトフ著、真木三三子訳『あらくれ物語』(1983・恒文社) ▽ストラチエフ著、真木三三子訳『ローマ風呂騒動』(1997・恒文社)』

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