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プラハの春 プラハのはる

4件 の用語解説(プラハの春の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

プラハの春
プラハのはる

1968年春にチェコスロバキアで起きた民主化の動き。 68年1月,改革派の A.ドプチェクが党第一書記に就任,独自の社会主義路線を宣言して,国家による事前検閲の廃止,市場経済方式の導入による企業の独立化などの政策を打ち出した。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

プラハ‐の‐はる【プラハの春】

チェコスロバキアで1968年の春から夏にかけて、新任のドプチェク党第一書記の下に一連の自由化政策がとられた状況をいう。8月に、ソ連・東欧軍の介入により弾圧された。

出典|小学館
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デジタル大辞泉プラスの解説

プラハの春

宝塚歌劇団による舞台演目のひとつ。脚本:谷正純。2002年、宝塚大劇場にて星組が初演。春江一也の同名小説を原作とした作品。

出典|小学館
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大辞林 第三版の解説

プラハのはる【プラハの春】

1968年前半、チェコスロバキアで自由化政策がとられたこと。新任のドプチェク党第一書記のもと、検閲の廃止や政党の復活などの改革が行われたが、八月ソ連・東欧軍が介入し、改革派指導者を一時ソ連に連行した(チェコ事件)。

出典|三省堂
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世界大百科事典内のプラハの春の言及

【チェコスロバキア】より

…この間,49年にはCOMECON(コメコン)に参加,55年にはワルシャワ条約機構に加盟した。
[〈プラハの春〉]
 56年にフルシチョフによるスターリン批判が行われても,チェコスロバキアの非スターリン化は遅れ,スターリン主義者のノボトニーが社会主義体制を強化した。60年7月には社会主義共和国憲法が採択された。…

【東欧】より

…この時期にとくに顕著な自由化を試みたのはチェコスロバキアであった。作家同盟や党内の知識人を中心とする自由化運動は,スターリン批判の不十分であった党と政府を動かし,ドゥプチェクを党の新指導者として,68年には〈プラハの春〉と呼ばれる高まりを見せた。ドゥプチェクらは慎重に改革を試みたが,夏にはソ連をはじめとするワルシャワ条約機構軍の介入を招き,〈プラハの春〉は挫折した(チェコスロバキア事件)。…

※「プラハの春」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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