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ブーランジェ Boulanger, Georges (-Ernest-Jean-Marie)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブーランジェ
Boulanger, Georges (-Ernest-Jean-Marie)

[生]1837.4.29. レンヌ
[没]1891.9.30. ブリュッセル
フランスの軍人,将軍,政治家。 1856年軍に入り,アルジェリア,イタリア,インドシナ,および普仏戦争に従軍。 86年1月フレシネ内閣の陸相となり,兵制の民主化や軍隊からの王族の追放を推し進め,対外的には対ドイツ強硬策を唱え,陸軍首脳部の不興を買って軍職から追放されたが,89年パリの補欠選挙で大勝した。この異常な人気は社会が求める一種の独裁を成立させるチャンスであったが,彼は決断力を欠いて行動を起さず,その後逆に共和政を脅かすものとして政府の攻撃を受け,ブリュッセルに亡命して自殺した。 (→ブーランジェ事件 )  

ブーランジェ
Boulenger, Hippolyte

[生]1837. トゥルネー
[没]1874.7.4. ブリュッセル
ベルギーの画家。ブリュッセルのアカデミーに学び,同地のサロンでデビュー。風景を写実的に描いたが,その光の変化に対する感覚はすでに印象主義を予告するものであった。1863年以後ブリュッセル近郊のテルブーレンに住み,若い画家たちと「テルブーレンのグループ」を組んだ。1866年のサロンではその色彩の明るさで物議をかもしたが,またそれによってベルギーの近代絵画を基礎づけた。主要作品『テルブーレンの魅惑の並木道』(1871,ベルギー王立美術館)。

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デジタル大辞泉の解説

ブーランジェ(〈フランス〉boulanger)

パン屋。パン職人。

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百科事典マイペディアの解説

ブーランジェ

フランスの音楽教師,作曲家。20世紀音楽界の逸材を数多く育てた名女性教師。パリ音楽院コンセルバトアール)で作曲をフォーレに師事。指揮者としてもモンテベルディやH.シュッツ,バロック期以前のフランス作品などにあらためて光を当て,優れた解釈をみせた。
→関連項目カークパトリックシェリングトムソンハリスピストンマセダ

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世界大百科事典 第2版の解説

ブーランジェ【Nadia Boulanger】

1887‐1979
フランスの作曲家,音楽教育家。パリ音楽院でオルガン演奏,作曲を学び,1908年ローマ賞第2位を得る。しかし彼女が生涯をささげたのは,主として音楽教育にであって,母校の和声法助手(1909‐24),エコール・ノルマル教授(1920‐39)を務め,かたわらフォンテンブローのアメリカ音楽院で1921年以後和声法ほかを教え,弟子にA.コープランド,R.ハリス,W.ピストンらがいる。50年同校院長。また1945年には母校の伴奏科教授に任命された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブーランジェ
ぶーらんじぇ
Georges Ernest Boulanger
(1837―1891)

フランスの軍人、政治家。第三共和政下の反議会主義的政治運動「ブーランジェ事件」の主人公。陸軍士官学校を出てアルジェリア、インドシナ遠征に従軍後、プロイセン・フランス戦争に勇名をはせ、1880年若くして将軍となる。1886年にクレマンソーに推されてフレシネ内閣の陸相に就任。軍隊からの王族の排除、兵制の民主化など共和主義的改革を推進し、ドゥカズビル炭鉱ストに際しても、坑夫に同情して軍隊に衝突を回避するよう呼びかけて大衆の人気を集めた。独仏国境間の緊張をもたらしたシュネブレ事件(1887年4月)では、対ドイツ強硬姿勢をとったため、プロイセン・フランス戦争の敗北以後報復熱に燃えていた国民に迎えられ、「復讐(ふくしゅう)将軍」ともてはやされた。1887年5月彼が陸相を更迭されると、共和政に不満をもつ諸派から反体制運動の象徴として担ぎ出され、「議会解散、憲法改正、制憲議会」をスローガンに1889年1月27日のパリの補欠選挙に圧勝。首都はクーデター前夜の観を呈するに至るが、反撃に転じた政府の訴追を受けベルギーに亡命、1891年9月愛人の墓前で自害した。[谷川 稔]

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世界大百科事典内のブーランジェの言及

【レストラン】より

…このレストランという語が初めて登場したのは1765年である。パリのプーリ通りに開店したブーランジェboulanger(パン屋)の主人が自家製のブイヨン(牛や鶏がらを煮出して取ったスープ),鶏肉と卵入りポタージュ,羊のホワイトソース煮込みなどをレストラン(元気を回復させる食べ物)と名付けて売り出したからである。16世紀から18世紀にかけてのヨーロッパでは,外食のできる場所は宿屋居酒屋に限られていた。…

※「ブーランジェ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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